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きっと一生縁がないもの  作者: 冗長フルスロットル
第二章 恋人たちの10月
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馬車が停まったのは、オリヴィール三世公園だった。ティティス帝国を興した初代皇帝オリヴィール一世の孫に当たる三世の偉業を記念して作られた公園だ。


四人は公園の入り口前で馬車を降り、最後にニコラスが御者に


「夕方の4時にまたここに迎えにきてくれ」


と頼んだ。


御者はうなずいて再び御者台に上がり、ナルフィ家別邸へと戻っていった。


「じゃあ、さっそく行こうか」


ニコラスにそう話しかけられたシルヴィははちきれんばかりの笑顔で


「ええ!!」


と首を数回縦に振った。


「スヴェン、また4時にな!」


「ああ」


ニコラスとスヴェンはともに手を軽く上げてお互いを見送った。


姉とその婚約者と別れた直後、シルヴィは弾んだ声で


「それで、どこへ行くの?」


とニコラスに訊いた。


「まだ秘密だ」


二人は公園の敷地に入った。


この公園の中で何かをするのかしら、とシルヴィは推測したが、それは当たらなかった。公園を横切ってもう一箇所の出入り口まで移動した後で、ニコラスは辻馬車を捕まえた。どうやらこれからまた移動するらしい。


ニコラスはシルヴィには馴染みのない地区の名前を辻馬車の御者に告げた。


辻馬車が走り出すと、シルヴィはわくわくしながら左右に広がる景色にせわしなく目をやった。建ち並ぶ建物はどれも同じような色や形をしており、ニコラスには何のおもしろみもなかったが、期待に胸を膨らませていたシルヴィにとっては見ているだけで幸せな気分になった。


お忍びで自分が今まで行ったことがない場所に行くのだ。自分が知らない新しい世界を見ることができるのだ。


けれど自分の隣にはニコラスがいるから、何かを恐れる必要なんて全くない。これから自分が出会うたくさんの刺激をただ享受するだけでいいのだ。何て素敵なんだろう。


シルヴィはそんなふうに思ったから、何の変哲もない通りを歩く人や野良犬を見ただけで彼女の胸が弾んだ。


やがて馬車が停まった。二人は馬車から降りた。


ニコラスが御者に金を払う間に、シルヴィはあたりを見回した。初めて来る場所だから、当たり前だけれど見覚えなんてない。


もしここでニコラスとはぐれてしまったら、私は家にも戻れないわ!! だってここがどこなのかも、家がどの方向にあるのかも、何にも知らないんだもの!!


大きく息を吸い込みながら迷子になった自分を想像することさえ、シルヴィには楽しかった。実際にはニコラスとはぐれることがないという前提に立っているからこそ、こんな妄想ができるのだが。


支払いを終えたニコラスがシルヴィの横に並んだ。


「行こうか」


ニコラスが差し出した手を、シルヴィはぎゅっと握った。


「うんっ!」


二人は手を繋いで歩き始めた。


すれ違う人々の何人かが、二人を振り返ったり凝視したりした。手を繋いでいる二人を見て、主に老人や老女が二人を睨むように顔をしかめたり、呆れたように力なく首を横に振ったり、声を出さずに口だけ動かして『ふしだらだ』と嘆いたりした。これはティティス帝国において一般的な反応だった。ティティスではたとえ夫婦であっても人の目のあるところで触れ合ったり体を寄せ合ったりしないからだ。


若者たちの中にも年寄りと同じような反応をする者もいたが、それは少数派だった。二人を羨ましそうに見たり、二人を応援するように目を細めて微笑んだりと肯定的な反応が多かった。


けれど当の二人は周りの反応など少しも気にしなかった。ニコラスは異国人であるので、ティティス社会では恥ずかしいと思われている恋人と手を繋ぐという行為を元々そのようには思わないし、シルヴィも平素から人の目をあまり気にしないからだ。


それに、彼らが二人のことをどこの誰なのか知らないように、二人も彼らを知らなかった。知らない人間にどう思われようとどうでもよかった。


加えて、ニコラスははしゃぐシルヴィを盗み見ることに、シルヴィはきょろきょろとあたりを見回すことにそれぞれ忙しかったから、他人の目など気にしている余裕などなかったのだ。


フェーベ大陸で一番の大都市ローゲの通りを歩く二人は輝いていた。庶民の服を身にまとっていようとも二人の所作には王侯貴族として培われた気品がにじみ出てしまっていたし、何より彼らの体からは情熱や若さや生命力が溢れ出ていた。二人には恐れるものなどなかったし、希望や人生を謳歌する喜びでいっぱいだった。それが本人たちだけでなく二人を取り巻く空気までをもばら色に染めていた。


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