傷愴
事情聴取といった所か、僕は真面目に質問に回答した。聞かれた事と言えば、「事件の現状」とか「凶器について」とか。でも、一つ気になる質問があった。
「君の家族について教えてくれないかな?」
「家族、、、ですか」
僕は戸惑った。事件とは何の関係の無い質問を、突然受けたからだ。まぁ、黙秘する理由もないし、僕は普通に答えた。
「今は、お母さんしか居ません。僕がまだ小さい時に離婚したので、父親の事は殆ど覚えていません」
「そうか、、、大変だね。寂しくは無いのかい?」
「父親と一緒に居た記憶が全然無いんで、正直、寂しいとかそういう感情はありません」
刑事の人は笑顔で僕と話していた。僕が子供だから、そういう態度を取っているのだろうか。大人はよく、子供に対し阿諛追従を心掛ける。子供の機嫌を取って、穏やかな態度にさせようと、様子を窺う。でも、そんな事簡単に分かってしまう。そういう所は、僕にとっても、大人にとっても、可愛くない性格だ。
恍け顔をしている僕に対し、刑事は顔色を変えた。何やら僕を忖度している様であった。僕を疑っている?それとも蔑んでいるのか?そんな詮索をしていると、ふと飛んでもない事を言って来た。
「君は犯人かい?」
「、、、は?」
「まぁ、驚くのも無理はない。飽く迄、私の考えだからね。でも不思議なんだ。どうも引っ掛かるんだよ」
「、、、何がですか?」
すると、煽るかの様に、言い寄って来た。
「君の顔だよ。どうも子供の顔とは思えない。君は脳内で様々な事を複数に考察している様に見える。だから私を、君が常に猜疑している様に見えるんだ。違うかい?」
畳み掛ける様に羅列を繰り返し、炯眼で射て来た。
「言っている意味が分かりません。そもそも、何の根拠があって言ってるんですか?」
「ふむ、、、強いて言うなら、刑事の勘ってやつかな?」
そう言うと、刑事の人は滑稽そうに笑った。
「そんな事で犯人扱いされては困りますよ。笑えません」
「でも、君の喋り方はまるで大人の様だよ。君の言い分といい、喋り方といい、齟齬が多いようだね」
刑事の勘、というか僕に鎌をかけていた様だ。
「大人を、というか刑事を舐めてもらっては困るね。これでも20年やってるからね。経歴は伊達じゃないよ」
妙に説得力があるな。まぁ、こいつの推理は概ね当たりだし、刑事は否めないな。でも、僕は犯人じゃない。確かに僕が戻ってからまた死者が出たけれど、それは僕を狙っているという「脅し」と捉えるべきだ。
「よし、今日はこれぐらいにしようか。質問はまた今度」
また来なくちゃならないのか。まぁ、一度で事情聴取が終了するなんて、期待していなかったけど。
家に帰るとお母さんが料理を作って、僕を温かく迎えてくれた。その日も唐揚げだった。
翌日、ニュースや新聞ではうちの学校の事件の事で引っ張りだこだった。新聞には事件現場の写真が大きく掲載されていて、事件の詳細が詳らかに説明してあった。当然僕は学校に行く事は無く、というか学校は捜査中なので、教師は疎か関係者は誰も入ることは出来なくなっていた。
最初の凶器は「包丁」、次は「千枚通し」。どちらも只の凶器だった。人間を殺すには十分な殺人道具であった。犯人が捕まらないのは、指紋がない事と、靴を履いていなかった事。そして、短時間で複数人を殺害した事。事件の経緯を説明、推測できる者は、誰一人いなかった。現時点では、殺害した方法しか解釈されていなかった。この事件を解決する方法が見つからないと言っても過言ではなかった。
リビングでテレビを見ていると、警察の人が来た。何しに来たのかを聞くと、「質問の続きだよ」だそうだ。面倒だ。連日で呼ぶのなら、昨日済ませて欲しかった。渋々(しぶしぶ)だが、断れる訳も無く車に乗せられた。
「やぁやぁ、昨日ぶりだね」
にっこりとした刑事さんが迎えてきた。僕は態と不愛想な顔をした。すると刑事さんは重ねる様に高らかに笑った。
「はっはっは。膠もしゃしゃりも無いねぇ。まぁそんな顔を顰めないで。すぐ終わるからさ」
質問部屋に誘導され、椅子に座ると、即座に空気が変わった。昨日とは違う、威圧感があった。
「君に、もう一度問おう。君は犯人か?」
「、、、呆れました。昨日言ったじゃないですか。僕は犯人じゃありません。証拠も無いのにまた僕を疑っているんですか?」
すると、刑事さんは目線を送り、別の人が二つの袋のような物を持ってきた。片方の袋を目睫にぶら下げられた。中身は紛れもなく、あの時の凶器であった。
「この包丁は、君も見たよね?これには指紋は全く付いてないんだ。でもこっちにはさ、付いてたんだよ」
すると、刑事さんは血の付いた千枚通しの袋を持ち上げた。
「そうですか、じゃあ犯人が分かるんじゃないですか?それとも、僕が犯人だと言いたいんですか?」
「いや、違うよ。君じゃない」
「じゃあ誰ですか!勿体振らないで教えて下さいよ!」
怒気を含んだ声で発した。するととんでもない返答が来た。
「君のお母さんだ」
一瞬の静寂、僕の頭が付いて行けなかった。
「、、、は?何を言って」
「もう、ほぼ確定している事だ。君を煽ったのは、君が何かを知っているのではないかと思ってね」
僕の返事を阻むように、そう言った。
「話は以上だ。もう帰りなさい」
揺蕩う僕は其方退けで、刑事さんは冷淡に部屋を出て行った。
考えられない。考えたくない。そんな訳がない。お母さんが犯人だなんて、信じたくない。
狼狽え、意識が朦朧とし、壁に凭れた。
十分程して、意識が回復し、車で家まで送られた。
家には、誰もいなかった。
只、独り孤独に佇む。刑事の人に反論して、諍わなかった事に後悔していた。
鑑識は、夙に犯人を炙り出していたのか。どっちにしろ、お母さんはもういない。縋り付く事が出来る人がいなくなり、僕は床に臥すだけだった。時に優しく、時に化け物であったお母さんを、僕は好きだった。僕を養ってくれた事だけで、僕は尊敬していた。
「きっと違う」
そう、犯人はお母さんじゃない。冤罪だ。例え、お母さんがやったとしても、誰かに唆されたに違いない。
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その通り、あいつは冤罪さ。勿論、あいつを庇う訳じゃねぇが、犯人はあいつじゃない。こういう時だけ、俺の勘は働くんだよなぁ。まぁこの時は只、母親が犯人じゃないと信じたくなかった、蔑ろにしたかっただけなんだがな。この時は母親のアリバイとか、世間に犯人だと知れ渡った既成事実を覆す事に慮り過ぎて、結構なストレスだったんだよな。まぁ、どうでもいいけど。
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、、、疲れた。饑い。考えを巡らせ続けて数時間が経った。料理を作ってくれる人がいない。自炊しかないか。ふらふらと蹌踉めく足が、ゲームの充電コードに引っ掛かり、盛大に躓いた。顔面から落下し、強く顔をぶつけた。鼻が痛い。
「痛い、、、痛いよ、、、」
単純に慟哭した。誰も助けてくれない。誰も宥めてくれない。独り、慨嘆するしかなかった。




