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きっと一生縁がないもの  作者: 冗長フルスロットル
第一章 きっと一生縁がないもの
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4

これでようやく父に邪魔されずにラザールを独占できるということで、アリーヌは上機嫌だった。


二人で並んで庭のガゼボまで歩き、自分付きの女官にお茶を用意させてから下がらせると、アリーヌは最近の彼女の生活や身の回りで起きたことなどを次々にラザールに話して聞かせた。


ラザールはものすごく口数が少ないというわけではなかったが、かといって話し好きというわけでもない。


また、口上手か口下手かの二択だと、どちらかというと自分が後者に属することを彼は自覚していた。


だからこそ例えばアリーヌの両親のように自分にとって目上の人と話す時には全神経を集中させた。言葉選びを間違えてしまうと、自分の真意が相手に伝わらなかったり、誤解を引き起こしたりしてしまう。何気ない言い間違いが、最悪の場合、自国と他国の関係にまで影響を及ぼしてしまうかもしれない。幼少の時からラザールはそう教えられてきた。


なので、彼はアリーヌの家族の前では特に気を張っている。彼らが温かい人たちだということをラザールはちゃんと知っていたが、だからといってそれに甘えるわけにもいかなかった。


アリーヌと二人きりの時は、彼女が積極的に話してくれるから、ラザールは気楽だった。


ラザールには四人の妹がいる。すぐ下のイヴェットはおしゃべりではなかったが、他の三人の妹たちは絵に描いたようなかしましさだ。特にシルヴィとソレーヌがひどい。だからラザールはアリーヌの多弁に驚いたりはしなかった。


しかし妹たちと比べても、アリーヌは早口だった。


よくそんなに早く口を動かせるなぁ……。


ラザールは彼女が話す内容ではなく彼女の口の動きに集中し、感心してしまった。


不思議な人だ、とラザールはアリーヌに対していつも思う。


四人の妹たちの中で、アリーヌに一番性格が近いのはシルヴィだろうか。アリーヌもシルヴィも喜怒哀楽がはっきりしている。感情に合わせて彼女たちの表情はころころと変わる。いつも穏やかな微笑を浮かべているイヴェットとは対照的だ。


だが、アリーヌにはシルヴィのような極端さはない。


シルヴィが何か、あるいは誰かに対して怒る時、彼女は全力で憤る。怒りが高まりすぎて時には泣いたりすることもある。


また、シルヴィは常識というものに疑問を持ち続ける挑戦者のような一面がある。ティティス帝国では貴族でも平民でも女性が剣を持つということは全く一般的ではないのだが、彼女は『変わり者』とか『じゃじゃ馬娘』などと陰口を叩かれることなど少しも恐れはしない。その強さは尊敬に値するが、同時に、ある程度の人の目や世間体を気にするラザールの悩みの種にもなる。


一方、アリーヌにはシルヴィのような激しさはない。誰かに同情して泣きそうになることはあっても、シルヴィのように我を忘れるほどに何かに対して怒ったり泣いたりすることはないし、楽観的で陽気な性格だ。


シルヴィのように型破りなこともしない。年頃の貴族の子女らしくおしゃれに興味を示すし、流行を追いかけたりもする、普通の女の子だ。


アリーヌがころころと笑っているのを見る時、かわいいな、とラザールは素直に思う。アリーヌはラザールよりも三つ年上なのだが、心の底から笑っている時の無防備な彼女の表情はいい意味で幼く見え、天真爛漫な少女のようだ。


彼女を見ていると、ラザールは自国領の港街シャルナルクとその周囲の町や村で生産されているレモンを思い出す。燦々と降り注ぐ太陽の光と海風で運ばれるペリオン海のミネラルの恩恵を受けて大きく育つ、色鮮やかな黄色いレモン。果実酒に姿を変えたり、魚と一緒に蒸し料理に使われたり、魚介類の揚げ物に絞り汁をかけたりと、ペリオン海の海岸線沿いの地域では欠かすことができない名産品だ。


もしもアリーヌが本当にレモンだったなら、彼女はレモン畑の中で一番大きな実だろう。目を奪われずにはいられない、一番人目を引く果実。日光と肥料の代わりに家族から与えられた惜しみない愛情を養分とし、すがすがしい香りがして、絞ると果汁が無限に溢れ出るのではないかとさえ思ってしまうほどにみずみずしく、レモン特有の酸味がありながら、同時に甘みも兼ね備えている。


アリーヌとレモンのことを考えていると、ラザールはとうとう彼女にぴったりの言葉を見つけ出した。


華やか……、そうだ、華やかなんだ。


アリーヌがその場にいると、空気がすごくにぎやかになる。


それがアリーヌの魅力だとラザールは思った。


では、そんな彼女を愛しているのかともし誰かに訊かれたならば、ラザールは返答に困ってしまう。


アリーヌは自分の婚約者であり、将来は妻になる人だ。


だからラザールは彼女を大切にしたいと思っているし、彼女に対して誠実でありたいとも思っている。スヴェンがイヴェットを裏切ったところを見てしまって以来、ラザールのこの気持ちはいっそう強くなった。


けれどラザールのこの気持ちは恋とか愛と呼んでいいものなのだろうか。ひょっとしたら、義務という表現のほうが近いのかもしれない。


ただ、そんなことを考えるのはラザールにとってはあまり意味のないことだった。彼女は自分の婚約者であり、自分は将来彼女と結婚する。自分の彼女に対する感情がどのようなものであったとしても、その事実は変わらないからだ。


では、彼女に対して誠実でありたいと思っているラザールは、アリーヌの全てを無条件に受け入れることができるだろうか。答えは否だった。


人間誰しも長所と短所を持っている。例えばラザールの場合、長所は真面目で勤勉なところ、短所は柔軟さに欠けるところや慎重すぎるところだろう。


アリーヌの長所は先述のとおり、天性の華やかさや明るさだろう。


ところが、彼女にももちろん短所があった。アリーヌは自分の感情に素直であるあまり、ラザールの目には奔放にも気まぐれにも映るのだ。これがレモンでいうところの酸味に当たるだろう。


彼女は今の今までお腹を抱えて笑っていても、一瞬後には急に不満そうにしたり不機嫌になったりする時がある。ラザールはそんな彼女の急な変化についていけず戸惑ってしまう。そんな彼女と一緒にいることは、よく言えば刺激的だが、悪く言えば安定していることが好きなラザールにとっては心休まらない。ラザールには彼女の地雷が何なのかまだよく分からないから余計に、彼女と一緒にいるとはらはらどきどきさせられる。


それに、彼女が積極的に話してくれるのは沈黙にならなくてすむのでありがたいのだが、ラザールを悩ませることが二つあった。


アリーヌの声は高いから、時にラザールの耳がキーンとする。


もう一つは、彼女の話し方だ。別に彼女に限ったことではないということはラザールにも分かっているが、アリーヌの話はラザールからしてみれば要点もこれといった話のおちもなく、彼女は思いつくままにだらだらと話し続けることが多い。


ラザールは生真面目な性格ゆえ、彼女が自分に何を伝えたいのか理解したくて、一生懸命彼女の話に耳を傾けるのだが、彼女の話はあちこち飛ぶことが多く、集中力が切れるとラザールは内心げっそりしてしまう。


それでもいつもなら適当に相槌を打って最低限の聞くふりはしているのだが、あいにく今日の彼はイヴェットとスヴェンの問題で心身ともに疲れていた。


そんな状態ではアリーヌの高い声は頭痛を引き起こし、延々と続く彼女の話はラザールの眠気を誘った。


ここ最近眠れない夜が続いていた彼は、自分でも気づかないうちに寝入ってしまった。


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