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食事が終わると、食堂の隣にある談話室でカードゲームでもしようという話になり、ラザールはカードを取りに自室に向かった。ニコラスとスヴェンも部屋に取りにいくものがあるらしく、アリーヌたち女性三人が先に談話室へと移動した。
食堂ほど広くはない部屋だが、長方形のテーブルを囲むソファは抜群の座り心地で、シルヴィはさっそく優に三人は座ることができるソファに座り込んだ。テーブルを挟んで反対側にある、シルヴィが腰かけたものと全く同じ複数人がけのソファにアリーヌが、テーブルの短い辺の前の一人がけのソファにイヴェットが、それぞれ腰を下ろした。
イヴェットがお茶の用意をしようと思ったところにシルヴィとアリーヌが
「でも、兄上たちはお茶じゃなくてお酒を飲みたがるんじゃない?」
「そうかもしれないわね。ラザールたちが来るのを待って、何を飲むか訊いてから準備したらどう?」
と意見を述べたため、それもそうだと思ったイヴェットはアリーヌが言ったとおり、兄たちが来るのを待つことにした。
「ねえ、シルヴィ。乗馬って、怖くないの?」
わくわくしながらも、馬に乗ったことがないアリーヌがシルヴィに尋ねた。
「う~ん、初めは怖いって思うかもしれないけれど、慣れたらすっごく楽しいの! 視界が高くなるから遠くまで見渡せるし、風を切る感じが爽快でたまらないわ!」
シルヴィはうっとりした表情でそう答えた。
「どんな格好をすればいいのかしら?」
一応いろいろなデザインの服を何着か持ってきたが、シルヴィのように乗馬服は持っていないアリーヌはシルヴィに助言を求めた。
「アリーヌも姉上も自分で乗るわけじゃないから何でもいいと思うけれど、まぁ、動きにくい服よりは動きやすい服のほうがいいわね。あと、外に行くわけだから、汚れてもいい服のほうがいいと思う」
アリーヌとイヴェットはシルヴィの話に真剣に耳を傾けた。
女性三人がそんなことを話していると、ラザールたちがこの談話室に入ってきた。ラザールはカードを、ニコラスはカスペール市場で買った買い物かごを、そしてスヴェンは本くらいの大きさのブリキの缶を手に持っていた。
ニコラスはソファの端っこに座っていた彼の恋人に奥に詰めるよう合図し、実際に奥へと移動したシルヴィの隣に座った。
イヴェットが腰を下ろしているのは一人用のソファだったのだが、体格の大きい男性でもゆったりと座ることができるような大きさだったし、ひじかけもないデザインだったため、スヴェンも躊躇することなく婚約者であるイヴェットの隣を選んだ。イヴェットは細身だし、スヴェンも太ってはいないから、二人で並んで座っても狭いということはなかった。ただ、自然とスヴェンと密着することになり、イヴェットはどきどきさせられてしまう。
二人の親友が自分の定位置と言わんばかりに迷いなく妹たちの横に座るのを見て、ラザールは少々複雑な気持ちになってしまった。兄としては親友たちが自分の大切な妹たちと仲良くやってくれていることを喜ぶべきなのだろうか。だが、妹のほうから呼ばれるまで待つといったような奥ゆかしさを友人に求めたくなる気持ちもあった。
イヴェットとスヴェンが座っているのとはテーブルを挟んだ逆側の、もう一方の一人がけのソファに一人離れてぽつんと座るのも不自然なので、ラザールはアリーヌの前に立ち、礼儀として隣に座っていいかどうかを訊いた。
アリーヌは横にずれて空席を作ってくれたので、ラザールは礼を言ってから腰を下ろした。
ニコラスから買い物かごを渡されたシルヴィは、ごそごそと中を探った。
「これ、ニコラスから二人にお土産よ」
帰りの馬車でシルヴィからすでに聞いていたイヴェットは、妹に手渡されたレース生地を受け取り、ニコラスに礼を言った。
「ありがとうございます、ニコラス王子」
ニコラスはにこにこと微笑んだ。
「お気になさらず」
姉と恋人が言葉を交わしている間に、シルヴィは手を伸ばしてアリーヌにも同じレース生地を渡した。
「何かしら? まあ!! きれいなレース!」
アリーヌは優美なレース生地を眺めて顔をほころばせた。
「ニコラス王子、どうもありがとうございます。シルヴィも」
「どういたしまして」
先ほどイヴェットに対してそうしたように、ニコラスはアリーヌに対してもさわやかに微笑んだ。アリーヌはイヴェットの婚約者スヴェンに対しては表現しがたい緊張感を抱いてしまうが、ニコラス相手にはそうはならなかった。彼の人懐っこい雰囲気のせいなのだろうか。
ニコラスとシルヴィを中心にほのぼのとした空気が漂ったが、ラザールがそれを破った。
「ちょっと待て」
ラザールはいつもより低い声で彼らの会話に割り込み、何かを疑うような目で二人の妹たちとその婚約者たちを見比べた。
「君たちは四人一緒だったんだろう? どうしてニコラスとシルヴィがイヴェットにまで土産を買うんだ?」
ラザールは妹たちではなく親友二人に向かって質問を投げかけた。
ところが、口を挟んだのはシルヴィだった。
「私もびっくりしちゃった!! てっきり四人一緒に行動するのかと思ったら、別行動……」
ニコラスは急いで手を伸ばし、シルヴィの口を塞いで彼女の言葉を遮った。
「ニコラス!? スヴェン!? まさか……」
ラザールは驚きと失望で顔をしかめた。
あれ? 兄上に言ってはいけなかったの!?
ニコラスから口止めされていなかったせいで、隠さなければならないという意識が全くなかったシルヴィは本当のことを暴露してしまったのだが、そのせいで空気が変わってしまったことを察し、彼女は内心焦った。先ほどとは違って、今度は自分の口を押さえているニコラスに対して文句を言うことはなかった。
「ああ、そのまさかだ」
スヴェンがあっさりと認めたから、ラザールは目を大きく見開いた。
「はぁ!? ちょっと待ってくれ!! 俺は四人一緒だと思ったからイヴェットとシルヴィが君たちと出かけることを許可したんだぞ!?」
しかもイヴェットとシルヴィは知らないが、ラザールは昨晩直々に親友二人に頼んだのだ、妹たちとの交際を節度あるものにしてほしいと。こんなことを言うのは無粋だと自覚しながら、恥ずかしさを懸命にこらえ、勇気を出して二人に頼んだというのに、昨日の自分の苦労は一体何だったのか。
ラザールがニコラスとスヴェンを糾弾しそうな勢いだったため、アリーヌは隣に座るラザールの肩をねぎらうように撫でながら、何とか彼をなだめようとした。
「ラザール、まぁ、いいじゃない? シルヴィだってイヴェットだって楽しかったみたいだし……」
せっかくアリーヌが自分たちをかばうような発言をしてくれたので、シルヴィはこの機を逃さず、自分の口を塞いでいるニコラスの手を押しのけた。
「そうよ! 兄上だってアリーヌと二人だったんだし、同じよ、同じ!」
俺はお前たちと違って節度をちゃんと守ってる!
アリーヌに対しても、一切手出ししていない!
ラザールは思わずそう叫びかけたが、勝手にアリーヌの名前を持ち出すことに一瞬躊躇してしまった。
その隙にシルヴィが
「あとはガラセアのソースと木いちごのジャムとはちみつなんだけど、これは明日の朝ご飯の時に皆で食べましょ」
と買い物かごから取り出した複数の瓶を一同に見せびらかすように掲げ、必死に話題を変えようとした。




