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食事が終わっても六人はそのまま食堂に留まり、シルヴィとアリーヌが中心になっておしゃべりに花を咲かせた。
食堂の柱時計が二回打った時、アリーヌはシルヴィとイヴェットを見やって
「……そろそろ出かける準備をし始めたほうがいいのかしら?」
と意見を求めた。
「そうですね」
と同意したイヴェットに対し、シルヴィはニコラスを剣の稽古に誘った。
アリーヌとイヴェットは唖然としてしまったのだが、シルヴィは平然と
「どうせ出かける前にお風呂に入るんだもの。だったらその前に剣の稽古をして思いっきり汗をかきたいわ」
と言い放った。
ということで、シルヴィとニコラスが連れ立って食堂を後にし、イヴェットとアリーヌがその後に続いた。
今朝すでに入浴をすませたイヴェットは先に髪結い担当の侍女に髪を結ってもらうことにし、アリーヌが自室で入浴を終えたらイヴェットの部屋に合流することを確認してから、二人は食堂の前で別れた。
食堂に最後まで残ったラザールとスヴェンもほどなくしてそれぞれ自分の部屋に戻り、いつでも出かけられるように準備をすると、出発までくつろぐことにした。
侍女がイヴェットの髪を結い終える少し前に入浴を終えたアリーヌがイヴェットの部屋を訪ねた。アリーヌが髪を結ってもらっている間、イヴェットはアレクシアに化粧をしてもらった。
すると額に汗を浮かべたシルヴィもイヴェットの部屋にやって来た。
「姉上、姉上の部屋でお風呂に入らせて。どうせここで髪と化粧をしてもらうんだし、そっちのほうが移動しなくてすむから」
「それは構わないけれど……。お湯の用意を誰かに頼んだの?」
「ううん、水でいいわ」
シルヴィは身につけていた稽古着のボタンをはずしながらさっさと奥の浴室へと向かった。
イヴェットに化粧をほどこしていたアレクシアは手を止め、
「シルヴィ様、ご入浴のお手伝いは……」
と浴室へと消えてしまったシルヴィの背中に声をかけたが、すぐに
「一人で大丈夫よ」
という言葉が返ってきた。
アレクシアは一応自分の主人であるイヴェットを鏡越しに見やったが、シルヴィが基本的には自分で自分のことをするのが好きだということを知っているイヴェットは、苦笑しつつうなずいた。アレクシアもシルヴィの性格や生活態度を知っているので、再びイヴェットの化粧を再開した。
イヴェットの化粧が終わると、アレクシアは今度はまだ侍女に髪を結ってもらっている途中のアリーヌの化粧に取りかかった。
あとはドレスを着るだけの状態になったイヴェットは、少しの間アレクシアと侍女に仕度を手伝ってもらっているアリーヌを眺めていたが、ふと妹のことが心配になり、浴室へと向かった。
シルヴィは浴室と寝室の仕切り戸を閉めていなかったから、イヴェットは浴室に足を踏み入れる前に
「シルヴィ、入るわね」
と妹に声をかけた。
シルヴィは浴槽の中で立っていて、ぎゅっと髪を絞っているところだった。
シルヴィは姉に裸を見られても別に恥ずかしくはないのであっけらかんとしているのだが、一方のイヴェットは家族とはいえども妹たちに自分の裸を見られるなんて恥ずかしいと思っているため、イヴェットは何となく妹の姿を直視しないように目をそらした。
「あ、姉上、バスローブか何か、借りていい?」
振り返ったシルヴィに尋ねられ、イヴェットは
「ええ、分かったわ」
と答え、部屋の隅のチェストから自分用のバスローブを取り出し、なるべくシルヴィを見ないようにしながら手を精一杯伸ばしてそれを妹に渡した。
「ありがと」
シルヴィが姉から渡されたバスローブをはおりながら浴槽から出ている間、イヴェットは妹が床に脱ぎ散らかした服を拾い上げた。
いろいろと豪快なシルヴィらしいと思って苦笑しかけたイヴェットだったが、シルヴィはもうすぐスコル王国の王子妃になる身だ。他国に嫁ぐのに大丈夫だろうかと心配になってしまったから、イヴェットは心を鬼にして小言を言いかけたのだが、それを知ってか知らずか、シルヴィが明るい声で
「姉上、髪も化粧もすっごくきれいよ!」
と褒めたため、イヴェットは小言を言う時機を逃してしまった。
「ますますスヴェン王子に愛されちゃうんじゃない?」
シルヴィにからかわれ、赤くなったイヴェットは返す言葉を見つけることができず、手に持っていたシルヴィの稽古着をぎゅっと抱きしめた状態で金魚のように口をぱくぱくさせることしかできなかった。
「姉上って本当に純情でかわいい人ね」
くすっと笑ったシルヴィはイヴェットの腕を取り、姉妹は一緒に浴室を出た。
髪は終わったが化粧がまだ途中のアリーヌが鏡台の前に座ったまま鏡越しのシルヴィに笑いかけた。
「シルヴィ、水浴びは終わったの?」
「ええ」
シルヴィはアリーヌの隣の椅子に腰を下ろした。すると髪結いの侍女がすぐにシルヴィに歩み寄り、さっそく彼女の髪にくしを通し始めた。
「シルヴィの髪もイヴェットの髪もとってもきれいな赤よね。羨ましいわ」
「ええ~!? そう? 私はアリーヌの髪色のほうが好きよ。つやつやした栗色で」
「平凡でつまらないわ」
妹と将来の義姉が鏡台の前で繰り広げる会話に耳を傾けつつ、イヴェットは少し離れたひじかけ椅子に座って鏡に映る彼女たちの姿を眺めていた。
自分も含めて、普段よりもきっちりと髪を結い上げ、いつもより濃い化粧を身にまとうと、それだけで気分が変わる。自然と背筋がまっすぐになるような、少しだけ照れくさいような気になり、気持ちがひとりでに高揚する。
最後にいつもよりおしゃれなドレスを身につけた時、自分たちは本当にこれから出かけるのだと強く実感したイヴェットの胸が高鳴った。
もちろん今までにも何度かこうしてめかし込んで夜会や皇宮の舞踏会に参加したことはあるけれど、鼓動がいつもより速い気がするのは、今回は婚約者であるスヴェンも一緒だからなのだろうか。
気心知れた仲間と大人数で連れ立って出かけることもすごく楽しみで、イヴェットはのぼせ上がってしまいそうだった。
シルヴィの髪が終わると、髪結いの侍女の仕事は一段落した。シルヴィはこの侍女に自分の部屋に行ってドレスと靴を持ってくるよう頼んだ。侍女は言われたものを手にして戻った後で、今度はアリーヌの着付けを手伝った。
普段イヴェットの着付けを担当しているのは彼女付きの女官アレクシアなのだが、シルヴィに化粧をほどこしている彼女の手は塞がっていたため、イヴェットはアリーヌが着替え終わって再び手が空いた侍女に手伝ってもらいながらドレスを着込んだ。普段着よりも動きにくいのは確かなのだが、そのぶん指先や足先にまでもいい意味で緊張が走る。いつもよりいい姿勢を保とうとか美しく優雅に見える歩き方を心がけようとする気持ちが自然と湧き上がるのだ。イヴェットはこの緊張感が嫌いではなかった。
だが、最後に仕度を終えたシルヴィはイヴェットとは真逆のようで、
「ああっ、もうっ!! コルセットはきついし、ドレスは歩きにくいし、やっぱり私はこういうかしこまった服装ってどうしても好きになれないわ」
とせっかく化粧に彩られた顔をしかめた。
「確かにそうだけど、でも今日はとても嬉しいわ。あなたたちと一緒に四季の果実亭と観劇に行けるんだもの!!」
興奮気味にアリーヌが言ったから、シルヴィは最後には肩の力を抜き、
「そうね」
と笑った。
アリーヌと全く同じ気持ちだったイヴェットの顔にも自然と笑みが浮かぶ。
意志の強さを体現しているかのようなきりっと上がった眉や何者に対しても決して屈しない強さをたたえた目が妹シルヴィの魅力的なところだとイヴェットは思っているが、化粧がよりいっそう彼女の凛としたたたずまいを引き立てていた。
アリーヌはイヴェットよりも年上なのだが、そんな彼女に対してイヴェットはかわいらしい女性だという印象を抱いている。アリーヌが時折見せるいい意味での稚気や隙、天真爛漫なところがイヴェットにそう思わせるのかもしれない。そしてこれからの予定にうきうきと胸を躍らせている彼女の内面から湧き上がる喜びが彼女をいつもより輝かせていた。
妹と兄の婚約者を見ながら、イヴェットはいつもより魅力を増した二人の美しさにあやかりたいと思った。
この世の全ての人に、自分が彼女たちのようにいつもより美しくなったと思ってほしいなどと大それたことは、これっぽっちも願っていない。
けれどもたった一人、スヴェンにそう思ってもらえたら、イヴェットはどんなに幸せだろう。
イヴェットは期待に胸を膨らませたが、しかしスヴェン自身が美しい人だということを思い出すと、彼女は冷や水を浴びせられた気分になった。化粧やドレスの力を借りた底上げした美しさなんて、本物を前にしたらきっと霞んでしまうだろう。
一瞬前の胸の高鳴りはどこへやら、イヴェットは急に意気消沈してしまい、これからスヴェンと顔を合わせることを怖いとさえ思ってしまった。
だが、アレクシアにラザールたちの仕度が終わったのかどうか訊きにいくよう命じられた髪結いの侍女が戻ってきて、彼女たちの婚約者三人は玄関口で座って彼女たちを待っていると報告したため、イヴェットはシルヴィ、アリーヌと一緒にすくむ足を玄関へと向けるしかなかった。




