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きっと一生縁がないもの  作者: 冗長フルスロットル
第二章 恋人たちの10月
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イヴェットがぼんやりと思考にふけっている間に、シルヴィに小さな異変が起きた。ニコラスが涼しい顔をしたままなのとは対照的に、シルヴィの息が上がり、彼女は額から頬へとすべり落ちる汗を何度も拭った。


対戦相手のニコラスももちろんシルヴィのそんな様子に気づき、


「シルヴィ、そろそろ休憩するか?」


と声をかけた。


しかしシルヴィは


「まだよ、まだ!」


と答えながら剣を振り上げた。


そのまましばらく稽古を続けた二人だったが、とうとうシルヴィの体力が尽きた。


シルヴィは剣を地面に立てかけ、崩れるようにひざ立ちになり、剣に体重をかけながら肩を大きく上下させて呼吸を繰り返した。


「シルヴィ、大丈夫か?」


ニコラスはゆっくりと、しかし大股でシルヴィに近付き、疲労困憊の彼女の体を支えようと上半身を屈めて


「ほら」


と手を差し出した。


全く疲れた様子ではないニコラスと体力を使い果たしてしまった自分との差が悔しくて、シルヴィは意地を張ってしまう。


「だい……じょう……ぶ……」


息も絶え絶えになりながら、シルヴィは差し出されたニコラスの手を拒否するように押して払いのけた。ところが、その時に体の均衡を崩し、剣と一緒にそのまま地面に倒れ込んでしまった。


ガゼボの中から見ていたイヴェットとアリーヌも心配になり、思わず立ち上がった。


視界の端で妹と婚約者の姿が動いたのを認めたラザールも読書を中断し、無意識のうちにしおりを挟んで本を閉じると、妹と婚約者にならうように立ち上がった。


うつ伏せの状態だったシルヴィは何とか力を振り絞って体を反転させ、仰向けになった。今度は肩だけでなく胸や腹までも上下させながらぜいぜいと呼吸した。


シルヴィは地面に寝転んだまま空を見つめた。ガゼボの影にいるせいで眩しくも暑くもなかった。


体を思いきり動かすことができたおかげでよく晴れた秋の空と同じようなすがすがしい気持ちになりながらも、シルヴィは今日もニコラスに勝てなかったことを悔しく思った。二つの気持ちは拮抗していたが、僅差で前者が勝利したため、彼女はくすっと笑みをもらした。


「シルヴィ、大丈夫か?」


ニコラスはシルヴィの頭の方向から立ったまま恋人を見下ろした。


苦笑しているニコラスの顔を見て、シルヴィの中で急に彼を打ち負かすことができなかった悔しさが勢力を拡大した。


「大丈夫よっ!」


シルヴィはつんっと顔を澄まして上半身を起こした。するとすぐにニコラスが身を屈め、地面に片ひざをついてシルヴィの背中を支えた。


自分はかわいくない態度を取ってしまうのに、ニコラスは怒ることも不機嫌になることもせず、自分を助けてくれる。


それに気づいたシルヴィは、心の中で降参した。


…………かなわないわ、ニコラスには。


かなわないのは剣の腕だけではない。人間の器の大きさもだ。


ニコラスの優しさを本当はちゃんと分かっているから、シルヴィはそんな人が自分の恋人でいてくれてありがたいと心の中で彼に感謝するのだけれど、彼に素直にそう伝えるのはどうしても恥ずかしくて、何だかとてももどかしい気持ちになる。


ニコラスは立ち上がると同時にシルヴィの腕を引っ張り上げた。彼の力を借りてシルヴィも立ち上がった。


勢いがあまったのか、足元がふらついたのか、シルヴィはニコラスの胸に飛び込むような姿勢で彼にもたれかかった。


しっかりと彼に抱き留められたシルヴィは自問する。


私ってば、わざとニコラスに抱きついたのかしら……?


自分はこんなふうに抱き留めてほしくて、故意によろけたふりをしてしまったのだろうか。


けれど彼に支えてもらうことを期待していたのは確かだったから、シルヴィは否定することができなかった。だってシルヴィは知っているのだ、彼が絶対に自分を受け止めてくれることを。


ニコラスって、太陽みたい……。


自らもニコラスの胴体に両腕を回し、彼にぎゅっと抱きつきながら、シルヴィは子供の時に読んだ北風と太陽の寓話を思い出す。


初めて会った時や仲良くなる前は、シルヴィは彼のことを北風のようだと思った。


だが、想いが通じ合った後は、彼はいつだって太陽のようだった。シルヴィを頭ごなしに否定したり、シルヴィにあれこれ指図したりしなかった。


シルヴィ自身は北風の方法しか知らなかった。彼女はいつだって彼女にああしろこうしろと言ってくるうるさい周囲の人間と戦わなければならなかった。自分を守るために、そして彼女の生き方をよしとしないティティス帝国の社会に抵抗するために、常に肩を張って生きてきたのだ。


シルヴィにとって、彼女自身も、そして彼女の敵も北風だった。だから敵に負けないようにするために、シルヴィは頑なさを増し、より攻撃的になった。


しかしニコラスの太陽のような方法で受け止められた時、シルヴィは今まで経験したことがないような穏やかな気持ちになった。彼がそばにいてくれることで、シルヴィは圧倒的な安定感や安心感を得たのだ。


「疲れただろう? 少し休憩しよう」


「……うん」


まだやれるわよ、と反射的に返したくなったものの(本当は体はもうへとへとなのだが)、実際にそうしなかったのは、ニコラスの太陽のような態度によるところが大きい。


シルヴィが小さくうなずくと、ニコラスは恋人の体をぎゅっと抱きしめてから彼女の頭にぽんと手をのせ、微笑した。


「シルヴィ、大丈夫?」


「疲れたのではないの? お茶か何か、用意しましょうか?」


アリーヌとイヴェットがよろよろと歩き出したシルヴィに向かってそう声をかけた。


「大丈夫。姉上、のどが渇いたわ」


「では、お茶の用意をするわね」


「うん、お願い」


イヴェットはお茶の用意をするためにシルヴィに背を向けて屋敷の方向へ歩き始めたが、アリーヌがシルヴィを優しく迎えてくれた。


「お疲れ様。すっごくかっこよかったわよ、シルヴィ」


「ありがと」


椅子に腰を下ろしたシルヴィの隣に、アリーヌも座った。


ニコラスはラザールの隣に座った。


「疲れた……」


椅子の背もたれに体重を預けた状態でシルヴィは呟いた。


そんな本音を口にできるようになったのも、ニコラスのおかげだ。以前のシルヴィなら、周囲の人間に自分の弱さをさらけ出すように思えて、とてもこんなふうに自分の本音を素直に表現することなどできなかった。


でも、そんな自分も嫌いではなかった。以前のシルヴィは肩を張って生きていたけれど、今は胸を張って生きている気がする。


シルヴィにそんな変化をもたらしてくれたのは、やはり間違いなくニコラスだ。


ニコラスへの感謝の気持ちをまっすぐ彼にぶつけることができればいいのだが、それはやっぱり恥ずかしかった。しかし彼に抱きつきたくて、彼に抱きしめてほしくて、シルヴィの体がむずむずした。シルヴィは人肌恋しくなって、素直にニコラスに甘える代わりに隣に座っているアリーヌにもたれかかった。


「きゃっ」


アリーヌはシルヴィの突然の行動に短い悲鳴を上げたが、


「シルヴィ? 急にどうしたの?」


とくすくす笑ったから、シルヴィは嬉しくなってアリーヌにぎゅっと抱きついた。


「何でもなーい」


シルヴィもアリーヌの笑みに誘われて、えへへと笑った。まるで酒を飲んで酔った時のように何だかとても幸せな気分だった。


アリーヌはじゃれついてくるシルヴィをかわいいと思わずにはいられなかった。彼女の7歳の姪セシールも、少し前まではこんなふうにアリーヌにすり寄ってきたのに、最近はすっかりおませさんになってしまってかわいさが半減し、憎らしさが倍増していたところだった。


昔の姪の愛らしい様子を思い出しながら、アリーヌもシルヴィの体をぎゅっと抱きしめ返した。


若い娘が仲良くしている光景というのは、いがみ合っている光景よりは比べようもないほどに平和だ。ラザールは小さな子供のようにアリーヌにもたれかかる妹に驚きつつも、ニコラスは婚約者が楽しそうにしているのを見て彼のほうも幸せな気分になりながら、口を挟まずにアリーヌとシルヴィが笑い合うのを見守った。


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