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きっと一生縁がないもの  作者: 冗長フルスロットル
第二章 恋人たちの10月
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茶器が届けられると、五人はガゼボのテーブルを囲んだ。お茶を淹れる役目を担ったのはもちろんイヴェットである。


「お前はどうやったって力がないんだから、もっと素早さを上げなければ話にならない」


ラザールは助言のつもりで妹にそう告げたのだが、シルヴィのほうは素直にうなずくことはできなかった。


女である以上、男性に比べると体力が落ちるのは自明の理であることはシルヴィ本人にも分かっているが、わざわざ指摘されるとおもしろくないし、シルヴィは素早い動きをすることを念頭に置いて普段訓練をしている。けれどまだ足りないのだろうか。


剣のことなど全く知らないイヴェットとアリーヌは目を丸くした。二人の目には、シルヴィの動きは十分俊敏だったからだ。これ以上素早い動きなんてできるのだろうか。


あからさまにむっとしたシルヴィに苦笑しつつ、ニコラスが


「ラザール、そう言うなよ。前に比べたらシルヴィは確実に上達してる」


と取り成した。


シルヴィはニコラスの言葉が嬉しいような、かばわれているようで悔しいような気がした。


確かにシルヴィ自身も自分の剣技は上達していると思う。それはニコラスに勝ち、その先にスヴェンと対戦するという目標があるからだ。


ところが、第一目標のニコラスを打ち負かすことさえできていないのが現状だ。


今年の末には兄たちは士官学校を卒業してしまう。そうなればニコラスはスコル王国に、スヴェンはアンテ王国に帰国する。ということは、残り三カ月を切った今年中に結果を出さないと、彼女の夢であるスヴェンに剣の稽古をつけてもらうことはかなわなくなってしまう。


どうやらその可能性が高そうで、シルヴィは意気消沈した。


「ここままだとスヴェン王子に稽古をつけてもらうことができないかも……」


ため息混じりにそう言ったシルヴィに、イヴェットとアリーヌは首を傾げた。彼女たちはどうしてシルヴィが突然スヴェンの名前を出したのか理解できなかった。


「スヴェン王子に稽古?」


アリーヌがおうむ返しに訊くと、シルヴィはテーブルに両ひじをつき、顔を両手の上にのせて再びため息をついた。


「そうなの。ニコラスやスヴェン王子と最初に会った日に、スヴェン王子が言ったのよ、私がもしニコラスに勝ったら、彼が稽古をつけてくれるって」


シルヴィはじろりとラザールを睨んだ。


「本当は兄上が稽古をつけてくれればいいのだけれど」


「俺はお前が剣を持つことにそもそも反対なんだ」


ラザールは腕を組んで首を数回横に振った。


「兄上の頭でっかち!」


シルヴィはつんと顔を背けて兄に文句を言った。


緊張が高まった兄と妹の間に割って入ったのはニコラスだった。


「まぁまぁ、二人とも、そう感情的になるなよ」


「俺は感情的になどなっていない」


そう言いながらも、ラザールはしっかりと仏頂面になっていた。


お前もシルヴィも怒った時の態度や表情がそっくりだな、さすが兄妹。


ニコラスはそう心の中で呟き、


「どうしてもスヴェンに稽古をつけてもらいたいなら、イヴェット大公女のほうから頼んでもらったらどうだ? それだったらあいつも断らないと思うが……」


とシルヴィに話しかけた。


いきなり自分の名前が登場し、イヴェットは驚いてしまった。微笑を浮かべて自分をちらりと見たニコラスと目が合い、イヴェットは慌ててうつむいた。


ニコラスの言葉がイヴェットの頭の中でぐるぐると回り始める。


ニコラスやシルヴィや他の誰かが頼んでもだめかもしれないが、もしイヴェットがスヴェンに頼んだなら、彼は断らないだろう。ニコラスはそう言ったのだ。


では、それはなぜか。


それは、スヴェンの中でイヴェットが特別の存在になったからだ。それを四年近くずっと一緒にいるニコラスは感じている。そしてニコラスはそのことを自分の発言の中でほのめかしたのだ。


イヴェットもニコラスの台詞の中に埋め込まれた含意を読み取り、顔を赤らめた。


そんな……、そんなこと……。


まさか、ありえないわ……。


ニコラスの言葉は甘いとげに姿を変えてイヴェットの胸に突き刺さった。


ニコラスが言ったことを信じたい気持ちももちろんあったし、そうであると期待せずにはいられなかった。


しかしその一方で、自分がスヴェンにとって特別であるなんてことを信じるのは自意識過剰な気もしたし、おこがましいとも思った。イヴェットの慎重な性格が、彼女にうぬぼれることを許さなかった。


イヴェットが一人甘酸っぱい葛藤に身悶えている間に、少し考え込んだシルヴィは首を振った。


「スヴェン王子には稽古をつけてほしいけれど、姉上に頼んでもらうのはちょっと違う気がする。それは何だか卑怯だと思うわ」


シルヴィはどこか不満そうに、しかしまっすぐにニコラスを見据え、そう答えた。


「お前は変なところで厳格だな」


苦笑するニコラスに、シルヴィは力なく肩を落とした。


「不器用だって言いたいんでしょ?」


シルヴィは口を尖らせた。


自分でも馬鹿だと思う。たかだか姉の婚約者に剣を教えてほしいと頼むだけのことなのだから、姉に甘えても罰は当たらないだろう。だが、ニコラスに勝ったら、という前提条件を一度もうけてしまった以上、それを無視することはシルヴィにはどうしても抵抗があった。筋が通っていないと思ってしまうのだ。


ああ……、これじゃあ私も兄上に融通がきかないなんて言えないわ……。


そう思いつつも、ニコラスに


「ラザールにそっくりだ」


と指摘されると、シルヴィは反射的に


「似てないわよっ!!」


と返した。


ラザールのほうも


「俺とシルヴィのどこが似てるっていうんだ!? 俺はもっと常識人だ!」


と反論したため、アリーヌがぷっと噴き出し、彼女は慌てて


「ごめんなさい」


と詫びた。


謝りながらも、彼女は笑いをこらえることでぴくぴくと痙攣する腹部を押さえ、すぐに我慢できなくなって声を上げて笑い出した。


ニコラスが続けて笑い、イヴェットまでが控えめにくすっと笑いをもらしたので、最終的にはラザールとシルヴィもつられて笑ってしまった。


一人の笑いが他の全員の笑いを呼び、ガゼボ中が笑いに包まれた。


一番激しく笑っていたのはアリーヌで、彼女は最後には笑いすぎて咳き込むほどだった。


「ああっ、もうっ、明日絶対にお腹が筋肉痛になっちゃうわ! ラザールとシルヴィのせいよっ」


「ええっ!? 私のせい?」


「……俺が悪いのか?」


シルヴィとラザールは責任を認めることを渋ったが、再びよく似た反応を示した兄妹にアリーヌはますます腹を抱えて笑った。


笑いながら、アリーヌは最高に愉快な気分だった。気が置けない間柄の人たちと何気ないことで笑うことができる、そんな単純な時間が嬉しかった。


楽しそうに笑うアリーヌを見ていると、ラザールも自然と笑みを誘われた。彼女の笑顔も笑い声も本当に楽しそうだったから、それを目にしたラザールの気持ちまでが自然と押し上げられた。


やっぱりアリーヌがいると、場がにぎやかになるな。


自分の婚約者が、どこか冷たく、いつもつんつんしていて何を考えているか分からないような典型的なティティスの貴族令嬢でなくてよかった。そんなことを思って、ラザールは安堵した。


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