カルーアミルクを一杯どうぞ。
「今日はごちそうさまでした。今日もすごい楽しかったです!!じゃあおやすみなさい。」
私はまだ大学生で20歳になったばかりの子供だけど、きっと恋愛をすることによってみんな少しずつ大人になっていくものなのだと思う。
彼は7歳も年上の大人の男の人だから、正直彼の会話に登場する難しい言葉なんかにはついていけない時もあるけど、そこでまた一つ新しい言葉を覚えられる。
だから同世代の子の間なんかじゃ私はとても大人な女性振ったり出来る。
それが私にとっての小さな優越感みたいなものになっているのだ。
「貴弘って呼んでよ。憂愛ちゃん。」
「そんな〜呼べないよ〜!!」
まだ付き合い始めて1ヶ月だからか、一緒に居てもドキドキが抑えられないでいる。
きっと私だけだろうけど。
実のところ、付き合っているのかどうかさえ疑問だ。
友達同士の会話の中には一応彼氏として登場させているけれど、はっきりと胸を張って私が彼女だと言える自信がない。
だけど一緒に居るとそれだけでのぼせてしまっているせいか、いつも聞きそびれてしまうわけなのだ。
が、そろそろはっきりさせないといけない事件が起こってしまったのだ。
いつものように食事デートをして彼の行きつけのバーへ行った。
実は彼とこうしてお酒を飲むのは初めてのことだった。
いつも彼はたいてい車だからだ。
「憂愛ちゃん何飲む?」
「私あんまり飲めなくて…だから甘いやつがいいかも。」
彼は笑い方がうまい。
彼に優しく微笑まれたら、きっとどんな女の子も一発で落ちてしまうだろう。
私ももちろんその一人だ。
「そっかぁ。じゃあカルーアミルクなんてどう?甘くて美味しいと思うよ。たぶん憂愛ちゃんでも飲めるはず。」
「カルーア…ミルク?」
「うん。コーヒーリキュールっていうのをミルクで割った甘いカクテル。アルコール度数も低いから心配ないよ。」
だからきっと、彼が口にしたらどんな言葉だって信じてしまう。
それが例え彼のシナリオ通りに動いていたとしてもだ。
彼のシナリオ通りに私はカルーアミルクを美味しく味わった。
「本当に甘〜い。コーヒー牛乳みたいだね。あっという間に飲んじゃった♪」
「いいね〜乗ってきたね〜憂愛ちゃん。じゃあもう一杯いっちゃう?」
次に出てきたのはカルーア・ベリーミルクだ。
「可愛い〜これも美味しい〜!!貴弘さんも飲む?」
「あ〜俺はいいや。甘いの苦手だし。」
この時私は何を思ったのかこんな言葉を口にしていた。
「じゃあ私ももうちょっと甘くなくて強いお酒にする!!」
何だかこの甘いカルーアミルクが急にお子ちゃまの飲み物みたいな気になって恥ずかしくなったのだ。
「いや、それはやめといた方が良い。無理はしちゃダメ〜。」
「でも私も貴弘さんと同じのが飲めるようになりたい…」
大人な彼に少しでも釣り合いたかった。
そんな子供な私に彼は優しく微笑んでこう口にした。
「じゃあさ、同じカルーアミルクなんだけどもうちょっと強いやつにしてみる?」
もうすでにこの時の私は、だいぶ深く酔っていたはずだ。
「お待たせ致しました。カルーア・アレキサンダーになります。」
だからそのカルーア・アレキサンダーとかいう甘いカクテルの入ったグラスに一口分くちづけした後のことは何にも覚えていない。
朝になっていつもの習慣で携帯電話に手を伸ばして初めて事態を飲み込んだ。
ママやパパからの着信に、同じクラスの友達からの今日休み?っていう受信メール。
「ここ…どこ?」
キョトンとしていると備え付けの電話が鳴り響いた。
「チェックアウトのお時間になりますが…」
チェックアウト…?
ホテル…?
貴弘さんはどこだろう…
ベッドから起き上がると同時に、テーブルの上からひらひらと一枚の置き手紙が足元へと落ちてきた。
そのメモ用紙には大人っぽい字でさらっとこんな風にあった。
【おはよう。憂愛ちゃん。俺は仕事があるので先に行きます。お金のことは心配しなくていいよ。そのまま着替えて出て行って大丈夫だからね。それじゃあまた電話します。貴弘より。】
その日以来、彼からの連絡は来ない。
よくよく考えてみれば、私は彼の名字すら知らない。
どこに住んでいるとか、どんな仕事をしているのかさえも。
デートだって、いつも向こうから突然だった。
だから今度もまた何事もなかったかのように連絡が来るのかもしれない。
やっぱり私はまだまだジュースで十分のお子ちゃまだ。
後で知った。
カルーアミルクが女の子を落とすための甘い武器だってこと。