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翌年の帝国暦342年の9月ももう終わろうとしている日に、アリーヌのもとにラザールの妹イヴェットからの手紙が届いた。
女官からその手紙を受け取った時、アリーヌは思わず首を傾げた。婚約者の妹であるイヴェットから手紙が来るのはそう変なことではないし、アリーヌは彼女と手紙やカードのやりとりをしていたことももちろんあるが、一年前に彼女が体調を崩して以来、アリーヌは遠慮してイヴェットに手紙やカードを送ることをしなかった。彼女のほうから自分に送られる手紙も途絶えていた。
イヴェット、元気になったのかしら?
ラザールに会うたびに、アリーヌは彼にイヴェットの体調について尋ねた。徐々によくなってきているよ、と毎回ラザールは答えたが、彼はそれ以上のことは何も言わなかった。
だが、イヴェットは今回こうして自分に手紙を送ってくれたのだから、一年前に病気を理由に婚約披露のパーティーを中止した時よりは確実に回復したのだろう。
アリーヌは将来の義妹の回復を喜び、
「イヴェット、よかったわね」
と呟きながら手紙を開封した。
イヴェットからの手紙に目を通したアリーヌは、そんなに深刻ではないけれど、という前置きがあったにもかかわらず、ラザールが怪我をしたという報告を読んだ時に、
「ええっ!?」
と思わず仰天してしまった。
その後の部分でも、怪我の程度はたいしたことがないことと本人も元気にしていることが繰り返し書かれていたので、アリーヌは動揺で動きが速くなった胸を押さえて自分を落ち着かせた。
そして本題として、ラザールは試験後の休暇にフォルニートにいるアリーヌを訪ねる約束をしていたのだが、もし可能ならアリーヌがローゲに上京できないか、イヴェットはアリーヌに尋ねた。イヴェットも兄の様子を見るためにちょうどローゲに出てきたところだし、この後シルヴィも合流するということだった。
私もローゲに行きたいっ!!
アリーヌはそう思った。
ラザールの怪我の具合が実際どんなものなのかアリーヌには当然分からないが、怪我をした彼にフォルニートまで来てもらうよりは自分がローゲに行くほうがいいだろうと判断したからだ。
また、最近イヴェットにもシルヴィにも会っていなかったから、久々に彼女たちに会いたいという気持ちもあった。
アリーヌはイヴェットからの手紙を握りしめて父の姿を探した。ローゲ行きを相談するためである。
アリーヌはまず父の私室を訪ねたが、あいにく空振りだった。次に彼女が向かった先は父の執務室だった。そこに彼はいた。
二箇所目で父をつかまえたアリーヌは父に事情を説明し、ローゲに行きたいという自分の希望を伝えた。
「何!? ラザールが怪我!? それは心配だな。ああ、ああ、行ってくるといい」
ミリアムは二つ返事で娘のローゲ行きを許可したので、アリーヌはほっと胸を撫で下ろした。父が許可しなくてもアリーヌは何としてでもローゲに行く気満々だったが、やはり反対されたところを逆らってローゲに行くよりは、ちゃんと許可を得た上で行くほうがアリーヌとしても気が楽だ。
彼女は自分の部屋に戻り、まずイヴェットにローゲに向かう旨を書いた手紙を書いてから、それを早馬でローゲのナルフィ家別邸へと届けさせた。
そして次に、旅の準備に取りかかることにした。いつもローゲに行く時に使う大きなかばんを女官に用意させている間に、アリーヌはクローゼットを全開にし、ローゲへ持っていくものを選別していった。
女官の手を借りて荷造りをしながら、アリーヌの心は終始ざわついていた。
いくらたいしたことはないと聞いても、やはりラザールの怪我が心配だった。ちょうど今時分は彼は学校の試験のはずだ。そちらのほうも大丈夫だろうか。
ラザールのことを考えて不安に襲われたアリーヌの心臓はどくどくと速く激しく打ち続けている。
しかしアリーヌの鼓動が速くなった原因は、ラザールを案じたからだけではなかった。
彼のことを心配せずにはいられなかったが、突然のローゲ行きにどきどきしてしまったのも事実だった。
彼女が今いるフォルニート城および城下街は、フォルニート大公国領最大の都市だが、それでも華やかさやにぎやかさは帝都ローゲの比ではない。流行の最先端のものが手に入るし、都の貴婦人や令嬢たちはアリーヌが思わず嫉妬を覚えてしまうほどに誰もが洗練されていて見ているだけで勉強になるし、観劇や夜会など刺激的な遊び場所もあるし、ローゲという街はその中にいて空気を吸うだけで自分も都会人の仲間入りをしたような気にさせてくれる、アリーヌにとっては非日常の場所だったのだ。
ラザールだけでなくイヴェットとシルヴィにも会えることももちろん嬉しかった。
アリーヌは婚約者を心配する気持ちと思いがけずローゲに行くことになった興奮を携えて、翌日フォルニートを出発した。