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aaaaa  作者: 空伏空人
prologue 歪んだラブコメの時間。
7/12

舞姫ちゃんが、泣いて。最弱くんは怒る。

お気に入り一件あってとても嬉しかった。ありがとうございます!

  あー! と、雨夜が身体を伸ばしながらそう吠えた。

 暫く、いくつかの絶叫マシンを乗り継いでいた背中からは、気持ちのいい悲鳴が上がった。

「…………」

 反対に、ベンチの上に死人のように倒れている小坂井の身体からは力というものが感じられない。

 既に時間は六時半。空は茜色に染まり、華やかな遊園地に点々とライトアップの光が灯り始め、園内に流れるBGMも昼間の陽気なものに比べ、幻想的なものに変わっていた。

 そんな時間まで休むこともなく十の絶叫マシンを乗り回したのだ。そりゃあ、倒れていてもおかしくはない。雨夜の三半規管が強すぎるのだ。

「大丈夫か?」

 雨夜がそう聞くと、小坂井は青ざめた顔でふるふると首を横に振った。気を抜くと吐きそうだ。

「ちょっと待ってろ。なんか持ってきてやるから」

 財布片手にどこかに走っていった雨夜を目で追うのをやめて、小坂井は、ゆっくりと、ベンチに座り直した。

 さあっと、頬を撫でる涼しい風が心地いい。

 ……。正直言うと、一緒にいて欲しかったな。

 小坂井はゆっくり息を吐いた。

 今日はとても楽しかったです。今までで、生まれてからずっと今日に至るまでの中で一番楽しかった。


 そう、言い切れる自信があった。

 それぐらい、楽しかった。

 雨夜から貰ったペンギンのキーホルダーを愛おしそうに触れながら、頬を紅くして、小坂井は上機嫌に笑っていた。

 そんなとき。

 夢現で、のんびりしていたとき。

 聞きたくない、夢から現実に引き戻すような甲高い声が耳に入った。

「あれ、なんであんたみたいなのがここにいんの?」


 ビクリ、と小坂井の肩が震えた。

 え、なんで、どうして。

 こんなタイミングであなたが出てくるの?

 頭の中がぐるぐる混乱していく。しっちゃかめっちゃかにかき混ぜられていく。しかし、恐怖を覚えている身体は不自然に震えながら勝手に顔を上げてしまう。

 そこにいたのはやはり三嶋みしま次葉つぐはだった。

 三嶋次葉。二年B組、しいては夕凪高校のカーストの最上位に立つ女子。

 この《箱庭》の自治を執り行う十人議会の一人を親に持つ、《箱庭》内では珍しい非感染者の一般人。

 そして、小坂井せつなをイジメている暴君だ。

 いつも通り、金色に染めた髪をウェーブ状に巻き、派手やかな化粧を施している。近くだと香水の匂いが少しキツい。

 いつも見ている制服姿ではなく、露出が多めな人目につきやすい私服で身を包んでいた。自己顕示欲の強い彼女らしい服装だ。


 隣にいる男子は彼氏でしょうか。褐色肌で引き締まった体躯をしていて、ラフな格好がいやに似合います。

 いや、確か彼女の彼氏は優しそうな、というより害の無さそうな草食系な男子だったはず。

 小坂井の視線に気づいたのか三嶋は「ああ」と言うと。

「前のは草食系男子っていうのがみたくて付き合ってみたんだけどあれはやっぱダメだわ。ナヨナヨしてて気持ちワリ。やっぱ男はこう男らしくないと」

 ちゃっかり彼氏自慢する三嶋。その彼の顔を見るには一々顔を上げないといけなくて面倒だった。


「で、これのことはどうでもいいのよ。そんなことよりあんたみたいなのがどうしてこんな所にいんの、って話」

 彼氏のことをこれ呼ばわりして、どうでもいいと言う辺り、彼女にとって彼氏というのは自分を着飾るアクセサリー感覚らしい。自分に似合わない、相応しくない、似つかわしくないと思えばすぐ捨てれるぐらいの。

「さすがに見るも虚しいあんたみたいなゴミでも一人で遊園地に来るみたいな、私だったら首吊って死んでしまいそうなことをしてる訳じゃないよね」

 とりあえず返答しておかないと、なにされるか分かりません。嘘をつく理由も見当たらないので、小坂井は首を横に振った。


「でしょ、ま、知ってたけど。さっきあんたが楽しそうに男の腕にしがみつてんの見たから」

 見てなかったらそもそもあんたなんかに誰が話しかけるか。と三嶋は毒を吐いた。ならなんでさっき、初めて見た。みたいな反応をしたのでしょうか。謎です。

「あれってあれでしょ。あの時のヒョロ男。あの下劣男子」

 下劣……。


「女に手を出すとかマジありえないんだけど。男として最低よねあれは」

 最低…………。


「ホント信じられない。あいつ私にゴミの浮いた汚水を呑ませたのよ」

 ………………。

「ヒーロー気取りでさ、無駄に説教こいちゃってああキモいキモい」

 ……………………。

 パアン、と軽い音が耳に入りました。

 化粧で血行よく見せている頬を抑えながら三嶋は呆然としている。ジンジンと染みるような痛みがはしる頬を抑えて呆然としています。


「……い」

 手のひらの痛みのことも忘れて、小坂井は叫ぶ。


「維月のことをバカにしないで!」


「へえ……あんたみたいなゴミくずがよくもまあ私を叩けるもんね」

 叫んで少し息の荒い小坂井の前に立ち、青筋をピクピク浮き上がらせて三嶋は思いっきり手を振りかぶり、小坂井の顔を強く叩こうと──。


「あーっと、注意力散漫に走っていたら、特になにもない場所で躓いてしまって持っていたジュースのフタが偶然開いて偶然露出の多い服を着ている奴に奇跡的にもぶっかかってしまったーー!!」

 と、真顔で。

 もちろん走っても躓いても偶然でも奇跡的でもなく、服の襟を引っ張って中に流し込んだだけだ。必然的に、服の中に冷えた炭酸と氷が流れだす。


「──っいいいぃぃいぃぃぃ!?」

 突然の感覚に、三嶋は思わず鳥肌たてながら、奇声をあげてしまった。

「全く気をつけてくださいよ。いや確かに走っていた僕も悪いですし、前方不注意でした。それは謝ります。しかし、この人ごみです。人にぶつかることは想定しておかないと。誰もかもがあなたを避けて通るわけじゃーないんですよ」

 そう言いながらちゃっかり財布を盗ってジュース代を回収。

「ほら小坂井、オレンジジュース。それとゲロ袋買ってきたんだがー、なんかあったのかこれ」

 今頃それを聞きますか!

 Lサイズのジュースを両手で受け取りながら、小坂井はついうっかり叫んでしまいそうだった。

 雨夜は悶えている三嶋と、割れているキーホルダー、あと少し泣いている小坂井の顔を順繰りに見てあーっと、納得したように言って。

 慰めるような声で。

「泣くなよ、あれぐらいならまた買ってやるからさ。ほら、さっさと行こうぜ」

 たった今の騒動など全く覚えてないと言わんばかりに三嶋のことを放っといて、小坂井の背中を押しながらさっさとどこかに行ってしまった。

 だから。自己顕示欲そのもの、自己中心思考の甘やかされて生きているお嬢様の自尊心を傷つけた。

 ああ、あと。

 雨夜はこれだけで彼女を許したわけではない。


 ***

「──あんた、一体なにもんなの?」

 三嶋次葉は、さっきまでの露出が多いものではなくマスコットがプリントされた服を着ていた。

 その彼女の隣にいるワイルドな彼氏は頭をおさえて、少しよろめいている。

「…………」

 その二人の前に、誰かが立っている。

 長身痩躯で、赤く濡れた彎曲した鉄パイプを持った不自然に長い、針金細工のような細腕をダラリと垂らしたその誰かは、フードを目深に被っていて顔が見えない。

 帰り道、グチグチブツクサ文句を言いながら歩いていると、曲がり角から突然現れた有無を言う隙も与えずに、彼氏の頭に鉄パイプを振り下ろしてきたのだ。

「いきなりなにすんだ、オイッ!」


「…………」

 血があふれ出す頭を抑えながら、彼氏が叫ぶが誰かの反応はない。

 返事の代わりに、その矮躯をしならせ、長細い腕をムチのように振るい、微妙に歪んだ鉄パイプを男の脳天に振り落とそうとしたが、直前で掴まれてしまう。


「二度も同じ手を喰らうかよバカが!」

 鉄パイプを持つ手を後ろに引き、誰かを間合いに引き寄せた。もう片方の手から火花があがる。

 男の欠陥能力はあっさりと言ってしまえば体内電池だ。体の内部に、電気を貯めて好きに放電できる能力。

 フル充電すれば雷を二回ほど起こすことぐらいなら出来る。

 男はそれを攻撃用と行動用。二つ放電していた。

 体内に放電し、筋肉を刺激。本来の力を超越したスピードを発揮させ、攻撃用の放電は腕を囲う。

 この手に殴られる──いや、触れれば相手は一撃で感電して動けなくなるだろう。殴られれば病院送りは確実だ。運が悪ければ死ぬかもしれない。

 当然。

 正体不明で意味不明な相手だとしても、人間であることは間違いはない。間合いに入った以上、避けることも出来なければ、防ぐ事も出来ない。

 男にとって、その間合いにいれるというのは既に勝利は確実の条件であり、拳を突き出すのは勝利を決定づけさせるもの。だった。


「ごがっ……!?」

 なんて。

 悲鳴をあげる暇は無かった。本当になかった。自分ではそんな声が聞こえたような気がしたが、それも気のせいだったかもしれない。

 それは声ではなく、頭の中に響いただけの音だったかもしれない。

 その前に、彼の頭は見るも無惨な形に変貌していた。


 飛び散った血肉や歯の上に。

 力無く男の身体が倒れ込む。


「……ふん」

 と、誰かは鼻を鳴らした──拳に張り付いた血肉や歯を丁寧にはぎ取りながら。


「…………え、ちょっ。うそでしょ?」

 顔の原型を留めていないが生きてはいる彼と。

 なぜかケガをしている細長い腕の、まるでマネキンのような誰かを交互に見やった。

「…………」

 誰かは、ゆっくりと、力無く上半身だけを動かして三嶋の顔を睨んだ、ように見える。


「……マジで?」

 一歩、二歩と冷や汗を流しながら後ずさり。

「────!!」

 踵を返し脱兎の如く、力一杯、必死に走りだした三嶋の腕を誰かは掴んだ。

 そして、そのまま捻った。

 腕が曲がらなくなっても、可動域を越えても捻り、バキバキ、グチャグチャにねじ曲げた。


「っいいぃぃぃぃあ゛あ゛あ゛おぉうぇぁあぁぁ!!」

 一体その身体のどこから出てきているのか分からない声色こわいろで顔を苦痛で歪ませながら、三嶋は唸る。

 抑えている腕の手の向きはいつもと変わらない。が、肘からは筋肉が引き千切れて血が溢れ、肩はなだらかな曲線を描いてはいなかった。

「ぅいぎあ゛あ゛おぃぃぃいぃ……!?」

 ひざを突いて歪な右腕を抑える三嶋を誰かは足の裏で押し倒して、左肩を踏んづけた。

 そして、じっくりと力を込めていく。

 ミシッ……ミシッ……。と、骨が軋み、三嶋の顔は苦痛に続く苦痛で最早疲れ果てていた。

「あ、あんた……一体なにもん?」

 痛みに耐えながら三嶋はそう尋ねた。

 誰かは、少し考える素振りを見せてから。

  「……最弱」

 雲に隠れていた月が顔を出し、電灯が光り、人工の光と天然の光が暗闇を明るく照らす。


「《箱庭》上位七名、第七位。最弱」

 鈍い音が、静かな夜空に何度も何度も、静かに響いた。


 ***


「……♪」


 チリン、と音が鳴る。


 新しく貰った色違いのキーホルダーを手に、小坂井はふんわりと微笑んでいた。中に鈴が入っていて、ちょんとつく度に鈴の音が鳴る。


 日はすっかり落ち、後方にあるタチバナランドから放たれる様々な色のサーチライトが手を振っているようにまばらに動いていた。遠くから聞こえるBGMが現実と夢の世界の狭間で小さく聞こえていた。


 閉園時間も迫り、現実に帰る人たちの波も過ぎ去った中、小坂井はベンチに座っている。近くの電灯には虫がたかっていた。

「……維月、どこに行ったんだろう?」


 大好きな人から貰ったものを愛おしそうに扱いながら小坂井はポツリと呟いた。


 すると、噂をすればなんとやら。


 電灯に照らされた道を雨夜が歩いているのが見えた。小坂井はベンチから立ち上がり、雨夜の元へ小走りで向かっていった。雨夜も気づいたようで片手をあげて手を振っている。


「……!」


 そこで気づいた意図的に背中で隠している反対側の手が、傷だらけになっている事に。


「……ケガ!」

 血相をかえて、小坂井は雨夜の元に近づき、隠している手を掴み、淡い光で包んだ。ゆっくりと、しかし確実に傷が減っていく。いや健全だった頃に戻っていく。

「お、サンキュ。僕の能力の負荷リスクはダメージでさ。使うと絶対ケガしちゃうんだよな」


「…………?」

 能力使ったの、なんで? と言いたげに首を傾げる小坂井。ニヒッと誤魔化すように笑って、雨夜は彼女の頭を撫でた。



次回、心なき少年を好いた少女は進むべき道を間違える。

『 汐崎さん、心配だね…… 』

 舞姫ちゃんは、間違える。

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