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きっと一生縁がないもの  作者: 冗長フルスロットル
第二章 恋人たちの10月
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「アリーヌ、久しぶり……。その……、本当なら俺がフォルニートに行く予定だったのに、アリーヌにローゲまで出てきてもらってすまないと思っている」


ラザールはまっすぐにアリーヌを見つめた。


目のやり場が他にないから、仕方なく自分を見ているのだろう。


そんなことを思うと、アリーヌの胸がつきんと痛んだ。


だが、アリーヌは以前姉に言われた『そんなのあんたの考え方一つでしょ?』という言葉を思い出し、必死に自分を鼓舞した。


私の考え方一つなんだから、ラザールの気持ちはどうであれ、私を見てくれたことをまず喜ばなきゃ……!!


残りものの自分を見てくれたことをありがたがるなんてやはり虚しさはあったが、そんな自分の気持ちから必死に目をそらし、アリーヌは口角を一生懸命持ち上げた。


「ううん、いいの。ローゲは大好きな街だから……。それより、怪我の具合はどうなの?」


「体を動かすとまだ少しだけ痛むけど、もうほとんど治ったよ」


「そう、それはよかった」


ラザールはアリーヌと会話しながら、ひそかにびくびくしていた。友人たちや妹たちがいる前でいつものようにアリーヌに頬にキスをするように言われたらと想像すると、考えただけで顔から火が出そうだ。


親友たちのほうが恋人としての熱のこもったキスを妹たちとしているのだから、挨拶代わりのキスなんて取るに足らないものだとも思うのだが、それさえも恥ずかしいと思ってしまうのはもう性分なので、ラザールにもどうしようもなかった。


ところが、ラザールにとっては幸運なことに、今日のアリーヌは彼に頬へのキスを頼まなかった。


二人の未来の義妹とその婚約者たちの情熱的なくちづけを目撃してしまったからこそ、アリーヌとしても気が引けたのだ。自分から催促した挙句、嫌々、しぶしぶ、仕方なく、頬に一瞬だけキスをされるのは、きっと惨めになるだけだ。


だからアリーヌは努めて明るい声色を作り、ラザールに


「ラザール、あなたのお友達を紹介して下さらないの?」


と話しかけた。


「ああ、そうだな。彼がスコル王国の王子ニコラスで……」


ラザールがニコラスがいる方向に手を向けると、シルヴィと寄り添っていたニコラスは何かの合図をするようにシルヴィの肩に自分の手をぽんとのせてから、単身アリーヌの前まで進み出て、彼女の右手を取った。


「はじめまして」


そう言って彼はアリーヌの手の甲にくちづけた。もちろん挨拶としての行為だ。


「はじめまして、アリーヌと申します」


ニコラスはアリーヌと一瞬しっかりと目を合わせ、微笑み、そしてそっと彼女の手を離してシルヴィのところまで戻った。


次にラザールはアリーヌの後ろ方向に掌をかざした。


「彼がアンテのスヴェン王子だ」


アリーヌは体を反転させた。そこには彼女が想像していたとおり、ぴったりと寄り添うスヴェンとイヴェットの姿があった。イヴェットは恥ずかしそうに顔を伏せていたが、耳の先まで赤く染まっているのがアリーヌにも見えた。


アリーヌはニコラスと会うのはこれが初めてだったが、スヴェンのことは以前何かの機会に見かけたことがあった。


遠目でも彼の美男子ぶりに思わず感心してしまったのだが、こうして近い距離で改めて見ても、やはり彼には人の目を引きつけずにはいられない魅力があった。


そんなスヴェンは、右手でアリーヌの手をすくい上げて少し身を屈め、そこにくちびるを押し当てる間も、左腕をしっかりとイヴェットの腰に巻きつけたままだった。


そこからスヴェンのイヴェットに対する情熱を読み取ったアリーヌは、実はイヴェットが過去にひどくつらい目に遭わなければならなかったことなど知るよしもないから、素直にイヴェットを祝福し、同時に羨んだ。


いいわねぇ、イヴェットは。こんなにかっこいいスヴェン王子にこんなに愛されて……。


それに引き換え、私は……。


やっぱり私は、イヴェットとかシルヴィみたいにこんなふうにきらきらした熱い関係とは全く縁がないのね……。


落ち込みかけたアリーヌだったが、再び『そんなのあんたの考え方一つ』という姉の言葉を思い出し、必死に気持ちを立て直そうとした。


ちょうどそこへガタガタという音が聞こえてきた。この中庭のガゼボの屋根の下にいる六人の中でそれに最初に気づいたラザールが後ろを振り返った。


アリーヌもラザールの視線を追った。侍女がワゴンを押してこちらに向かってくるのが見えた。先ほどイヴェットが頼んだ新しいカップを持ってきたのだろう。


ラザールは再び前を向き、険しい表情で二人の妹を順に見た。自分たちしかいないならともかく、使用人の目の前で大公女らしからぬ振る舞いをしては彼らに示しがつかない。だからラザールは妹たちに婚約者から少し離れるよう、目で合図した。


彼は本当は自分の妹たちに体を寄せている二人の親友たちにも注意を促したかったが、さすがにそれははばかられた。彼らはラザールの家族でも使用人でもなく自分と対等な友人であり、同時に他国の王族でもあったから、彼ら相手にそうすることはできなかったのだ。


それに、婚約者同士であっても人前で抱き合ったりキスをしたりしないというのはティティスの文化であり、彼らの祖国ではどうもそうではないらしい。ここはティティス帝国であるので、ラザールには彼らにもティティスのやり方に従ってほしいという気持ちはあったが、しかし異国人である彼らに自分たちの国の文化を押しつけるのは気が引けた。


イヴェットはすぐに兄から向けられた鋭い視線の意味を察し、慌ててスヴェンの腕から逃げ出した。だが、ただ単に距離を取るだけだとスヴェンが気を悪くするかもしれない。それを恐れたので、侍女が運んでくるワゴンを迎えるというのを離れる理由にするために、イヴェットは何だか力が入らない体に鞭打って、ふらふらしながら前に進み出た。


シルヴィにはラザールの眼光は何の威力も発揮しなかったようだ。隣り合って立っているニコラスとシルヴィは全く同じ方向、つまりこちらに近付いてくる侍女を見ていた。ニコラスは腕をシルヴィの背中に回し、シルヴィはニコラスに寄りかかっている。


もう少し離れろっ!! 離れてくれっ!! 頼むから……!!


ラザールは心の中でそう叫んだが、残念ながらそれがニコラスとシルヴィに届くことはなかった。


急に頭痛がした気がして、ラザールは思わず手を額にやった。


「ありがとう」


ガゼボに到着した侍女に対しイヴェットが礼を言った声でラザールは我に返り、彼は体を反転させた。


「何かあったら呼ぶから、下がるように」


ラザールが侍女にそう声をかけたところ、侍女は一つお辞儀をして踵を返し、屋敷へと戻っていった。


「イヴェット、お茶を淹れてくれ」


「はい」


イヴェットは運ばれてきたポットに茶葉を入れ、お湯を注いだ。茶葉を蒸らしている間に先ほど自分たちが使ったカップを片付けたり、新しいカップをワゴンからテーブルの上に移動させたりした。


アリーヌはイヴェットの手際のよさに思わず見とれてしまい、我に返って


「何かお手伝いできることはあるかしら?」


と声をかける頃にはイヴェットはほとんどの作業を終えた頃だった。


「大丈夫です、お義姉様」


「アリーヌ、座ろう」


ラザールがアリーヌの背中をそっと押して、アリーヌに座るよう促した。


ラザールの言葉を合図にしたように、スヴェンもニコラスとシルヴィもテーブルと椅子のほうに移動した。


薄桜色の大理石でできた正方形のテーブルを囲むように、一辺あたり二脚、合計八脚の椅子が置かれているのだが、アリーヌは自分が先ほどまで使っていた椅子に腰かけた。その横にラザールが腰を下ろす。


アリーヌとラザール二人の真正面にあたる反対側のテーブルの上にはカップやポットが並んでおり、椅子の背もたれの後ろを塞ぐようにワゴンがあったので、シルヴィとニコラスは当然この辺を選ぶことはなかった。イヴェットが立っていないほうの辺に二人は並んで腰を下ろした。


スヴェンはシルヴィが座った椅子の近くにいたのだが、一番近くの椅子はすでに塞がってしまったし、彼の婚約者は彼が立っている位置から一番遠くにいたため、スヴェンはアリーヌとラザールの後ろを通り、残りの席に座った。


スヴェンにしてみればそうするしかなかったし、イヴェットとてそれが分かっているのだが、それでも彼が自分のほうに一歩ずつ近付くのに比例するようにイヴェットの胸がどきどきと高鳴った。


イヴェットがスヴェンと婚約したばかりの時、いくら彼女ががんばっても、スヴェンは彼女が彼に近付こうとするのを許してくれなかった。そんな過去があるからこそ、今彼との物理的距離がだんだんと縮まっていくのがイヴェットには何だか信じられないような、泣きたくなるほど嬉しいような、それでいて戸惑いのせいで後ずさりしたいような、いろいろな感情がぐちゃぐちゃに絡まり合ったような不思議な気持ちだった。


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