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きっと一生縁がないもの  作者: 冗長フルスロットル
第一章 きっと一生縁がないもの
11/77

11

ナデージュは馬鹿らしくなって、意識を弟たちから妹へと戻した。


「で、アリーヌ、あんたのことだけど」


突然矛先を向けられたアリーヌはびくっとした。


「あんた、そんな態度を取ってラザールに愛想を尽かされても、後悔しないわけ? まぁ、後悔してもしなくても、あんたの人生なんだから、覚悟ができてるなら止めないけど」


姉に真正面から睨むように見据えられて、アリーヌは本能的な恐怖を覚え、顔をうつむかせつつも、必死に反論しようとした。


「ラザールは人間ができてるから、私に愛想を尽かしたりなんてしないもの!」


ナデージュは目をさらにすうっと細めた。


「あらそう。じゃあ、その上に胡坐をかいてなさいよ。その時に後悔したって遅いんだからね」


「…………………………」


姉の冷たい言葉がアリーヌの心のみぞおちに食い込んだ。


「ラザールが私に愛想を尽かす日なんて来るのかしら……?」


そんな日、来ないわよ……!!


そうよ、そうよね?


だって、皆ラザールのことを褒めるじゃない?


そんな彼が私を見捨てるなんてこと、あるはずがないわ……!!


アリーヌは一生懸命自らを鼓舞した。


けれどナデージュはやはり少しも手加減してくれない。


「人の気持ちが離れるのなんて、一瞬よ、一瞬」


同じく姉に打ちのめされたニルスとリシャールまでも、どこか投げやりに


「もうとっくに愛想を尽かされてるんじゃないか?」


「それが今回だったんじゃない?」


と口を挟んできた。


「…………………………」


誰も自分の疑念を否定してくれなかったから、アリーヌは急に不安になった。


「どっ……どうしよう………」


今まで抱えきれないほどに湧いていたアリーヌの怒りは、一瞬で恐怖に変化した。


アリーヌはぽろぽろと涙を流した。


母メガーヌならこんな時、アリーヌを抱きしめて慰めてくれるだろうが、三人の兄弟たちは彼女の母親ではないので、彼らがアリーヌを優しく包み込むことはなかった。


それどころか、三人とも普段から末娘に甘い母親と甘ったれた妹を問題視していたため、彼らは泣いているアリーヌに冷ややかな目を向けた。


「もっと大人になりなさいよ。だいたいねぇ、ラザールが寝てしまったことだって、どうして悪くとらえるの? あんたの前で安心したから気がゆるんでついつい寝てしまったという可能性だってあるじゃないの」


アリーヌはそんなふうに考えたことがなかったので、目から鱗が落ちたような気分だった。驚きと感動で、アリーヌの涙が一瞬止まった。


「本当にそうかもしれないし、本当はそうじゃないかもしれない。でも、そんなのあんたの考え方一つでしょ? 相手が居眠りしただのしてないだの、そんなちっぽけなことで一喜一憂してないで、大きく構えてなさいよ!!」


ナデージュはアリーヌの返事など待たないまま、今度は二人の弟たちに向き直った。


「リシャール、ニルス、あんたたちならどうなの? 寝たくらいで大騒ぎする女と、笑って許してくれる女と、どっちがいいと思うの?」


「そりゃ当然後者でしょう」


「俺も俺も」


リシャールとニルスがそう即答した。


ナデージュは再びアリーヌを真正面から見つめ、


「ほら、現実をよく見なさい! 自分の気持ちばかりに意識を向けてないで、自分が相手にどう思われるかもちゃんと考えなさいよ!?」


とぴしゃりと言った。


姉の言葉の半分は腑に落ちたが、アリーヌの中にはどうしてもわだかまりが残っていた。彼女はやはり、自分ばかりが責められて、ラザールばかりが同情を得ることが納得できなかったのだ。


アリーヌはごしごしと涙を拭い、一つ息をしてから両方の手で作った拳を振り上げた。


「皆そうやってラザールばっかり褒めるけど、ラザールだって悪いところがあるんだから!」


ナデージュは腕を組み、


「どんなところ?」


とアリーヌに訊いた。単純にアリーヌに話の続きを促すというよりは、そんなものがあるのなら聞いてやるから言ってみなさいよ、と言わんばかりの挑発的な口調だったから、アリーヌはむっとした。


だが、この常人離れした姉と対決するためには、感情的になっている場合ではない。


アリーヌはこほんと一つ咳払いをして自分を落ち着かせた。


「例えば……。いつも花を贈ってくれるんだけど……」


ナデージュは拍子抜けしたように両肩の力を抜いた。


「いいことじゃないの」


「だけど、ひどいのよ!? この前なんて、くれたのが白いチューリップの花束だったんだから!!」


アリーヌの言葉に、ナデージュは思いきり眉をひそめた。


「……………」


妹が言いたいことを理解できなかったのはナデージュだけではなかった。ニルスとリシャールも首を傾げた。


「それの何がいけないんだ?」


「白が嫌だったのかい? それとも、チューリップが嫌だったの? くれないよりはくれたほうがいいじゃないか」


アリーヌはこれが形勢逆転のためのとっておきの切り札だと思っていた。ところが、自分が切り札だと信じていたものは、実はそうではなかったのかもしれない。


アリーヌは急に心細くなりながらも、自分を鼓舞するために叫ぶような大声を出した。


「だって!! 白いチューリップの花言葉は『失われた愛』なのよ!?」


アリーヌの切り札は不発に終わった。彼女の目の前の姉たち三人は完全に冷めきった遠い目をして呆れたようにはあっと大きな息を吐き出した。


「花言葉って……」


「んなもん、ラザールに限らず、知るかっつーの!」


「僕も知らなかった……」


姉たちの反応を信じられない気持ちで見つめながら、アリーヌは


「大事なことじゃない!?」


と同意を求めたが、彼女が期待した反応は姉たちからは返ってこなかった。


「花言葉なんてねぇ、そんなの知ってる男のほうが少数派でしょ。私たちの知っている人間でそんなこと気にするような男は……」


ナデージュは宙を仰いだ。


「ハティ家のジョルジュくらいじゃない?」


ハティ家のジョルジュ。彼の顔を思い出すと同時に、アリーヌは顔をしかめて後ずさった。


「ジョルジュ……!! あんな女たらしのチャラ男!!」


彼はティティス四大公家のうちの一つハティ家の次男坊だった。神学校に在籍する身でありながら、自分を律するどころか自分の欲望にとことん忠実に生きる彼のティティスの貴族社会での評価は、真っ二つに割れていた。人間味溢れる魅力的な青年だ、と好意的に笑ってすます人たちもいたが、いずれハティ教の聖職者になる身なのにふさわしくない、と眉をひそめる人たちもいた。


ナデージュはジョルジュに対してこれといった興味がそもそもなかったが、同性のリシャールとニルスは女性の扱いに長けたジョルジュへの羨望もあり、どちらかといえば前者の評価を彼に下していた。


しかしアリーヌは神学生でありながら次々と浮名を流すジョルジュをどうしても生理的に受け入れることができなかったので、彼女のジョルジュ評は後者だった。


分かってないわね、とため息をついてから、


「女たらしのチャラ男だから花言葉なんて知ってるのよ、女を落とすためにね」


とナデージュは肩をすくめた。


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