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#18


 さあやるぞ。仕事だ。南直行。仕事なら、やらなければならない。どんな状況であっても、何とかしなければならない。自分が食っていくためには。でも、どうしよう? 霊感も除霊道具すら無いというのに、何をどうしたら良いんだ? いやいや、今まで培った経験というものがあるだろう。出やすい場所。時間。対処法。一般人とは違う。塩。塩は、デパートで天然塩を探してみよう。きっと、気休め程度だろうけど……そう、気休めにはなるはずだ。でも、適当に撒いて終わりで良いのか? 一応付近を聞き込み調査してみよう。高橋さんに、事情に通じている人を紹介してもらった方が良いかもしれない。いや、依頼主の知り合いに、「どこかで霊を見ませんでした?」なんて聞けない……。信用に関わる。どうしたらいいだろう。ああ……霊感が欲しい……。


 南は温泉から上がり、私服に着替えた。こんなに良い思いをして、「ダメでした」で帰るのは忍びない。忍びない、で済めば良いけど。

 この、一つの大きな失敗で、十個の大きな仕事と九十個の小さな仕事を失うかもしれないぞ。ダメだったとしても、それなりに頑張った証を提示しなければならないんだ。

 南は朝食を食べた。文句の付けようが無い完璧な和食だったが、じっくり味わえる気分ではなかった。

 町を歩いた。海が近い。仲居さんに、歩いて一時間程の駅前に大きなデパートがあることを聞いていたので、開店時間になったら向かおうと決めた。駅前まで歩く気にはならなかった。昨日散々歩いたから。バス停の場所を教えてもらった。

 時間が来てバス停に向かい、時刻表を見た。

 バスは一時間に一本程度。

 待っている間、近くの和菓子屋で饅頭を買った。甘ったるい饅頭。自販機でペットボトルの緑茶を買った。

 あと何分だろう。まだ二十分以上ある。

 ベビーカーを押した母親が通る。しっかりとした体型の母親で、ユニクロのダウンコートにニット帽姿。ベビーカーが小さく見える。

 結婚……。

 前の彼女にふられたのは、もう五年も前の話だ。原因は些細なことだった。彼女の家で心霊ドキュメントのスペシャル番組を見ようとしたら、彼女は動物ものの番組が見たいと言い出したのだ。動物なんて下らない。大きい、小さい、愚か、種別に変わった癖があるっていう人間との差異だけで動物を見世物にしている番組なんて、一体何が面白いんだ? そんなことを言うと彼女はブチ切れて、「あんたが好きな幽霊ってのは、無念のために化けて出た死人をやたらに取り上げて怖いだなんだってキャーキャー言う趣味の悪いものでしょうが! あんたの先祖かもしれないよ? 先祖の恩人かもしれないよ? その幽霊。そんな人たちの霊を見世物にするのは良いんかい!」

 そんな風に怒鳴られると、感情がショートして、彼女の前で南は泣いてしまった。


「でも……。録画すればいいじゃないか」

「ビックリ人間のスペシャルを録画するから」


 テレビは見世物ばかりだ。

 そして南は泣き顔を笑われ、挙句にふられた。ふられて、泣いた。

 しかし、心霊関係の研究は怠らなかった。女より、動物より、ビックリ人間よりも幽霊だ。その繊細で、神秘で、掴みどころの無い存在には人生を賭けるだけの何かがあった。何の話だっけ? 時計を見ると、もうバスが来てもおかしくない時間になっていた。


 あ、バスが来た。

 乗り込んで、ガタガタ揺られた。年季の入ったバスだ。さらば温泉。仕事道具を仕入れて戻ってきます。

 幾つ目の駅だったかは分からない。最近、地元ではバス停が乱立しているが、この田舎町でもあまり変わらないようだ。

 それで、幾つ目の駅だったか、女の子が乗ってきた。それまでは自分以外誰も乗っていなかった。悠々としていたのに、なんだか、少しだけ緊張した。意味のない緊張だった。少しは普段から人に接しないといけないな。南は思った。

 女の子は一番後ろに座り、独り言をぶつぶつと呟いていた。なるほど。制服で、学校にも行かず、もしくは抜け出してふらふらしているような子だ。独り言も垂れ流すってものだろう。

 気になって、というよりも耳に入ってくるので独り言を聞いていると、呟くに止まらず、うんうんと相槌まで打ち出したので怖くなった。

 かわいらしいのに、残念なことだ……。

 と言っても、乗車してくるときにチラッと見ただけだから可愛いのかどうかは分からないけど。でも、ここ最近は、若いってだけである程度はかわいらしいと思うようになった。自分も歳を取ったってことだろうか。年を取ると、子供に対する感情が極端になる。極端に愛するか、極端に憎むか。厭な感情だ。愚かな物への愛情と、従順ならざる者への憎しみ。若者と年長者。互いに、相手の方が劣っていると思っている。人生とは忙しいものだ。女の子は相変わらずぶつぶつと呟き、時折うんうん頷いている。恐ろしい。

 窓から外を見た。面白くもない街並みが延々と続いている。民家や工場やファーストフードチェーン店やコンビニや空き地や小さな畑や斎場や保育園や宗教施設や選挙事務所。すべて無意味なものに思えた。


「あの……」


 声をかけられ、南は振り向いた。

 声をかけてきたのは当然、女の子だった。総毛立った。


「あの……」

「はい……」

「お金貸してください」


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