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蟲愛でる姫君と蟲の王子  作者: たま
第一章
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雨の訪問者

 南の魔女ルサリィには森の精霊の血が混じっている。それがどのくらいのものなのか赤子の頃に両親に捨てられたルサリィは覚えていない。ハーフなのかクォーターなのか、それはもちろんルサリィを拾ってくれた先代の南の魔女とて答えを持ち合わせていなかった。

 それでも確実に混じっていることは一目で見てとれた。それが森の精霊のみがもちえる特徴である新緑の若葉をすかしてみたような髪の色のためだった。だから先代の南の魔女はルサリィにこう言っていた。おまえはきっとただの人よりも寿命が長い。それがどのくらいかはおまえに流れる精霊の血の量によるけれども、それでも長いことは間違いないだろうね、と。


 はたしてルサリィの寿命は長かった。きちんと数えていたのは先代の魔女が存命だったころまでのこと。それ以降はすっかり数えるのをやめていた。ルサリィとは違う理由でルサリィよりもとてつもなく長い生を持つ西の魔女が言っていたことがある。覚えるのも数えるのもめんどうくさい、と。そうしてその意味はその頃のルサリィにもわかりはじめていた。


 ちょうどそんな時のことだった。

 クレフォレンの皇帝から、ひとつの勅命が下ったのは。



 ――王城に参上せよ。




 ルサリィは内心、まるで十数年前と同じような光景に驚いていた。

 雨の中ルサリィの住む大森林の奥にやってきた騎士と思わしき青年に渡された書面、それにはひとつの勅命が記されていたのだ。曰く、王城に参上せよ。連なる名は第三王子、アレクサンドルのものだった。


 ルサリィは上背のある青年の顔を見あげる。険しい表情をした黒髪の騎士はルサリィの視線を受けて腰に帯びていた剣を鞘ごと引き抜いて掲げて見せた。そこにもクレフォレンの皇印が刻まれている。


「アレクサンドル王子の勅命である。南の魔女ルサリィ殿、すぐさま出立の準備をされよ」


 そう告げる声には苦々しいものが含まれている。加えてルサリィを見る視線は懐疑心に満ちていた。それはそうだろうとルサリィは思う。南の魔女はあの日以来、王子に接触することは許されていない。それは王の勅命であり、絶対事項であるはずだった。

 それを問うと若い騎士はいっそう表情を険しくした。


「……現在王の公務を代行されているのはアレクサンドル殿下である」


 なるほど、とルサリィは首肯した。数年前に侵攻してきた狂王子率いる軍事国家ランバルトとの交戦の末、第一王子は崩御されている。さらに隠されてはいるもののまことしやかに流れている噂の中にはこのようなものがあった。曰く、第二王子、そして王も心と身体に後遺症を残し療病生活を送っておられる、と。


「王国にとって王子の婚姻はひとつの転機となろう。王子は妃選定の儀に、傍仕えであった南の魔女殿の出席も希望されている」


 今度はすぐには首肯できなかった。驚いて若い騎士を見上げると、騎士はさきほどより表情を険しくしている。いや、むしろルサリィを睨みつけているといってもよいほどの視線だった。


「私が?何故」

「何故かと問われても、自分にはわかりかねる」


 黒髪の騎士は吐き捨てるように答えた。それは取りつく島もないほどつっけんどんな物言いだった。

 ルサリィは内心で嘆息する。城内における自身の評判は地に落ちていることは予想していたことだった。しかし予想していたとはいえ、まともな問答さえできないのはおおいに困る。

 仕方なくルサリィは思考をめぐらせることにした。

 今になって王子が自身を呼び寄せる行為。

 そうしてその理由を。


 しかしその行為は長くは続かなかった。思わずルサリィは苦笑する。すぐ、思い当たることがあったのだ。


 幼いころの王子はルサリィにひたすら懐いていた。城内の小屋に隔離されるように療病生活を送っていた子供についていたのはルサリィひとりきり。それは病状がおちつく7歳のころまで続いていた。

 だからだろう、子供はルサリィになんでもよく聞いていた。あれは何だ、これは何だ。こちらの菓子とあちらの菓子ではどちらがよいか、それはいったいどうしてなのか。ではこちらの果物とあちらの果物はどちらがよいのか。

 それはもうしつこく、自身が納得できるまで質問を続ける。ルサリィはそれにできうる限りこたえるようにしていた。


 だから、ああ、また迷っておられるのだなとルサリィは思ったのだった。

 いくら聡明と名高い王子であっても人の子、ましてや頼りになるはずの兄も父も臥せっているのでは心細いこともあるに違いがない。とおい過去の記憶が王子の頭の中にも少しとはいえ残っていて、妃選びの相談役と考えたときに、ふとルサリィの顔が浮かんだのかもしれなかった。


 それならばたかだかひと月、王子の相談役として傍へはせ参じるのも悪くはない。

 そう答えると何故だか黒髪の騎士は目に見えて狼狽した顔をした。


 結局のところルサリィはアレクサンドル王子が可愛かった。愛しい、可愛い子供だった。最後の別れの日、茫然としていやだとつぶやいていた王子の顔が蘇る。見捨てるのか、王子はそう言った。おまえはぼくのものなのに、そういったのに、あれは嘘であったのか。

 か細く震える声に、ルサリィは答えられなかった。いつものように王子の望むがままの答えを口にしたかった。けれどもルサリィにはできなかった。何故ならルサリィは、その日で王子とは二度とお会いすることができなくなるはずだったのだから。


 だから、あのときの償いにはならないかもしれないけれど、それでも。

 可愛い子が困っているときに手を貸すことくらいわけもない、そう思った。


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