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きっと一生縁がないもの  作者: 冗長フルスロットル
第一章 きっと一生縁がないもの
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12

そんなものなのかしら、と考え込んだアリーヌに、ナデージュは


「あんた、ジョルジュとラザールなら、どっちがいいわけ?」


と訊いた。


そんなことは考えるまでもなかった。


「そんなの、ラザールに決まってるじゃない!! ラザールのほうが誠実だし、信頼できるし、頼りがいがあるし……」


アリーヌの回答の途中でナデージュが


「ラザールは誠実で信頼できて頼りがいがあるからこそ、花言葉なんて知らないのよ! 分かる!?」


と口を挟んだ。


ところが、アリーヌにとっては姉の理論は飛躍しすぎていた。


「ええーっ!? そんなの嫌~! ラザールの性格はそのままで、でも花言葉のこともちゃんと勉強してほしいの!」


アリーヌの本音を聞いたナデージュは諦めたように目を伏せ、こめかみを押さえた。


二人の兄たちはアリーヌの言葉を聞いて、馬鹿にするようにふっと鼻で笑った。


「アリーヌ、あんたねぇ……。あんたももう22でしょう!? 一体いつまで夢見る夢子さんでいるつもりなの!?」


「夢見る夢子さんのどこがいけないのよっ!?」


アリーヌは本気でそう思っていた。どうしてラザールは誠実であると同時に花言葉のことを知っていてはいけないのだろう。この二つはそんなにも両立しない要素なのだろうか。今までどおり真面目でありながら、自分のために花言葉を勉強して、そして自分に彼の気持ちを込めた花束を贈ってくれたら、最高ではないか。


それを望むことを、どうして『夢見る夢子さん』だなんて批判されなければならないのだろう。自分には夢を見る権利もないのだろうか。


だが、残念ながら、姉たちの態度はアリーヌに夢を見る資格がないと言わんばかりのものだった。


「あんたにあってラザールにない唯一のものは年の功だと思ってたけど、あんたの精神がそんなに幼いんじゃ、年上であることも武器にはならないわね」


「ラザールは19とは思えないほど大人だしな」


「僕よりも絶対落ち着いてるよなぁ」


年齢のことを言及され、アリーヌはいよいよがくがくぶるぶると震えた。


男性優位社会のティティスでは、年上の男性と年下の女性という組み合わせが好まれる。もちろん熟女と若いつばめという組み合わせも存在するが、どちらかといえば人々の好奇や嘲笑の対象となる。アリーヌが思うに、多くの男性が年下の女性を好むのは、未熟な年若い女性相手になら男性が思う存分威張ったり大きい顔をしたりすることができるからだろう。


アリーヌとラザールは、彼女のほうが彼よりも三つ年上だった。ラザールはアリーヌに対し、そのことについて不満そうにしたり文句を言ったりしたことはないけれど、一般的ではない組み合わせに該当してしまうから、アリーヌとしてはどんなに気にしないように努めても、どうしても気にしてしまうのだ。


年齢差はどうやったって、どんなに努力したって、絶対に埋めることができない。アリーヌの心がもどかしさだけで占められ、彼女は下くちびるをかんでやるせない涙をこらえた。


アリーヌは泣かないようにするのに必死で、くちびるをかんでもいたから、言葉を発することができなかった。


その間に姉たちが


「花言葉だの何だの、そんな子供じみたことばかり言ってないで、自分の幼さを恥じなさい」


だの


「お前、このままだと本当にラザールに愛想尽かされるぞ?」


だの


「アリーヌ、気をつけたほうがいいよ。あの慈悲深いラザールに捨てられたら、お前、ラザールも匙を投げた女ってことで、ティティス中の笑い者になってもおかしくないんだから。嫁ぎ先を失ったからって、ずっとこの城にいるのはやめてくれよ? 代替わりして僕が大公になってもお前がまだ独身だったら、この城から出ていってもらうからね」


だの、好き勝手なことばかり言ってくれる。


結局、ラザールへの怒りを発散させて気持ちを落ち着かせたかったアリーヌの心は晴れないまま、ナデージュは母に預けている二人の子供たちのところへ、リシャールは仕事へ、ニルスは妻と住む城下にある自宅へとそれぞれ戻っていったため、フォルニート兄弟の午後のお茶会はこれでお開きとなった。


アリーヌはできればもう一度母に泣きつきたかったが、母の部屋には天敵のナデージュがいる。姉とは顔を合わせたくなかったから、アリーヌは仕方なく自分の部屋に戻った。


姉たちにいろいろ言われる前に少しだけ泣いて感情を昇華させたから気持ちがほんの少しだけ軽くなったような、しかし姉たちにいろいろ言われてむしろもやもやした気持ちが増えたような、とにかくすっきりしない気持ちだった。


自室で一人きりになったアリーヌは椅子に腰を下ろし、腕を組んで姉たちとの会話を思い出した。


自分は幼すぎると彼らは言った。


そうなのかもしれないが、アリーヌにとってはこんな自分が普通であり、今までこの調子でやってきたので、やはり素直にそうは思えなかった。


アリーヌとしては、これでも譲歩しているつもりだ。自分が姉たちに告げた花言葉の件はほんの一例で、アリーヌは本当はもっとたくさんの満たされない気持ちを抱えている。


本当は、ラザールにもっと情熱的になってほしい。


もっと頻繁に自分に手紙を書いてほしいし、その中でこちらが思わずうっとりするような詩的な表現を使ってほしい。


実際に会った時にはきつく抱きしめてほしいし、婚約者の挨拶以上のキスをしてほしい。


アリーヌだって、さすがにこれは望みすぎだということは分かっている。だからラザール本人にはもちろん、他の誰にも、心許した母にさえ、自分の本音を打ち明けたことはない。


けれど、これらのうちの一つでいいから、ラザールに改善してほしかった。そうしたらアリーヌはきっと天にも昇る気持ちになれるだろうに。


こんなふうに貪欲にラザールにあれこれしてほしいと願ってしまうのは、自分たちの関係が政略結婚によるものだからなのかもしれない。


情熱によって結びついた関係ではないから、ラザールは情熱的に振る舞ってはくれないし、手紙の中で詩的な表現を用いることもないし、挨拶のキス以上のことをしてくれないのだろう。


でも、だからこそ、アリーヌはラザールに変わってほしいのだ。恋愛から始まった関係ではないからこそ、できれば自分がちゃんと彼に好かれていることを、そして少なくとも彼に嫌われてはいないということを確認したいから、安心したいから、だから彼に自分への愛情表現をしてほしいと願わずにはいられないのだ。


それに、縁あって結婚する人なのだからこそ、アリーヌはもっともっと彼を好きになりたいし、もっともっと彼を愛したい。そしてできることなら、彼に対してときめいてみたいし、彼と一緒にいる時にもっとどきどきしたい。


そう望むのは、そんなにいけないことなのだろうか。


一度でいいからときめいてみたいと思うのは、望みすぎなのだろうか。


姉たちの言動から判断すると、そういうことになるらしい。


アリーヌは姉たちの言葉に納得したわけでも、姉たちの言葉が腑に落ちたわけでもない。


だからどうしても諦めることはできなかったけれど、しかしどうやら諦めなければならないようだということもしぶしぶながら察した。


ああ……、ときめきなんて、私にはきっと一生縁がないものなのね……。


そう認めるのはアリーヌにとっては簡単ではなかったが、姉たちに脅されたように、ラザールが自分へ抱く印象が悪くなったり、彼に嫌われてしまったりしたら、もっとつらい。


ときめきとラザールを天秤にかけ、後者のほうが重かったから、アリーヌはときめきは自分には縁のないものなのだと一生懸命自身に言い聞かせ、自分の本当の願望を封印しようと努めた。


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