もう武器屋に売ってくれ!
メルカリで30円だった。
送料込みで30円だった。
出品者が赤字でも売りたかった商品、それが『憧れの異世界に行けるチケット2枚セット』だった。
こんなの買う奴いるのか? そう思った瞬間には、小学校からの親友のゴローが、ポチっていた。
マジか⁉
俺たちもう、38歳だぞ。
「30円っていうのが、いいよな。昔のビックリマンチョコの値段と一緒じゃん。なあ、ホッシーもそう思うだろう」
ゴローは上機嫌で、コーラをゴクゴクと飲む。
ファストフード店でおっさん2人が、スマホゲームをしていた。
なぜ真昼間から、おっさん2人がスマホゲームをしていたのかは、聞かないでほしい。
まだ、真昼間からビールを飲んでいたほうがマシな気もする。
とにかく、ファストフード店でスマホゲームをしていて、気分転換にゴローがメルカリを見ていたら、『憧れの異世界に行けるチケット2枚セット』が出品されていたのだ。
「俺、1枚だったら、買ってなかったな」
ゴローは俺を連れて行く気でいる。
たった30円、いや1人15円で異世界に行けるわけがない…、と思っていたら、ゴローの家に届いたチケットを触った途端だった。
まるでアニメで見たように空間が歪み、気が付いた時には異世界で俺は銅の剣になっていた!
その現実を受け入れるまでに3日間かかった。
なぜ銅の剣なんだ! まだ馬にでも転生していたほうがマシじゃないか!
これでは、楽しみにしていたせっかくの異世界料理を食べることもできない。
そして、親友のゴローは勇者になっていた。
俺を使ってモンスターを倒し、着実にレベルアップしていた。
銅の剣の俺が活躍できたのは3日間だけだった。
そう、なぜ銅の剣に転生していたのか、落ち込みまくっていた3日間だ。
その3日間で俺の武器としての役目は終わってしまったのである。
モンスターを倒して、お金を貯めたゴローは、鉄の剣を購入した。
「もう、お前に用はない」
そう言って、俺を捨ててくれるようなクズヤローだったらよかったのだが、ゴローは異世界に転生しても、自分を見失かわなかった。
理由はわからないが、銅の剣となった俺もゴローとだけは会話ができた。
ある日、モンスターから村人の若い女を助けようとした時、ゴローはがけっぷちに俺をうっかり落としてしまった。
「キャー、助けてー‼」
モンスターが村人の娘を連れ去ろうとする。
俺は俺で、今にも崖に落ちそうになっていた。
ゴローは躊躇せずに、銅の剣となった俺を助けに来た。
そして、その間に村人の娘が連れ去られてしまった。
そんなことが何度かあり、俺は『勇者のお荷物』と呼ばれるようになった。
「心配するな。俺はお前の味方だ」
ゴローは優しい。
「それが困るんだよ! さっさと俺を武器屋に売ってくれよ! そうしたら、名もない戦士の役に立てるし、お前に迷惑かけることもないだろ!」
「ホッシー、親友を売るなんてこと、できるわけないだろ。言いたい奴には言わせておけばいい。お前は最高の銅の剣なんだ」
最高の銅の剣ってなんだ? 勇者が最初に仕方なく使って、すぐに売られる。それが銅の剣の運命だ。最高も最低もない。
ゴローは絶対に俺を売ろうとはしなかった。
そして、寝るときは枕元に置いていた。
だから、モテモテの勇者様となったゴローが、あんなことやこんなことをするのを、間近で見せつけられるハメになった。
ああ! こんなことばっかりしているから、まだ最初の村から出ていないんだぞ!
確かに、ゴローは慎重派でレベルを十分に上げてからでないと、次に進まないタイプのゲーマーだったが、明らかにこの辺のモンスターには楽勝で勝てるようになっていた。
まったく、この村にいる美女を全員抱いてからでないと次に進まない気なのか!
「飽きた」
ゴローが、宿を訪れた村の女のパンツを脱がそうとしたときに、突然そう言いだした。
抱かれるつもりでいた村の女は、目を点にしていた。
ゴローは村の女から体を離して、鎧を身にまとい始める。
「ちょ、ちょっと、何なのよ!」
村の女が同様する。
「だから、飽きたって」
「飽きたって、どういうことよ!」
「うーん、つまり、やりすぎた。しばらくいいや」
バシッ! 村の女はゴローをビンタすると、ギネス記録を更新する速さで、マントを身に着ける。
うんうん、殴られて当然だ。飽きただと⁉ ふざけやがって…。
クーッ、俺も一度でいいから、飽きるくらい女を抱いてみたいぞー! ゴローのことが羨ましくてたまらない。
「これが、あなたが大切にしているっていうボロ刀ね」
と言って村人の女は俺を手に取って、宿の部屋から出て行く!
ボロ刀とは失礼な奴だな。まだまだモンスターを切れるんだぞ。
「おい! その剣にはだけは手を出すな!」
ゴローが慌てて追いかけてくる。
なかなかの足の速さだ。村の女はゴローを振り切って、森の中へと入りこむ。
「飽きたですって…。この私が覚悟を決めたというのに、飽きたですって⁉ 絶対に許せませんわ。大切にしているこのボロ刀を…」
とブツブツ言いながら森を彷徨い歩き、やがて洞窟を見つけると、
「ここでいいわね。さすがに、勇者だって、ここに隠したら見つけられないわ。アーハハハハッ、アーハハハッ!」
村人の女がちょっと怖いくらい、勝ち誇った笑い声を上げていると、ドドドドドッと地響きが鳴り、洞窟が立ち上がった。
いや、正確にはゴーレムが立ち上がった。洞窟に見えていたのは、ゴーレムの鼻の穴だった。
危なかった。もう少しで、ゴーレムの鼻の穴の中に捨てれれるところだった。
異世界に転生して、銅の剣になっただけでも最悪だったのに、ゴーレムの鼻の穴に捨てられるなんてあまりにも酷い話だ。
と、安心している場合ではない。
「誰だ、俺様の眠りを邪魔するのは。もう少しで、洞窟と勘違いして鼻に入ってきた人間を、おいしく食べる夢を見ていたっていうのに! 絶対に許さないぞ!」
このゴーレム、正確ではないが予知夢を見れるようだ。
「よし、お前たちを俺の仲間にする」
いつの間にか、追いついていたゴローがそう言った。
「はあ、あなた何言っているの?」
村の女が俺を使って、ゴローに切りかかる。
「無理だ。その剣で俺は切れないよ」
ゴローの鋼の鎧が、銅の剣の俺をしっかりガードする。
ゴローは防具から、ランクアップさせていくタイプだ。
それにしても、今のセリフ俺に対して酷くないか?
「さあ、お姫様、世界を救いに行きましょう」
お姫様だって?
「この村に勇者がいると聞いて、たった一人で遠い都から訪れてきた勇敢なお姫様」
「どうしてあなたがそれを…」
「それは、お姫様のパンツにこれでもかと王家の紋章が刻印されていたからです」
「しまった、私としたことが…」
「そして、お姫様、あなたの正体は人気絶頂の中、突然公の場から姿を消した美人すぎる陸上選手『ユキティ』ですね」
俺は二次元とアイドルグループしか詳しくないが、ユキティの名前は聞いたことがある。確か、ゴローの親父さんが大ファンだったはずだ。
「えっ、それじゃ、あなたも転生したの?」
おいおい、その手に持っている俺も一緒だぞ。
ドーンッ!
ゴーレムが思い切り大地を叩いた!
「俺様も、ユキティの大ファンだったんだ! さっきはゴメンよキャラ的に、人間を怖がらせるのが仕事だからさ」
おいおい、このゴーレムも転生してきたのか?
「俺様の名前はスカイ。パーティに入ってやるよ」
おいおい、思いっきりキラキラネームじゃねーか! 絶対に年下だろ! 偉そうにしやがって! ぶった切ってやるぞ!
「よし、パーティ結成だ! こういうおもしろい奴らを待っていたんだよな、やっぱ俺って天才だわ」
嘘つけ、飽きるくらい女を抱きまくっていただけだろうが!
「でも、どうしてこんなボロ刀を大切にしているの?」
お姫様に転生したユキティが聞く。
「親友なんだ。名前はホッシー。俺と一緒に転生して、銅の剣になったんだよ」
ユキティと、ゴーレムに転生したスカイの慰みの視線が突き刺さって痛い。
「俺様、ゴーレムでよかった」
だろうよ! 銅の剣より、ゴーレムのほうがよっぽどマシだろうよ!
ゴローの奴、ユキティだけならまだしも、生意気なゴーレムまでパーティに入れやがって。
まったく、この先どんな冒険が待ち構えているのやら。
はっきり言って、不安しかねえぞ!!!!!!!!