ウサギさんとカメさんとウシさんと
聞いたか、あのうさぎ、カメと競争して負けたらしいぜ
あのノロマなカメに!?あいつはそんなに足が遅いのか?
それがさ、これがまた傑作なんだ。そいつ、勝負がついたと思って油断して昼寝して、そのまま寝過ごしちまったらしい
ははは!何だそのマヌケ!
「はぁ…」
一匹、群れから離れたウサギさんはため息をついていました。
「ようウサギ」
そこに、声をかけてくる影がありました。ついこの前、ウサギさんと競争したカメさんです。
「や…やあカメさ…」
「ふふん…いままでおれのことを偉そうに見下してたけど、これからはそうはいかないからな!」
ウサギさんの声をさえぎるように、カメさんは鼻息を荒くしてまくしたてます。
「か…カメさんのくせに!」
「は!だからもうお前なんかにへりくだる必要なんてないんだよ!」
カメさんとウサギさんはいつも遊んでいました。しかし、かけっこに負けてからカメさんはウサギさんを見下すようになって、会えばケンカをするようになっていました。
「そうだそうだ!」
「昼寝なんかしてかけっこに負けるようなマヌケなウサギがぼくたちのカメさんに気安くするな!」
ウサギさんと勇敢に戦って勝ったカメさんは仲間の亀たちの間ですっかりヒーローとなっていました。いつもカメさんの周りには取り巻きたちが絶えず、ウサギさんはその勢いでケンカに負けて、泣いて帰っていきます。
「べ、別にいいさ。ふん…カメさんたちは怖いんだ。また勝負を挑まれたら負けるのがわかってるからね!」
その声に、誰も怒りはしませんでした。喜びも、悲しみもしませんでした。そう、周りには誰もいなかったからです。
「…今日はもう寝るとしよう」
「やあウサギさん。さがしたよぉ」
びゅーっと風が吹いて、これ以上寒くなる前にそうしようと。横になったその時、のっそりと自分に話しかけてくる影がありました。
「君は…ウシさんか」
「うんー。よかったぁキミをずっと探してたんだぁ」
「何で…だい」
「うんー。ボクとかけっこをしてほしいんだぁ」
「あぁ…そういうことか」
どこからかカメさんとのかけっこの話を聞いたのだろう、とすぐにウサギさんはぴんときました。きっとカメさんのように、自分に勝ってヒーローになりたいのだろうな、と。
「それじゃぁ…またあしたぁ」
のんびりとウシさんはウサギさんに背中を向けて帰っていきました。そのいつまでたっても消えない背中を、ウサギさんはじぃっと後ろから見ていました。
「は、早く寝ないといけないね!明日に備えなきゃ!」
そして翌日。
「やあウサギさん。…どうしたんだい?目の下にクマが出来ているよ」
「だ、大丈夫だよウシさん。さあ!かけっこを始めようじゃないか」
よーいドン!と。かけ声を合わせて、一緒にスタートします。
「どうしたんだウシさん!そんなんじゃあ僕に勝てないよ」
ウサギさんがぴょんぴょんと飛び跳ねるけれど、ウシさんはのそりのそりと歩いています。
「なにをきょろきょろ見ているのさ」
ウシさんはあっちへふらふらこちっちへふらふらして、さらに歩みはおそくなります。もっとも、それでウサギさんとの距離が開くことはありませんでしたが。
「みてごらんウサギさん。今日はとてもいい天気だよ」
「はぁ?」
ウサギさんは口をあんぐりとあけて、あきれ果ててしまいました。そして、怒ります。
「僕との競争の真っ最中なんだぞ!それを君ってやつは…なんだい、もしかしてそんなよそ見ばかりしてても勝てるなんて思っているのかい!」
「えぇ…でも…ほら、今日の原っぱはとっても柔らかくて気持ちいいよ。むしゃむしゃ…うん、味もいいねぇ…」
「もういい!」
「ぁ…ちょっとまってよぉ」
ウシさんは自分の方を見ようとしていないんだ。と何だか悔しくなって、ウサギさんは全速力で飛び跳ねていきます。
そして、あっと言う間にウシさんの姿は見えなくなっていました。
「…はぁ…はぁ…」
ウサギさんは地べたに寝っころがりました。へへへ、これで追いついてこられないだろう、とふふん、と一匹で勝ち誇りました。
「…ぁ…」
そして、自分が一匹ぼっちだということに、ようやく気付きました。
「…こんどこそ…今度こそ、寝ないぞ」
パンパン、と頬を叩きます。
「…ぁ…」
けれど、気合を入れ過ぎて頭がくらくらとして倒れてしまいます。
「そんな…寝ちゃ…ダメ、なのに…」
そしてウサギさんは夢の中に誘われました。
『ウサギさん…待っててくれたの?』
『全くカメさんはのろまだなぁ…ほら、さっさといこう。なんなら掴まっててもいいよ』
ウサギさんとカメさんは、仲良く手を取り合って、一緒にゴールしました。
『ウサギさん…何で待っててくれたの?』
『だって僕はかけっこがしたかったんじゃなくて君と遊びたかったのだもの。君がいなくちゃあつまらないじゃないか』
『ウサギさん…』
『ねえカメさん。よかったら…』
ともだちになってくれないか、とそう告げるつもりだったんだ。とウサギさんは思い出しました。
(これは、夢なんだよね…)
心の中で呟いた途端に、ウサギさんの周りは真っ暗になりました。
そう、ウサギさんは油断をしていたわけではないのです。ただ、カメさんを待とうとして、そして今日の様にワクワクしながら寝るのが遅くなって、そのまま寝てしまったのです。
「は!?しまった…!」
今、自分が何をしていたのか、それを思い出しました。そう、今ウシさんとかけっこをしていて…そして…
(いやだ…いやだいやだいやだ!)
変わってしまったカメさんが頭に浮かんで消えません。だから、早く起きないと…早く!
「は!」
ウサギさんは跳ね起きます。あたりはすっかり真っ暗でした。
「は…ははは…また…」
一匹ぼっちか、と。
「う…うぅ…!」
ぽたぽたと涙を流します。きっとウシさんはもう帰ってしまったのだろうと…そう考えたところで、
「あぁ…!ウサギさん。やっと起きたねぇ」
そんな呑気な声が聞こえてきました。
「う…ウシ…さん…はっ!」
ばっと、涙をゴシゴシ拭ってふふん、と鼻を鳴らします。
「まだゴールしてないなんて全く、君ってやつはカメさんよりノロマだね。全く…」
「大丈夫?ずいぶんとうなされていたみたいだったから…心配だったんだぁ」
ウシさんはあぁよかったと脱力しました。それを聞いて、ウサギさんは気付きました。
「ひょっとして…ずっと僕のことを見ていたの」
「うんー…ずっと待ってたんだよぉウサギさん」
「な、何、で…」
「だって…ウサギさんだって待っててくれたじゃないかぁ」
「な…何言って…」
「分かってるよ。ウサギさんは、優しい子だってね」
だからかけっこをしようと思ったんだぁ…というウシさんの言葉を、ウサギさんは信じられないような心地で聞いていました。
「きっと、キミはこうするんだって思ったから、それを確かめたくてかけっこにさそったんだ。今度はいっしょに、お散歩をしよう」
「ウ…ウシくん…」
そして二匹は一緒にゴールに向かって歩き出します。
「こうしてのんびり歩くのもいいものだよねぇ」
「む…ぴょんぴょん飛び跳ねるのだってそれはとても気持ちいいものなんだよ」
「そっかぁ…ねえ原っぱの寝心地はどうだった?」
「うん…とっても気持ちよかった」
「うにゅ…むしゃむしゃ」
「こら!道草ばっかり食べないで急ごうよ!」
「むぅ…ごめんごめん」
「あ、謝る必要は無いけど…さ」
「ううん…キミがボクのことを待ってくれたみたいに、ボクもキミに早く追い付ければいいなってそんな風にも思うからね」
そして、ゴールに辿り着く。
「ねえウシさん…」
「ねえウサギさん…」
ともだちに、なってください。