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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第3話 白銀の宮殿 第4章

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06 早く宮殿へ

「それじゃあのとき、宴に何か……魔術を使ってでもいたのか? 灯りだの、温度だの」

「はっ?」

 エイラは一(リア)きょとんとし、自身が魔術師(リート)であること――そう思われていることを思い出す。

「ああ、いや、その、私はそのときはまだ、魔力を知らなくて」

「そう言えば〈塔〉が言っていたな。エイラが魔術師(リート)となったのは今年に入ってからだと。それじゃ、その啓示ってのは魔力か」

「うん、まあ」

 エイラは曖昧にうなずいた。それもそのひとつ、であることは間違いないだろう。

「〈塔〉だって? あいつ、あんたと話をしたのか。何を……聞いた?」

 はっとなって尋ねる。まさか、少年と娘の身体を持つなど――人ではない(・・・・・)などと語らなかった、だろうか?

「何って……まあ、いろいろ」

 別にごまかすつもりはないが、エイラが何を尋ねているのかが判らずにシーヴは肩をすくめた。

「俺に隠しておかなきゃならんことがあるのか? ありゃ老獪だからな、主の意向は汲むだろうよ」

 安心しろ、とばかりにシーヴは言った。彼女の秘密が何であれ、秘密にしたいというのなら探るまい。こうして〈翡翠の娘〉が逃げ出しもせずに彼の前にいる。それだけで充分だと思えたのだ。

「ああそうだ、伝言があった。お前は、まだあれの主だそうだぞ。契約を解きたければ戻ってこいとさ」

「そう、か」

 エイラはシーヴの言葉を信じることにした。と言うのは、〈塔〉が彼女を主とし続けたいのならば、彼女が誰にも知られたくないと思っていることを簡単にばらしはすまい。

「その、私はあのとき、たまたま城で働いてたんだ。だから、それであんたのことも見た」

 エイラは慎重に言葉を選んだ。

 まだ警戒している自分は可笑しかっただろうか?

 内心で首を振る。彼女はシーヴを警戒するのではなく、何者か判らない自分を警戒するのだ。

 それだけではなく、ただ単に「エイル」が「エイラ」の格好をして第三王子殿下に紹介された、という話をしたくないこともあった。それは「少年」の自尊心に関わることなのだから。

「おかしなすれ違いだったという訳か」

 シーヴはキイリア酒の杯を掲げ、二人の道の交差に乾杯した。

 そんなふうにして、二人は少しずつ自身に起きたことを語り合った。シーヴには隠すことは何もなかったが、エイラは「エイル」の説明を抜きで語ろうとしたから、自然、話すことは少なくなった。シーヴは、彼女が何かを隠している――と言って悪ければ、話したくないことがあるらしいとは気づいたが、やはり黙っていた。

「気になってることが、あるんだ」

 エイラはとんとん、と卓を叩きながらそんなふうに言った。シーヴは先を促すような身振りをする。

「〈魔術都市〉って……知ってるか」

「何かあったのか」

 思わず語気鋭くシーヴが問うと、エイラは驚いた顔をする。

「……リ・ガンを狙うと、クラーナが言っていた」

 シーヴは仕方なく説明した。と言うのは、彼女を怖がらせたくないという気持ちがあるからだ。もっとも、隠しておく方が危険なことも判っている。

「それじゃ、本当に」

「何か、あったのか?」

 唇を結んだエイラにもう一度、今度はゆっくりとシーヴは問う。エイラはうなずきかけて首を振った。

「その都市の連中が翡翠を探してるって噂を聞いたんだ」

 何となく「翡翠」の部分を小声にしてエイラは言う。

「それ以上を突き止めるべきだったのかもしれないけど……それを聞いたとき、怖くなってすぐに逃げだしちまっ……逃げ出してしまったんだ」

 あのときは、それが目の前に伸ばされた魔手であるかのように怖ろしかった。事実、それはすぐそばまで迫っていた〈黒の左手〉であったかもしれないが、何もあんなふうに尻尾を巻いて逃げ出さずとも、その「奇妙な彫り物をした男たち」を見てからでもよかったのではないだろうか。少し悔しく思う。

「いや、そこで姿を消したのは正解だと思うね」

 シーヴは言った。

「お前をその、あれだと言って探してるのなら、向こうさんは俺たちより事情通ってことだ。目が合った瞬間だとか、近づいただけでもばれるなんてこともあるかもしれん」

「慎重だな」

 エイラがいうとシーヴは苦笑した。先ほどはその慎重さが足りずに命を落とすところであった。結果として彼女を呼び寄せることには、なったが。

「こっちにも、その街に関しちゃ気になることがある」

 シーヴは、何となくウーレの魔除けの(まじな)いを唱えてから、昨夜の出来事を簡単に語った。

 彼ならば装飾をつけてそれを一大冒険譚にすることもできたが、無論いまはそのような真似はしなかった。ただ、奇妙な風のこと、「見られた」そして「見つかった」と感じたこと、詩人が遠くまでそれを「追った」が見失ったということだけを話した。

「……昨夜」

「ああ」

 シーヴがうなずくと、エイラはじっと考えた。

「風」

「お前も感じたのか、あれを」

「かも、しれない」

 エイラは、怖れよりも期待の混じった声を出す。シーヴにもその声色は伝わり、青年は違和感を覚えた。「見つかった」ことに、どんな安心要素がある?

(それじゃ)

あれ(・・)はそのせいかもしれないんだ!)

 突然の〈変化〉。あれは「エイル」に何かが起きたのではなく、その「風」の影響なのかもしれない、という考えは大きな安心感をもたらした。

 もちろん予断は許されない。シーヴの近くならば大丈夫だという確信もあったが、やはり昨夜の「あれ」は特別に不可思議なことであったと思える方がほっとする。いまさら、「特別」も「不可思議」もないようにも思ったが、まさか一生〈鍵〉を頼りに生きていく訳にもいかないではないか?

(一生?)

 満たされた安心感が、不意にしぼんだ。

(これは、いつまで続く)

(俺は戻れるのか?)

(ただの……エイルに)

「今度は、どうした」

 シーヴは呆れたような声を出すが、内心では少し面白がっていた。何だか知らないがエイラが安堵したと思ったら、急に不安そうな顔になる。

「あ、いや、その」

 じっと表情の変化を見られていたことに気づき、エイラは少し赤面した。馬鹿みたいな百面相をしてしまった気がする。この不安に答えが出ないことは、判りきっているではないか。

 少なくとも、先へ進まない限りは。

「でも、その『風』ってのは、私にはそんなに強く働きかけなかった。どうしてだろう」

「鈍いんじゃないか」

 シーヴが茶化すと、エイラはむっとした顔をする。

「冗談だよ。クラーナの話を信じれば、奴らは当然、リ・ガンを探すだろう。クラーナが『間に合った』と言ったのは、お前を隠したのかもしれないな」

 そんなことができるのかは知らないが、とシーヴはつけ加える。

 あの吟遊詩人が何者なのか、彼らには全く判らなかった。

「それにしても、それが〈魔術都市〉とやらの仕業なら、早く宮殿へ行かないとな」

「そうすれば判る、というのは虫がいいんじゃなかったのか?」

「まあ、ね。でも最大限にことが上手く運んだとしても、もう……時間はないんだ」

 エイラはすっと遠くを見るような目をした。もう、七の月になろうとしている。〈変異〉の年は半ばを過ぎているのだ。

 シーヴもまた、同じことを考えた。本当に、この年の間に全てが終わるのだろうか?

「そろそろ、休むか」

 ふと、食堂に客も少なくなってきたことに気づいたシーヴは、言ってから部屋をひとつしか取っていないことを思い出す。

「待ってくれ、すぐにもう一部屋を用意させる」

「何だ、私なら別にかまわないよ。クラーナと一緒だったんなら、寝台はふたつあるんだろう?」

「しかしその……嫌だろう?」

「かまわない。あ、誤解はしないでくれよ」

 俺はそういう趣味はないんだから、と言いかけてエイラは踏みとどまり、「女」が言いそうなことを考えた。

許す(・・)って訳じゃ、ないからな。わざわざ別の部屋なんかとれば却って変な目で見られるし、だいたいあんたは、無理矢理に私をどうにかしようなんて」

 言いながらエイラは顔をしかめた。これは、ゼレットに「どうにか」されるのと同じくらいか、もしかしたらそれ以上にぞっとする考えだ。

「考える『礼儀』知らずじゃないだろ」

 何しろ王子殿下なんだからな、とエイラはつけ加え、殿下はやめろ、とシーヴは唸った。


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