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きっと一生縁がないもの  作者: 冗長フルスロットル
第一章 きっと一生縁がないもの
13/77

13

姉たちと話した後、アリーヌは徐々にだったが冷静になった。


そんな彼女の目の前に、一枚の白い紙がある。アリーヌはラザールに宛てて謝罪の手紙を書こうとしているのだ。


実際のところ、アリーヌの気は進まない。怒りはずいぶんと鳴りを潜めたけれど、何度考えても、彼と会うことを拒否した自分よりも寝てしまった彼のほうが悪いとアリーヌはどうしても思ってしまうのだ、もちろん彼と会うことを拒んだ自分だって少しは悪かったけれど。


以前のアリーヌだったら意地を張り続けて自分から手紙を書くことは絶対にしなかっただろうが、姉たちの言葉がじわじわと効いてきたから、ラザールが自分に呆れたり怒ったりすることだけはどうしても避けたかった彼女は、背に腹は代えられないと自分のほうから彼に謝ろうと思ったのだ。


私ってば、大きな進歩だわ。これが大人の対応ってものなのよね、きっと。


自画自賛しながらペンを手に取り、『ラザールへ』と書いた時、アリーヌ付きの女官が彼女に一通の手紙を届けた。


それはラザールからのものだった。


アリーヌは慌てて封を破り、手紙を広げた。


彼の手紙は、彼が無事にナルフィ城に着いたという報告から始まっていた。


そしてその次には、アリーヌに対する謝罪の言葉が綴られていた。


最近慌ただしい日々が続いていたせいで本当に疲れてしまっていたから、アリーヌと会った日につい眠ってしまったけれど、アリーヌが怒るのも当然だと思っているし、本当に失礼なことをしてしまったと申し訳なく思っている。


彼は手紙の中でそう書いていた。


彼からの手紙は簡潔な短いものだったけれど、そのぶん内容は凝縮されていた。アリーヌが一番欲しかったもの、つまり彼からの謝罪がしっかりと記されていたし、彼のほうから自分に謝ってくれた。だからアリーヌは満足だった。


彼が先に行動を起こしてくれたからなのだろうか、彼が帰ってしまって以来、アリーヌは初めて、私も悪かったわ、と心の底から素直に思うことができた。ようやく冷静になったからこそ、今までは自分の立ち位置からしか物事を考えることができなかったのだが、アリーヌは自分を彼の立場に置き換えて考えてみようという気になった。


ラザールにとっての大切な妹イヴェットが病気になり、そのせいで予定されていた彼女とアンテ王国のスヴェン王子の婚約披露パーティーが中止になってしまった。


アリーヌは実はそれほど自分の兄弟に愛着を持っているわけではないので、代わりに大好きな母が公の行事の直前に倒れてしまったと仮定しよう。


その直後に婚約者と会う予定があったら、どうだろう。婚約者と会えるのはもちろん嬉しいけれど、それでもやっぱり母のことが心配になってしまうだろう。


「…………………………………」


一人きりだったアリーヌは、椅子に座った状態で行儀悪くひざを抱えた。


改めて考えると、彼が妹を心配するあまり心乱れている状態であるにもかかわらず、わざわざ自分に会うためにここフォルニートまで来てくれたことのありがたさが身に沁みた。自分だったら二日かけて婚約者に会いにいく気力がそもそもあるだろうか。


アリーヌへの謝罪の手紙の中で、ラザールは疲れていたと書いていた。フォルニートまで来る旅の疲れだけではなく、妹を案じる心労だってあっただろう。イヴェットのことを心配して、彼は夜あまり眠ることができないなんて状況だったかもしれない。


今となっては、ラザールが自分との面会中に眠ってしまったことはむしろ自然なことのようにアリーヌには思えた。


それなのに、あの時のアリーヌは感情的になってしまった。自分が軽んじられているように思えて腹が立った。自分は彼と会えることを楽しみにしていたのに、彼のほうはそうではなかったのではないかと思って悔しかった。まるで自分に興味がないと言われたような気分になって悲しかった。アリーヌは傷ついた。もうそれだけしか頭になかった。


彼女は急に恥ずかしくなった。今になってやっと、辛辣すぎるとことごとくはねのけていた姉たちの言葉がアリーヌの頭の奥で再生された。


少し前までは、彼が九割悪くて自分はせいぜい一割程度しか悪くない、とアリーヌは思っていた。


けれど今は、私も半分は悪かった……かも……、とアリーヌは思い始めた。意地を張って彼と顔を合わせないようにしたのは確かに大人げなかった。


アリーヌはラザールからの手紙を手に取って、もう一度読んだ。


読み終わると、アリーヌは自分に謝罪の手紙を送ってくれたラザールを尊敬した。


ラザールったら、やっぱり人間ができてるわ……!


今のアリーヌは、父や姉たちがラザールを褒める時に用いる表現に心底納得できた。


ちょっと物足りないところはあるけれど、でも彼は、人として大切なことはちゃんと兼ね備えている人だ。


自分が結婚する相手が彼のような人で、本当によかった。


改めてそう思い、アリーヌは何だか温かい気持ちになった。


自分のこの気持ちをラザールに知ってほしい、とアリーヌは思った。彼に伝えたいと思った。


アリーヌはラザールからの手紙をわきに置き、まだ彼の名前しか書いていない白い紙に向き直った。


自分の非を認めるのはちょっぴり恥ずかしくて何だか気まずかったけれど、アリーヌは自分が子供じみた行動を取ってしまったことを詫びた。ラザールを思いやることができなかった自分の行動を後悔しているという気持ちも正直に書いた。


それを送ると、彼から再び手紙が届いた。あの一件のことは触れられていなかった。以前と同じ、彼の日常生活や彼の家族について書かれた手紙だった。


アリーヌもいつもと同じ調子で返事を書いた。


ラザールの新学期が始まったことが関係しているのだろうか、二人の手紙のやり取りはいつもと同じ頻度になった。彼のほうからアリーヌに手紙が届くのは月に二、三回で、アリーヌが、学校生活で忙しいのは分かるけれどもう少し頻繁に手紙を書いてくれたら嬉しいのに! と思う頻度だ。


彼と直接会う頻度も、高くはならなかったが、低くもならなかった。以前と変わらず、アリーヌがローゲの彼を訪ねたり、彼がフォルニートのアリーヌを訪ねてきたりした。


会うたびに、アリーヌは今までと同様に自分の片方の頬を突き出し、ラザールにそこにキスをするよう催促した。彼は半分後ずさりながら、ものすごく照れくさそうに一瞬だけアリーヌの頬に彼のくちびるを押し当てる。甘い雰囲気なんて全く漂わない、ぎこちない挨拶のキスだ。


二人の関係は親密になることもなく、かといって遠ざかることもなく、今までと同じ距離を保ち続けていた。そしてそれは二人の結婚式の日取りが正式に決まった後も同じだった。


アリーヌは以前と全く同じ願望を抱き続けてはいたが、その勢いが弱まったのも事実だった。


きっと、これでいいのよね……?


アリーヌはそう自問した。


相変わらずときめきなんてこれっぽっちも見当たらない自分たちの関係だけれど、きっとこれが自分たちのあるべき形なのだろう。


ああ、ときめきなんてやっぱり私には縁のないものなのね……。


諦めたくはなかったが、だからといって空からときめきがいきなり降ってくるわけでもなく、アリーヌは心の中でひそかにときめきを求め続けながらも、その思いに蓋をするしかなかった。


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