異臭
「おーい優ちゃん、何やってんだよー」
「ごめんごめん」
いつもの変わらない日常。皆、僕と仲良くしてくれる。
「優ちゃん、ボール取って来てよ」
「うん!」
「優ちゃんは優しいねー」
皆の為に僕は走る。僕と仲良くしてくれるなら、僕は何だってする。だって、、、
「友達だから」
―――――――――――――
友達?友達なんか最初から居なかったさ。その時の俺は何も気付いてなかった。只、「皆の為に」だとか、「友達だから」とか、そんな希少価値のない「言葉」に囚われて操作されていただけだ。
嗚呼、下らねぇ。全く、こん時の俺をぶん殴ってやりてぇ。まぁ、餓鬼だから仕方ねぇとかなら、まだ分かるんだよ。でもな、当時の俺はそんなもんじゃなかった。
―――――――――――――
「優ちゃん、教科書忘れたの?」
「うん、、、さっき机に置いておいたんだけど、、、」
一時限前の授業が終わった時に予め置いておいた教科書が、忽然と消えていた。
「先生ぇー、優ちゃん教科書また忘れてましたー」
「えっ、、、」
言っちゃうんだ。でも本当の事だし、先生に嘘は吐いちゃいけないし、仕方ないよね。
「優介君、また忘れたの?連絡帳に書いて、寝る前に支度してから寝てねって言ったでしょ?」
「ごめんなさい、、、」
ちゃんと確認したのに、、、。それ以前にさっきまであったのに、、、。
「はーい、皆。優介君みたいに忘れちゃ駄目だよー」
後ろから嗤い声が聞こえる。仕方ない。僕が忘れた事が悪いんだから。例え忘れてなかったとしても、授業が始まる前に準備できてないのも、忘れたのと一緒なんだ。何度も何度も同じ過ちを繰り返す僕は、駄目な子なんだな。
教科書は、掃除中に見つかった。ゴミ箱に塵取りで取ったゴミを捨てようとした時だ。
「あ」
「うわーーそれ、お前の教科書じゃん!汚ねー!!」
僕と同じ掃除班の皆が僕を嗤った。教室に残っていた友達も同じく。
「何でこんなとこに入ってたんだろう」
「お前が自分で入れたんだろ!!」
嗤いながら友達が言う。それを機に皆は大爆笑。先生は居たのだが、こちらに振り向きもしなかった。
――――――――――――
馬鹿みてぇだな、自分の事なのに滑稽でならねぇ。もう苛めでしかねぇじゃねぇか。
本当、嗤いと共に憤りを感じるぜ。何であん時の俺は全く気付かなかったんだ。そんな優しさは「本当の優しさ」とは言えねぇ。回想するだけで吐き気がするぜ。あー気持ち悪ぃ。
――――――――――――
家に帰ると待っているのは、「鬼」。
「お母さん、ただいま」
、、、返事がない。まぁ、あっても変わらないけど。
「あぁ、お母さん」
お母さんはこちらに気付くと、一つ溜息をついて僕を睥睨した。
「さっさと手ぇ洗ってこい。気持ち悪ぃな」
「うん、、、」
そこまで言わなくても、、、。でも、いつも迷惑を掛けてるのは事実だし、何も言える立場じゃない。僕はソファーにランドセルを置いて、洗面所に行った。お母さんはテレビを見ていたようで、どうやら僕にそれを裂かれた事に苛立っていたらしい。僕が水道水の水を出した途端にお母さんの怒号が家中に轟いた。
「おい!!!お前、何だこの教科書は!!!!!」
ゾッとした。背筋に冷たい筋が通った。それは、怒号の影響もあり、教科書がバレた影響もあった。
お母さんは憤怒の顔に満ち、驀地に向かって来た。左手にはお母さんの握定によって表紙が裂けた教科書。右手は強固とした拳だった。
「分からないよ。机の上に置いてたのに、ゴミ箱に入ってたんだ」
「嘘を吐くんじゃねえぇぇよぉ!!!!!」
その無造作に吐かれた罵声と共に左頬を抉られた。勢いよく放たれた拳の威力か、僕は洗面台に背中を強くぶつけた。痛い、というより苦しかった。
「っはぁ、、、はぁ」
お母さんも影響を浴びたのか、息切れをしていた。お母さんの顔には憤怒は消え、疲弊が浮かんでいた。何とか息をしている僕に、お母さんはこう言った。
「あんた、私の気持ち分かってるの?あんたなんかよりも私が傷ついてるのよ?自分の子供を傷つける親が一番苦しいのよ!私も好きでやってる訳じゃないの。私はあんたを一番愛してるんだよ?」
「、、、ほん、、とうに?」
「勿論じゃない。断言できるわ。私があなたを一番愛してるわ」
嗚呼、良かった。僕が悪い子だから僕を正す為に手を出したんだ。それしかお母さんには選択肢は無かったんだ。可哀相。僕の所為だ。それなのに、お母さんは僕を愛してくれる。僕はなんて幸せ者なんだろう。
―――――――――――――
ホンット、お前の頭は何て幸せなんだ。馬鹿を超えて屑だなこりゃ。お前は何も分かっちゃ居なかったんだ。お前はずっと、愛を勘違いしてたんだ。お前と母親の間には些かの昵懇も無かったんだ。なんて哀れなんだ。まぁ、今更憐れむなんて事はしねぇがな。哀れみを超えて辟易するぜ。俺が高校に入ってから気付くまで、俺の日々は正に「残酷」の一つに限るな。勉強もして、仲間という虚偽を切り捨て、俺は、本当の自分を見つけられたんだ。だから、こんな汚ぇ過去から沢山の教訓を学んだ。だから、俺はもう後悔したくねぇ。だから、生きてんだ。
―――――――――――――
翌日、僕はお母さんと楽しく朝を迎え、笑顔で登校した。近所の人にも挨拶して、快く学校に到着した。廊下に居た時は皆の喧騒の声が響いていたが、僕が教室のドアを開けた途端、教室は静謐に包まれた。
「、、、?」
僕は訳が分からなかった。今までにこんな事は一度も無かったからだ。皆僕をじっと見つめる。睥睨というか、それはもう俯瞰の侮蔑だった。
僕はぎこちなく自分の机へと足を運んだ。すると、だんだん見えてきた。
僕の机の上に、一本の包丁が突き刺さっていた。それも大量の血が、包丁どころか机にも塗りたくられていた。
これは悪戯ではない事が瞬時に分かった。とんでもなく臭いのだ。血の香りが教室中に蔓延していた。
「、、、えっ」
僕はその机を凝視するしか無かった。
冗談じゃないこの状況に僕は、足が竦むばかりであった。




