52
中庭から屋敷の中に入ったラザールとアリーヌが玄関に向かうと、帰ってきたばかりの四人と遭遇した。
「お帰り」
「お帰りなさい」
ラザールとアリーヌは四人に声をかけた。
「ただいま戻りました、お兄様、お義姉様」
イヴェットが二人に対し、丁寧にお辞儀をした。肌寒い秋風に吹かれたからなのだろうか、彼女の顔はほんのりと赤みを帯びていた。
「お帰りなさい、イヴェット。楽しかった?」
「はい、とても」
イヴェットはアリーヌと目を合わせた後で、ちらりとスヴェンを盗み見た。アリーヌもイヴェットの視線を追いかけた。
スヴェンのほうもイヴェットを見つめていて、彼女の肯定に気をよくしたのか、彼は少しだけ目を細めて満足げにくちびるの端を持ち上げた。その完璧な美貌や独特の迫力のせいで、アリーヌはスヴェンに対して何となく近寄りがたいという印象を抱いているのだが、今の彼の表情は今までにアリーヌが見た彼の表情の中で一番柔らかかった。
スヴェンと目が合った途端、イヴェットは慌てて視線を下げた。
イヴェットったら、かわいらしい人ね。
イヴェットの初々しい態度に、アリーヌは自然と笑みを誘われる。
アリーヌがもう一人の将来の義妹シルヴィに目を向けたところ、彼女はまぶたを閉じたままふわあ~と大きなあくびをした。普段の彼女の行動から、あくびをするにも豪快に大口を開けるのではないかとアリーヌは勝手に想像していたのだが、実際にはシルヴィは両手で口元を覆っていた。
シルヴィは目を開けたが、その目にはあくびによる涙が浮いていたし、まぶたは今にも再び閉じてしまいそうだった。
「シルヴィ、大丈夫か? 眠いのは分かるけど、転ばないように気をつけろよ?」
シルヴィの横には買い物かごを片手に持ったニコラスが、もう一方の手でシルヴィの背中を支えていた。
「ん……」
いつもの彼女なら、転ばないわよ、とでも反論しそうだが、よほど眠いのだろうか、シルヴィは目をこするだけだった。
「ほら、しっかり歩けよ」
ちゃんとシルヴィを気遣うニコラスに、アリーヌは好感を抱いた。
イヴェットとスヴェンも、シルヴィとニコラスも、とても似合いのカップルにアリーヌには思えた。
目の前の二組のカップルを観察するように見ていると、アリーヌはふと、シルヴィとニコラスが平民が着るような服を身につけていることに気づいた。
アリーヌはそれについてシルヴィに訊いてみたくなったが、彼女は相変わらず眠たげにあくびをしていたため、諦めた。
「お嬢様、お帰りなさいませ。お食事の準備が整うまでまだもう少しかかりそうですので、皆様ご入浴のほうを先におすませになられてはいかがでしょうか?」
ラザール、アリーヌと同じく四人を出迎えた執事がイヴェットに意見を求めた。
「そうね、それがいいわね。お湯の準備はできているの?」
「はい」
「では、そうしましょう」
イヴェットと執事の会話を聞いていたニコラスがシルヴィに
「ほら、シルヴィ、風呂に入ってシャキッとしてこい」
と言うと、シルヴィは気がなさそうに
「はーい」
と返事をした。
「じゃあ、各自部屋に戻って、風呂が終わったら食堂に集合ということにしよう」
最終的に場を取りまとめたのはラザールだった。シルヴィ以外の全員がうなずき、六人はそれぞれの部屋に戻るためにいったん解散した。