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蟲愛でる姫君と蟲の王子  作者: たま
第一章
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逢瀬にも似た

 それからというもの、アレクサンドル王子は毎晩ルサリィの元に訪れた。手土産といって甘い菓子を持ってきてはルサリィに手渡す。綺麗な袋に包まれた砂糖菓子は森の中ではめったに食べられぬ嗜好品であったため嬉しいことは嬉しい。しかしルサリィはひたすら申し訳ない気分でいっぱいであった。何故なら、ルサリィが毎晩していることといえばやってくる王子とひたすら雑談しているだけなのだ。はじめは意中のお相手をどうするかという話なのだが、すぐに話題はそれてしまい王子はルサリィのことばかり聞きたがった。


 魔女のこと。蟲のこと。森のこと。

 好きなものや食べ物のこと。小さなころの王子のこと。


 王子と話すことは楽しい。森の奥でほとんど誰とも会話することもなく暮らしてきたルサリィは、「会話」という行為に飢えていたことに気づいていたたまれない気分になった。

 これに慣れてしまってはいけない。かつて小さな王子と別れて森に戻った時の喪失感と寂しさを思い出した。たったひとり、森の奥で蟲とともに生きていく生活は穏やかそのものだった。けれども小さな王子とふれあい、共にいた時間はとても楽しかったのだ。ルサリィはひとりごとの増えた自分を感じながら、小さな王子との思い出を支えにして毎日を過ごしてきた。

 今回の王子との別れの時にも、あのときの喪失感を味わうことになるのだろう。だから、慣れてしまっては。


「ルサリィは森の生活に満足しておるのか」

「はい」


 アレクサンドル王子に問われた時、ルサリィはするりと嘘をついた。寂しいだなんて、南の魔女は決して口にしてはならないことだからだ。アレクサンドル王子はそうかと言いながらこめかみに2本の指を当てる。その拍子に白銀の髪がさらりと流れた。


「……そういえばおぬしは魔術が使えぬと言っておったが」

「覚えておいでですか」


 それはアレクサンドル王子が小さなころにこっそりと教えていたルサリィの秘密だった。狼狽えたようにする魔女を見ながら、王子は軽く笑う。


「案ずるな。誰にも言っておらぬ」

「あ、ありがとうございます」


 よく勘違いをされるが、南の魔女になる条件は魔法を使えることではなかった。森と蟲の知識を得てそれらを守ること。その一点に尽きていた。

 けれども身を守るためには魔法を使えることにしておいた方が良い。現に西の魔女は魔王殺しの魔女と呼ばれる強大な魔術を使う魔女であるし、北の魔女も東の魔女もそれぞれが独特の高位の魔術を得意としている。そのことから南の魔女であるルサリィも魔術を使えるだろうと暗黙のうちに思われていた。

 その秘密を打ち明けたのは目の前の王子一人きりだけだ。ある日絵本を見ながらルサリィも魔女なら魔法が使えるのだろう、それをみせよと言い出してきかない王子を宥めるためにこっそりと真実を教えたのだった。


「今でも使えぬのか」

「はい……」


 頷くと、王子はこめかみにあてていた指を解き、紅玉と碧の瞳でルサリィの水の色の瞳を覗き込んだ。


「……それではおぬしはただの女だというわけだ」


 ルサリィはどきりとして王子を見つめ返した。言葉としては魔女として生きるルサリィにとっては悲しいものだ。しかしなぜだかその声は侮蔑でもなくからかいでもなく、ひたすら真摯なものとして聞こえたことに困惑した。

 するとアレクサンドル王子は立ち上がり、花瓶に活けられている花の一本を手に取った。そうしておもむろに近づいてくるとルサリィの頬に手を添えた。そうして頬を撫でるように手を滑らせ、顔に落ちかかっている髪を耳にかける。そこに手にした花をやさしく差し込んだ。


 知らず頬に朱がのぼった。肌に触れられることもこんな至近距離で顔をみつめることも、かつての小さな王子には当たり前のようにしていたことだ。それがどうしてこんなにも恥ずかしく感じるのだろう。


「ルサリィ」


 至近距離でささやくように名を呼ばれたが、ルサリィには答えることができなかった。王子の指に触れられた頬が、耳が、燃えるように熱い。


「おぬしにはパアムベルドより百合の方が似合う」


 硬直したまま動けないルサリィの髪の一房を指の先でいじりながら、美しい王子はそういって艶やかに微笑んだ。


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