さなぎから
その少女はしゃなりと膝を折った。そうして頭を垂れる。その拍子に薄い緑色の長い髪が灰色のフードの間からこぼれて、それが蜻蛉の羽のようだとぼんやりと思った。
「……いやだ」
ぽろりと漏れた子供の言葉に少女は困ったような笑みを浮かべた。
やさしい、いつだってやさしかった、子供に一番近しいところに居た少女は何も言わなかった。どんなに駄々をこねても、どんなに言いつのっても、少女は今日、ここを出てゆく。それはまだちいさなちいさな子供にはどうしようもない決まった事柄だった。
それでも彼は嫌だった。
だって、この目の前の存在は自分のものであるはずだった。自分のためにこの城に召し上げられ、自分のためにすべてを捧げるはずだった。
それはまわりのものも、そうして少女自身も言っていたことだ。
「じゃあ、おまえは僕のものなの?」
そういうと少女は面白そうにころころと笑った。そうして答えたのだ。
ええ、そうですよ。私はあなたのものですよ。ですからわがままを言わずにお薬を塗ることをお許しください。
ひどい匂いのする薬が、子供はひどく苦手だった。けれども少女はそれを毎日毎日子供に塗る。頭のてっぺんからつま先まで。
「じゃあがまんする」
「ええ、王子は良い子ですね」
薬を塗るのは少女の役目だった。いや、皮膚がぼろぼろの子供の世話をするのは少女だけだったといってもよい。いつもいつも、どんなときでも子供の傍に居たのは少女だった。
「その薬を塗ったら、いつかは兄様たちのようにきれいになれるだろうか」
「ええ、きっとなれますとも」
少女は蟲が好きだった。森の精霊の血をひいているからだろうか、少女が歌うとどこからか蟲があらわれて、そうして子供のために薬を残していく。
「さなぎから蝶のように、なれるのだろうか」
「なれますとも」
少女は醜い虫の殻のような子供の頬を撫でて、そうしてにっこりと微笑んだ。このころ子供に触れてくれていたのは、この少女だけだった。
……自分のものであるはずだったのに。
綺麗になった自分を、今では誰もが触れてくれる。抱きしめてくれる。
けれどもあのとき自分に触れてくれていたのは、まぎれもなく彼女だけだった。