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ようやくスヴェンがイヴェットを解放した時、彼女の体には全く力が入らず、それゆえに彼女は我知らずスヴェンにもたれかかっていた。
スヴェンはイヴェットの体をゆっくりとソファの背もたれに預け、彼女の背中に回していた左腕を引き抜くと、まだ使っていない自分のナイフを彼女の皿へと移動させた。
そして手を伸ばしたグラスを自分の口元へと運び、ワインを一口口に含んでから、ソファにだらりともたれかかったままのイヴェットを振り返った。
「もう食べないのか?」
からかうような口調でスヴェンにそう尋ねられ、イヴェットははっと我に返った。
彼女はソファに両手をついて何とか上半身を起こして座り直し、震える指先で再びカトラリーを握って残りのタルトを口に運んだ。
タルトをもぐもぐと頬張りながら、イヴェットはそっと隣のスヴェンを盗み見た。
彼はオリーブやチーズを片手にワインを飲んでいた。イヴェットはさっきの濃厚なキスや生々しい彼の舌の感触にこうして座っているだけでも精一杯なのに、彼は少しも動じている様子はない。何事もなかったかのような悠々とした態度に、イヴェットは自分と彼の違いを思い知らされる。田舎娘の自分と、都会的な彼。きっと彼には自分のような単純な女を扱うなんて朝飯前なのだろう。
自分たちの間には絶対的な距離が存在しているのだと思うとイヴェットの気持ちは沈みかけたが、完全にそうなる前にスヴェンが彼の妹のことを話し始めたので、イヴェットは今は否定的な気持ちを封印しようと気持ちを立て直した。このすばらしい空間や料理を前に落ち込むなんてもったいない気がしたし、スヴェンが彼の家族について話してくれるなんて初めてだったから、それが単純に嬉しかったのだ。
スヴェンの妹はエルヴィーネという名前で、今15歳なんだそうだ。シルヴィのように気が強い女の子らしく、シルヴィを見ると妹を思い出すと彼は言った。
イヴェットはスヴェンの言葉を一言も聞きもらしたくなかったから、必死に彼が話すのを聞いていたのだが、そのうちに妙な違和感を覚えた。
何だか頭がくらくらする。
自分の視界がぐるぐると回っているように感じられた。
頭が重く、今にも後ろに倒れそうになってしまう。
すぐ隣で話しているスヴェンの声がいやに遠く感じられ、彼の話を聞きたいのに全然集中できないのだ。
スヴェンも話しながら、彼女の変化に気づいた。
イヴェットは荒い呼吸を繰り返し、彼女の目は焦点を結んでいなかった。
「イヴェット……? 大丈夫か? どうかしたのか?」
スヴェンが問うと、イヴェットはゆっくりと二つの赤いの瞳をスヴェンに向けた。
「ん……。なんだか、へん……」
「何?」
とりあえずスヴェンは自分が持っていたグラスをテーブルに置き、急いでイヴェットの頬に触れた。次に額にも手をやったが、彼女の肌は確かに熱を持っていて、汗ばんでいた。
スヴェンはイヴェットが突然体調を悪くしたのではないかと危惧した。
彼はイヴェットの体を引き寄せた。彼女は体に力が入らないようで、少しも抵抗することなくスヴェンの腕の中に納まった。
「ぐるぐるする……」
イヴェットは救いを求めるように潤んだ瞳でスヴェンを見上げた。
「ど……して……?」
彼女の言葉に、スヴェンの脳裏に一つの可能性が浮かんだ。
スヴェンは片方の腕でイヴェットの体を支えたまま、もう一方の腕を伸ばしてテーブルの上の彼女のグラスを手にした。
彼はグラスの中に残った液体のにおいをかぎ、念のために一口味見してみた。
スヴェンはこれがただのオレンジを絞った果汁だと思っていたのだが、味わってみると確かに液体の奥底にほのかな酒の味と香りがした。
とすると、イヴェットは酒に酔ったのか……。
親友のラザールから特にイヴェットが酒に強いとか弱いといった話を聞いたことはないが、この程度の飲み物で酔ってしまうなんて、どうやら彼女は酒に強くはないらしい。
(スヴェンの推測はそのとおりで、イヴェットは酒の味も酔った感覚もあまり得意ではなかった。そのことを自覚していた彼女は、普段からアルコールを含んだ飲み物をほとんど口にしないし、何かの付き合いでどうしても飲まなければならない場合はごく少量をゆっくり時間をかけて飲み干すようにしていた。)
合点がいったスヴェンはイヴェットのグラスをテーブルの上に戻した。
彼女の突然の変化が体調不良によるものではないと分かり、スヴェンはひとまず安堵した。
「これには酒が入っている」
「お……さけ?」
対照的にイヴェットは苦しそうに顔を歪めた。
「く……るし……」
荒い息遣いで呼吸をするイヴェットを見て、スヴェンは彼女が吐き気をもよおしているのかもしれないと思った。
「大丈夫か? 吐き気は?」
訊きながら、スヴェンは周囲にさっと目を走らせた。もし彼女が吐きたいのなら、何か受け皿になるものがないか探したのだ。
それともすぐに宿の従業員を呼んだほうがいいのだろうか。そう考えつつ、スヴェンがイヴェットに視線を戻すと、彼女は気だるそうにスヴェンを見ていた。
「違うの……。コルセットがきつくて………」
イヴェットの瞳は明らかにスヴェンに助けてほしいと訴えていた。
予想外の答えに、スヴェンは雷に打たれたように固まった。
イヴェットは自分を誘っているのだろうかという疑念が一瞬湧いたが、それはあり得ない、とスヴェンはかぶりを振った。
とにかく苦しそうな彼女を少しでも楽にしてやりたくて、スヴェンはイヴェットの体を抱き上げ、隣の寝室へと運んだ。まさか今日は寝室の出番はないと思っていたので、寝室に足を踏み入れた時に彼は少々複雑な気持ちだった。
大きなベッドの上にそっとイヴェットを下ろしたスヴェンは、慣れた手つきで彼女の髪をかき分け、背中に縦一列に並んでいるドレスのボタンを一つ一つ手早くはずしていった。全てのボタンをはずし終えると、彼はそのまま手を服の下へとすべらせ、彼女の背中を左右に交互に行き交うコルセットのひもの結び目をほどいた。続いて彼女の体をきつく締めつけているコルセットのひもをほぐしてから、スヴェンはイヴェットの体を仰向けにした。
もしこれらの一連の作業を行ったのがスヴェンではなく、女性の服の構造に関する知識も女性の服を脱がせた経験もないラザールだったなら、もっと手間取っていただろう。しかし経験豊富なスヴェンだったからこそ、その手際のよさによりイヴェットはコルセットの苦しみから早く逃れることができた。
窮屈さから解放されたイヴェットは楽になったようで、それが彼女のゆるんだ表情に表れていた。
「少しは楽になったか?」
ほうっと息を吐いたイヴェットにスヴェンがそう訊いたところ、彼女は安心したように微笑んでこくんとうなずいた。
「水を持ってくる」
スヴェンはイヴェットの頬に一つキスを落としてから居間に移動し、水で満たしたグラスを手に持って、再び寝室へと戻った。




