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きっと一生縁がないもの  作者: 冗長フルスロットル
第二章 恋人たちの10月
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食堂でニコラスとシルヴィが、外のバルコニーでスヴェンとイヴェットが、それぞれ恋人同士の時間を楽しんでいると、やがてラザールが戻ってきた。


ぴったりと体を密着させていたニコラスとシルヴィは、ラザールが食堂の扉をノックしたため甘い時間が終わりを告げたことを悟り、仕方なく体を離した。


「はい」


とニコラスが返事をしている間にシルヴィは立ち上がり、数歩後ずさって自分の椅子に座った。


きしむ音とともに扉がゆっくりと開いた。


廊下に立っていたラザールは食堂に入った後で、後ろ手に扉を閉めた。


「兄上、アリーヌとは仲直りできたの?」


シルヴィが兄に問うと、


「ああ、まぁ、何とか……」


と言いながらラザールは自分の椅子まで進み、疲れた様子でどかっと腰を下ろした。


「で、アリーヌは?」


「今夜はこのまま休むってさ」


「そう」


二人が一応無事に仲直りできたらしいと知って、シルヴィはほっと胸を撫で下ろした。


兄とアリーヌの仲を案じたシルヴィは、アリーヌにもう二度と同じような目に遭ってほしくないという公憤の中にいつも口うるさくあれこれ言ってくる兄に対する私憤を混ぜ込みながら、


「これに懲りて、無神経な発言はしないでよ!?」


と兄をびしっと叱った。


「………………ああ」


と素直にうなずいたものの、これはラザールにとってなかなか困難な課題だった。ラザール本人は別に無神経な発言をしようとか故意に他人を不快にさせてやろうと思っているわけではないのだ。何をどんなふうに言ったら無神経な発言になってしまうのかをしっかりと理解できていれば、そもそもこんな問題は起きていない。


「お前って不思議なやつだな。学校でのお前は仲裁役なのに、個人的なことになると仲裁される側に回るなんて」


ニコラスは愉快そうにくすくす笑った。


「……面目ない」


妹に叱られ、親友に笑われたラザールは情けなくなって両手で顔を覆った。


「とりあえずよかったな、アリーヌ大公女とこじれなくて」


ニコラスが本気でそう思ってくれていることが伝わってきたから、ラザールは気を取り直して顔を上げた。


「……ああ」


そしてラザールはふと、もう一人の妹ともう一人の親友の姿が見えないことに気づいた。


「あれ? イヴェットとスヴェンは?」


アリーヌのようにもう休んでしまったのだろうか。


そう思いながらラザールがシルヴィとニコラスに二人のことを訊いたところ、


「外よ」


とシルヴィが食堂の窓を指差した。


「何っ!?」


ラザールは座ったままだったが、慌てて上半身をねじって彼の背後にあるバルコニーへ続くガラス戸に目をやった。


ニコラスは気を利かせ、ラザールが立ち上がる前にさっさと立ち上がり、すたすたと外へと繋がる扉に向かって歩き出した。つい先日関係を修復したばかりの恋人たちに遠慮し、自らバルコニーに足を踏み入れることは避け、その代わりに少しだけ戸を開けて


「スヴェン、ラザールが戻ってきたぞ」


と外に向かって少し大きめの声で叫んだ。


ニコラスはそうした後でさっさと自分の席に戻った。


するとすぐにスヴェンとイヴェットが室内に戻ってきた。


振り返って妹と親友を見たラザールはぎょっとした。イヴェットの表情は熱に浮かされているかのようにぼんやりとしていて、焦点を結んでいない二つの瞳はとろんとしていた。体に力が入らないのだろうか、彼女の腰元にしっかりと腕を回したスヴェンに寄りかかっている。


「イヴェット、お前、体調でも悪いのか?」


慌てて二人に駆け寄ったラザールは妹の体をスヴェンからひったくり、彼女の両肩をつかんで訊いた。


「……お兄様……?」


イヴェットは目を数回瞬かせてから、たった今目の前のラザールに気づいたように顔を上げた。


ラザールは一方の手でイヴェットの肩をつかんだまま、もう一方の手で彼女の前髪を押しのけて額に触れた。


「お前、熱があるんじゃないのか?」


「だ……大丈夫です……」


イヴェットは両手を動かし、自分の額に触れている兄の手を包み込むようにしてから遠慮がちにゆっくりと引いた。そんなイヴェットの両手も過分に熱を含んでいて、その熱さにラザールは驚いた。


ラザールは妹の背後に立っているスヴェンを睨むように見据えた。


イヴェットに熱があるのなら、冷たい秋の夜風に彼女をさらすべきではないのだ。そんな状況を許したスヴェンにラザールはいらだった。


しかしラザールも当然もう一つの可能性に思い至った。イヴェットは体調が悪いのではなく、熱に浮かされたような状態にさせられたのだ。女性の扱いに慣れているスヴェンには簡単なことだろう。


二人の縁談は元々は国に決められたものであるから、当事者である妹と親友の仲がうまくいってくれるなら、それはラザールにとっても喜ぶべきことだ。スヴェンには前科もあることだし、そのことを忘れずこれからは妹を大切にしてほしい。ラザールはそう思っている。


けれど、これはラザールが望むやり方ではない。


「シルヴィ、イヴェットを部屋に連れていってくれ」


ラザールはイヴェットの体をスヴェンがいるのとは反対の方向に軽く押し、もう一人の妹を呼んだ。


「はーい」


シルヴィは兄から引き渡されたイヴェットの体を支える。


「シルヴィ、お前ももう休むように」


「分かったわよ」


先ほどのどこか疲れたような様子とは打って変わって、いつもの口うるさい兄に戻ったラザールに、シルヴィは肩をすくめた。


「ところで、明日は計画どおり?」


シルヴィは兄たちをちらっと一瞥してから、ニコラスに訊いた。


「ああ」


「楽しみだわ! じゃあ、お休みなさい」


彼らは口々にお休みの挨拶をしたが、いつもしっかりしていて挨拶の言葉を絶対に欠かさないイヴェットはぼんやりしたままだった。


イヴェットを連れたシルヴィが食堂から出ていくと、ニコラスとスヴェンはそろそろ自分たちも休もうかと思っていたのだが、ラザールが二人を引き留めた。


「二人に話がある」


ラザールのいつもより低い声に、ニコラスもスヴェンも椅子に座り、何となく背筋を伸ばした。


「何だ?」


スヴェンに話すよう促されたラザールは、しかめっ面でニコラスとスヴェンを順に凝視した。


「君たちが俺の妹と仲睦まじくやってくれるのは、俺としても嬉しいよ。だが……」


ラザールはテーブルの上で握った自分の拳に目を落とした。


「君たちの祖国ではどうか知らないが、ここはティティスなんだ! だから、頼むから、節度のある付き合いをしてくれ! そうでないと、世間から後ろ指を指されるのはイヴェットとシルヴィなんだ……!!」


もちろんラザールとしても、できることならこんなことを親友二人に頼みたくはない。


しかし、二人の妹が噂があっという間に広がる狭いティティスの貴族社会で批判されるなんて想像するだけでも嫌だし、いつもは貞淑なイヴェットの先ほどのような『女』の部分を見るのはどうにも生々しくて、ラザールにはどうしても抵抗があった。


「特にスヴェン!」


名指しされたスヴェンは、それでも顔色一つ変えなかった。


「イヴェットはそういうことに慣れていないんだ。だから……、その……」


人の目があるところで触れたり抱きしめたりキスをしたりしないでほしい、その先なんて結婚するまでもってのほかだ、人の目がないところならいいのかとかそんな問題じゃない、そもそも二人きりにならないでほしい……。


ラザールは本当は二人にそう言いたかったのだが、親友相手にこんな具体的な要望を挙げるのも照れがあり、言葉に詰まってしまった。


「まぁまぁ、ラザール、お前の言いたいことは分かるよ」


ラザールをなだめるようにニコラスが理解を示した。


「ニコラス……」


ラザールは顔を上げ、ニコラスと目を合わせた。


「ニコラスも、スヴェンも、俺が言いたいことを分かってくれるよな?」


ラザールが期待を込めた瞳でニコラスとスヴェンを見つめると、二人はうなずいた。


自分の言いたいことは伝わったらしい。ラザールは安堵のため息をついた。


「ありがとう、二人とも」


奇妙な緊張から解放されたラザールはぎこちない笑みを、他の二人は自然な笑みをそれぞれ浮かべた。


話は終わった。ということで、ラザールは立ち上がった。


「じゃあ、俺たちもそろそろ休もうか」


ニコラスとスヴェンもラザールにならうように立ち上がった。


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