69
自分の風邪が他の皆に伝染しては申し訳ないということで、イヴェットは自室で夕食をとったのだが、他の五人はいつものように食堂に集まって食卓を囲んだ。
全員が席に着き、侍女たちがそれぞれに飲み物を用意している間に、二通の手紙がのった銀のトレーを手にした執事がまずアリーヌの横に立った。
執事はアリーヌから見て手前の封筒を指差した。
「こちらはアリーヌ様へのお手紙です」
「ありがとう」
アリーヌが手紙を受け取ると、執事は今度はスヴェンの席まで移動し、大事そうに両手で持った銀のトレーを彼の前に差し出した。
スヴェンが手を伸ばしてトレーの上の手紙を取った後で、執事は食堂の入り口付近へと移動した。そのままそこで待機し、主人やその客人たちの食事が滞りなく運ばれているか、侍女たちの配膳に不手際がないか、執事として目を光らせる。
アリーヌは封蝋の印璽がフォルニート大公妃の指輪のものであるとすぐに気づいた。つまり、この手紙は彼女の母メガーヌからのものなのだ。
「母からだわ」
アリーヌはそう呟き、手紙を開封した。
手紙を広げながら、アリーヌには嫌な予感がした。フォルニートを出発する前、アリーヌは母から無事にローゲに到着したらちゃんと手紙を書いて知らせるよう言われていたのだが、ローゲのこの屋敷に着いて以来ずっと楽しくて、両親に手紙を書くことをすっかり忘れていたのだ。
「ローゲに着いてから、家族に手紙を書かなかったから……!」
アリーヌは忘れた自分を呪った。急いで手紙に目を走らせたところ、予想どおりの内容が書かれていた。
アリーヌが重苦しいため息をついたので、シルヴィが心配そうに
「メガーヌおば様、何だって?」
とアリーヌに尋ねた。
「ラザールの怪我の様子はどうかって。あと、『そろそろ帰りなさい』って書いてある……」
アリーヌはがっくりと肩を落としたかと思うと、今度は勢いよく背筋をまっすぐに伸ばした。
「う―――っ! ローゲに来て、まだ……えっと……四日目なのに!!」
アリーヌは指を折って数えてから、両手をぎゅっと握りしめて拳を作った。
実はアリーヌの母親は過保護気味なところがある。子供たち全員に対してそうなのではなく、アリーヌに対してのみそうなのだ。それはメガーヌにしてみれば、末娘のアリーヌはいつまで経っても頼りない子供のままなので、子離れする機会がなかなかなかったのである。
アリーヌは過保護な母親に対していらだったが、しかしアリーヌも普段はそれにべったり甘えているので、彼女の姉や兄たちに言わせれば、母親だけを責めることなどできない。
「大公閣下と夫人にご心配をおかけして、申し訳ない……」
アリーヌがローゲに来る原因になったラザールは責任を感じ、暗にアリーヌにフォルニートに戻ったほうがいいとほのめかした。
アリーヌの心は、親の言うことに従わなければならないという気持ちとまだ帰りたくないという気持ちで真っ二つに割れた。
「となると、これは無駄になりそうだな」
いきなりスヴェンがアリーヌを中心に繰り広げられていた会話に加わったため、アリーヌだけでなくラザール、シルヴィ、ニコラスの視線までもがスヴェンに注がれた。
「え?」
アリーヌが顔を上げると、スヴェンは意味ありげな笑みを浮かべて手に持っていた封筒をひらひらと左右に動かした。
「明々後日の夜に上演される歌劇のチケットがようやく手に入ったんだが……」
「ええ―――っ!?」
喜びと驚きでアリーヌは思わずテーブルに手をついて立ち上がり、勢いあまって上半身を乗り出した。
「行きたい! 行きたいですっ!! 無駄にするなんてもったいないわ!!」
アリーヌの剣幕に気圧されながら、シルヴィが
「でも、いいの? おじ様とおば様、心配なさるんじゃない?」
と訊いたのだが、アリーヌは即座に否定した。
「いいのっ!! こんな機会、もうないかもしれないんだもの!! 親へは歌劇を観てから帰るって手紙を書くわ!!」
「アリーヌ……」
アリーヌの両親への遠慮もあり、それで本当にいいのだろうか、とラザールは疑問を抱いた。しかし彼は自分ではアリーヌをすぐにでも帰るよう説得することはできないだろうと思ったので、それ以上何も言えなかった。
アリーヌはラザールよりも行動的だった。アリーヌは彼女一人で導き出した結論に従う決意をした。
「ということで、スヴェン王子、観劇に連れていっていただけますか?」
「ああ、もちろん」
スヴェンが首肯した後で、シルヴィが嬉しそうに
「じゃあ、明々後日までは皆で一緒にいられるのね」
と胸を撫で下ろした。
「ええっ!!」
アリーヌもにっこり笑って満足そうにうなずき、ようやく椅子に座り直した。
それで……本当にいいのか……?
ラザールは心の中で自分に対して、そしてアリーヌに対しても尋ねたが、シルヴィと一緒に嬉しそうにしているアリーヌの笑顔を見てしまうと、やはり何も言えなかった。




