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翡翠の宮殿  作者: 一枝 唯
第3話 白銀の宮殿 第3章

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04 噂話

「命を狙ってるなんて言ってないよ。そういうことになり得るかもしれないけれど」

「上等じゃないか、何者だろうと返り討ちにしてやる」

「君の敵という言い方が君を警戒させず好戦的にさせるなら、君の〈翡翠の娘〉の敵だと言ってもいい」

「何だと」

 シーヴの目がすっと細められた。

「どういう意味だ」

「これは僕が言うべきことじゃなくて、本当は君とリ・ガンが見つけるべきことなんだけど」

「リ・ガン」

 塔のなかで〈塔〉に聞いた言葉。

「それは何だ」

「質問が多いよ、殿下」

「……『殿下』はやめろ」

「それじゃ黙って聞いてくれよ」

 物ごとには順番があるだろ、とクラーナ。

「リ・ガンは翡翠を呼び起こし、六十年の間にたまった穢れを払って、また眠らせる。何の戯言だ、というのはあとにしてくれよ」

 シーヴの言葉を先取って、吟遊詩人は言った。

「けれど、リ・ガンは〈鍵〉なしでは何もできないんだ。翡翠が持つ力をどこにどう放つかは〈鍵〉次第でもある」

 意味が判らん、と言いたくなるのをぐっと堪えて、シーヴは続きを促した。

「そして、〈鍵〉でもないのに翡翠の力を操ろうと考える者もいる。それは当然、リ・ガンを手にしようとするだろうね。どんな魔法を使えばリ・ガンの、ひいては翡翠の力を利用できるのかさっぱり判らないけれど、どうしても力がほしければどうにかして方法を見つけるんだろう。古今東西、魔術師(リート)なんて連中ほど研究好きの人種はいないんだから」

「しかし」

 今度はシーヴは口を挟んだ。

「リ・ガンは……エイラは魔術師だろう。それに対抗できるんじゃないのか」

「似て非なるものってところかな。魔力によく似たものは持っているけれど、それを動かす理は違う。思わぬ大きな力を発することもあれば、ささやかな術に四苦八苦することもある。僕は残念ながらエイラ嬢を知らないけれど、彼女が魔術師そのものとは思わないね。そのふりをしてるってところじゃないかな」

 いい師にでも出会ったんだろう、とクラーナは何とも恍けて――ということはシーヴには伝わらないが――言った。

「それは賢い方法だよ。ぱっと見たところで魔術師であれば、何か力を内包していても当然だもの。黒いローブは目立つけれど、リ・ガンを隠すには都合がいい」

「隠れなければならない、と言うことか」

「そう。彼女を狙う者がいるよ」

 その言い方はあっさりしていたので、シーヴはもうちょっとで聞き落とすところだった。クラーナは、翡翠を求める者がいればリ・ガンは狙われ得る、という可能性を話したのではなく、いま現在エイラが狙われているという事実を語ったのだ。

「それは何者だ」

 問うても答えは返ってこないだろうと思った。だが、クラーナは即答した。

「〈魔術都市〉」

「何だって?」

「聞いたことはない? 中心部(クェンナル)の西方に、魔術都市というふたつ名を持つ街がある」

「……噂話でなら」

 シーヴは呟くように言った。

「街の名は、確か……レン」

ご名答(アレイス)

 記憶を探るようにしてそう言うと、クラーナはうなずいた。

「〈魔術都市〉レン。スラッセンのように砂漠に囲まれている訳でもないのに、そこに近づく者はいない。強固な城壁がある訳でもないし、近づけば魔術の光矢が跳んでくることもない。でも誰も近づかない。生ける伝説さ。街は確かにそこにあるのに、誰もそこがどういう場所なのか知らないんだ」

「何故、そんなことを知っている?」

「噂だよ。君も言っただろう、噂話で聞くって」

「レンのことじゃない。何故、レンがエイラ……リ・ガンとやらを狙っているなどと思う。何を知っている」

「レンの住民はね、そうして街のなかにこもっていても、ひとたび出てくればすぐにそれと知れるんだ。ねじれた動物の彫り物をしている。見えないところに彫るものもいるらしいけど、多くは顔か腕みたいに見えるところにね」

 クラーナは言った。

「そう言う彫り物をしている人間がみなレンの人間だとは言わないけれど、そんなのが複数固まってたら不自然だと思わない?」

「まあ、な」

 知らなくても何か特殊な集団だと思い、奇怪だと感じるだろう。

「それらがこの〈変異〉の年になって、ビナレスのあちこちで翡翠について探ってるんだ」

「そりゃ、鎖国を解いて貿易でもしようってんじゃないか」

 シーヴは言うと、クラーナに睨まれた。

「それは冗談なのかい? 冗談を言っていられる立場?」

「……すまん」

 素直に謝罪の言葉を述べた。真剣になっているのを隠そうと軽口を叩く癖は、第一侍従によく非難されたものだ。

「たぶん、君はリ・ガンを守る気でいると思いたいけど」

「無論だ」

 シーヴは素早く言った。

「念のために言うと、〈鍵〉がリ・ガンを守るべしなんて話はないよ」

「それが」

 どうした、と言いかけて、気づいた。クラーナはいま、それは〈鍵〉という役割のもたらす感性ではなく、シーヴ自身の心が決めていることだと教えてきたのだ。

「そうか、けっこうなこった」

 その声にもまた皮肉が混じっていたが、それはクラーナに対するものと言うよりは自身へ向けたものだった。

 ウーレの少女は、彼が「運命の女」に出会えば彼女のもとには帰らないだろうと言った。彼はそれを一蹴したし、いまでもそのようなつもりではいない。同時に〈翡翠の娘〉を守ると〈塔〉に約束したことは口から出任せでもないし、本気だ。だがやはり、それは愛情を覚えての台詞ではないのだ。

 ならばこの感情は? 神の御手でも妖精の悪戯でもないのなら、何故こんなふうに感じるのだ?

 エイラが消える寸前に見せた、あの瞳。

 燃えるような双眸は怯えていた。ほかでもない、彼に対して恐怖を抱いていたのだというのに――彼はそれを追い、恐怖を取り去ってやろうとしている。

 砂漠の娘ミンならば、それは結ばれる定めだからだと言うだろうか。彼が運命の女に出会って一目で恋に落ちたとは思わないが、引きつけられていることだけは確かだった。

「そう。君は彼女を護る義務なんてない。でも君は守る気でいるね。その上で追加してもいいかな?」

 クラーナの言い方に奇妙なものを覚えたが、問わずに先を促す。

「君たちが出会えば自明の理なんだけどね。いまの君には自覚がないだろうから言っておく」

「前置きはいい、だから何だ」

「〈鍵〉はリ・ガンの力を方向付けると言ったろう。君は彼女の(かじ)なんだ。ということはつまり、リ・ガンを欲するものにとっては都合が悪い。要するに、邪魔者だよ」

 だから君にも敵がいるのさ、と吟遊詩人はさらりと言った。


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