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aaaaa  作者: 空伏空人
第一章 狂い狂う嫉妬の時間。
12/12

舞姫ちゃんが、ぶちキレた。

さて、ようやく書きたかったところまでやってきました。オラ、ワクワクしてきたぞ!

学校は滞りなく終わり、後ろからの視線もなく、隣を歩く彼女の姿もない通学路を自転車で走り抜け、ボロアパートに到着。

自転車を駐輪場に止めて、赤錆の進行が止まらない階段をのぼると、連続殺人犯、松場まつば江東こうとうがしたり顔で仁王立ちしていた。

「…………」

「やあ」

イヤな顔を全く隠そうとしない雨夜を見つけると、松場は薄っぺらな笑みを浮かべながら手を振った。


「…………」

「そんなイヤな顔しないでくれよ。確かにワザと神経逆なでてみたけどさぁ」

「それ、わざとなのか……」

「もちろん、天然でこんな薄っぺらな笑みをつけれねえよ」

ケラケラと薄っぺらい顔で笑う。

「そんなんで人を騙せれんのか?」

前から気になっていたことを、松場にぶつけてみる。


松場はやはり笑って。

「騙せれるよ。この漂う不審者臭が良いらしいぜ」

「ふーん……」

適当に流してみたが、松場の部屋からまだ生きている人間の気配がした。

偽物は本物よりも本物と言うらしいがホントらしい。


「それで何のようだ。殺人鬼」

「最弱、何度も言うけど俺は殺人鬼じゃない、殺人犯だ。連続殺人犯。間違えないでくれよ」

「同じだろ、どっちも同じ犯罪者だ」

「違うよ。全然違う」

ふう、分かってないね。と言いたげに松場は鼻をならした。

というか。

名前で呼ばず、最弱と呼んだな。珍しい。


「どう違うんだよ。どれもこれも同じ人殺しだろ」

「流儀が違う、技能が違うのさ」

「流儀?」

「当たり前のように殺す殺人鬼は二流だ。それで、間違えて殺す殺人犯は三流にもなれないのさ」

「へえ……じゃあ一流は?」

「殺し屋だよ。技術が伴う、流儀ある殺人者」

「なる程……あれ、やっぱりお前殺人鬼じゃねーか」

「だから俺は殺人犯だって」

いつもいつも、いつまでも間違って、誤って殺めているだけ。過って過ちを犯し続けてるだけさ。と薄っぺらく笑った。


「ふうん……」

自分を誤魔化してんじゃないかと思ったがまあ追求はしないでおこう。

「それで」

と雨夜は唐突に、話を終わらせて。

「なんの用だよ、お前は、特に用もなく人をせき止めるのか?」

「ああ、そうだそうだ。用があったんだ」

「忘れてたのか……」

ケラケラと笑う松場。こいつと話すと神経をゴリゴリと削られる。


「君、彼女とケンカしてるんだって?」

「…………」

どうしてこうも、噂はすぐに広まるのだろう。

「なんで知ってるんだよ」

「いや、適当、適当。口から出たでまかせ。でも最弱の反応からして本当みたいだな」

「…………」

化かされた……いや、この場合はバカされた、と言うべきか。

「まあでも、一週間も彼女の姿を見てないからね。なんとなく予想は出来てたよ」

「……それがどうかしたか?」


そう言うと、松場はいつもは見せないマジメな顔で。

「仲直りしてくれないか」

「……なんでみんな仲直りさせたがるんだ。お前らには関係ないだろ」

「いやいや関係あるんだよ。最弱、君が学校に言ってる間に彼女がなにしてるか知ってるか?」

「しらね。寝てるんじゃねーの?」

「……このアパートの掃除をしてるんだよ」

「へえ、こんなボロアパートの掃除か。大変だろうな」

「後、稀にご飯くれる」

「餌付けされてんじゃねーよ!」

餌付けされる連続殺人犯というのは初めて見た。

というか、堂々としてるなよ、駅とかに指名手配の写真貼ってあるんだぞ。


「それが美味しくてさーアハハ」

「アハハじゃねーよ……」

「なんでくれるんだろうと思ってたらさ、外堀を埋める……ウヘヘって言ってた」

あいつは一体何をしたいんだろう。

外堀と言っても、こいつは外堀の近くにある川だぞ。そんなん埋めて何になるんだ。

「あのご飯に餌付けされちゃってさ、だからいないと寂しいんだ」

「家にあるご自慢の人形にでも癒されれば良いんじゃないか?」

「寂しいのは変わりないさ。人形にはあの温もりはないからね」

「あっそ。僕は謝る気はない、以上」

雨夜は言い切って、松場を押しのけて自分の部屋のほうへ行こうとする。松場はそれを見送りながら。


「あーあ、君は恩人のお願いも聞けないのかねー」

足取りが止まった。ゆっくりと振り返る。

「……どーせ僕は非情識人間だよ」

「そう言えばそうだっけね」

松場は張り付いた笑みを更に歪ませた。

雨夜はまた、ため息をついて部屋に這入った。

「君と彼女は既に共依存の関係にある。互いに寄り添いあって、人の文字になっている。だから、君は、許すさ。支えがないと倒れちゃうからな」

そんな松場の戯言は無視して。


***


ドアを開けると、誰もいなかった。

「……ただいまー」

返事はない。誰もいないから当然というべきか。

「さみし……」

ポツリと呟いて部屋にあがって、電気をつけた。

元々狭い部屋を二人で使っていた分、一人消えると広く感じてしまう。一週間たった今でもその奇妙な感覚から抜け切れていない。

バックを部屋の端に投げ捨て、腰を下ろしてテレビを傍観していると不意に腹の虫がなった。時計を見ると、既に夕飯時になっていた。

「なんかあったっけな……」

のそりと起き上がって冷蔵庫を開くと肉じゃがが入ってた。あとサラダ。

肉じゃがにはカードが立てかけてあって「ごめんなさい」の一言だけが弱々しい筆跡で書いてあった。

「……勝手に入ったな」

そりゃ数週間同居していたのだ。合い鍵ぐらいは作っていてもおかしくないか。

ご機嫌取りのつもりだろうか。

「ふん」

と、雨夜は鼻を鳴らし、そのまま肉じゃがを流し台に捨てようと。

『仲直りしてきなさい!』

『仲直りしてくれないか』

ふと、二人の恩人のセリフが頭の中をよぎり、捨てようとしていた手の動きが止まった。

「……もったいねーし、食ってやるか」

それで感想でもメールかなんかで伝えてやるか。これなら、約束を破ってねーしな。

しかし肉じゃがか。温めないといけないじゃないか、なんで冷蔵庫の中に入れたんだあいつ。

肉じゃがを鍋に移し、ガスコンロに置く。少しほぐれてきた所で温めるのをやめた。


久しぶりの手料理に少し上機嫌になりながら、雨夜はテーブルの上に誰かいる。


「!?」

いや、まさか。

これでも警戒心は強い方だと雨夜は自覚していた。物音一つでもすれば、どれだけ微かな音だろうと気づける自信があった。

しかしこいつは、窓ガラスを割るときすら、物音一つたてずにこの至近距離まで近づいてきていた。

割れている窓ガラスは、割れている、というより溶けている? と言った方がいいかもしれないぐらい、断面はデロデロに溶けていた。

その誰かは女子だった。

というか、それぐらいしか分からなかった。

詳しく確認する前に、彼女が嫌みったらしく顔を歪ませたと同時に足下にあったテーブルが消えたからだ。

一瞬、オレンジ色の光が見えたと思えば、灰も残さず、塵も残さず、燃え跡も残さず、テーブルが燃え尽きていた。

足場が無くなれば、当然彼女の体は重力にしたがって、床に降りる。彼女の体が床に降りた瞬間、炎が波紋状に爆発的に広がった。

「っーーー!!」

のどの奥から干上がっていくのが分かった。唇が乾く、切れて血が流れる。

周りの空気が一気に干上がっているのか。


「っく!!」

つばを飲み込み、雨夜は床を強く蹴った。

今までの中で一番強く、太股がいつもの二倍にまで膨れ上がり、床を蹴り砕いて玄関に向けて走り出した。

距離にして数歩。十歩にも満たないその距離が異様に長く感じた。

半身が壁に激突して、肩に痛みがハシっても走る。背後からもはや爆発と言っても良い炎の壁が迫り来る中、ドアを蹴とばして外に飛び出した雨夜はそのまま、廊下から下に飛び降りた。

たかが一階ぐらいから飛び降りたぐらいなら、死にはしないだろう。そうは思ったのだが。

「っっ恐えええぇぇ!!」

案外恐かった。


べちゃっ、と着地というか落下した雨夜は口の中に入った砂を吐き出しながら見上げると、丁度蹴飛ばしたドアが炎に呑まれていたところだった。

ドアも、辺り一面の壁も一緒くたに吹き飛んだ。いや、燃え尽きた。

まるで傍若無人な化け物のように、意思があるようにうねりながらオレンジ色の炎は触れるもの全てを灰に還し、灰を塵に変え、塵を芥に代えて、芥を呑み込む。

通り過ぎた場所には、もう、なにも残っていなかった。

「んだこりゃ……」


そんな光景を目の当たりにして、雨夜は少し呆然とする。

どれだけの火力で焼けばこうも綺麗に焼き付くせるのだろうか。というか、これはもう火力がどうこうという、そういう域の話なのか?


「さぁーて、あいつはどうなったかな」

ジャリ、とガラスを踏んづけた音が、した。

彼女が一歩、動いたらしい。


真下にいる雨夜にも聞こえるぐらい、通る声で彼女は言う。

「ったく、なんで私がこんな肥溜めみたいな所に来なきゃいけねぇんだよ」

声は変声期を迎えていない、というか幼げな声色だがいかんせん喋り方がキツく子供っぽくは聞こえない。


「つうか、二人同居してるって話じゃなかったっけ? なんで一人しかいねぇんだよ、探すの面倒だろうが」

ジャリ、ジャリと足音がゆっくりと、近づいてくる。

二人……同居?

つまり、狙っているのは自分だけではなく──小坂井も。

逃げようとしていた雨夜の歩が止まった。

「まあ生きてりゃ聞けばいい話か」

なぜ、なんで、今僕は殺されかけているんだ。頭が混乱する。脳みそが異常なまでにこんがらがるが、それはすぐにおさまった。

雨夜流に言えば『考えるのがメンドクサイ』

英語の文章問題を読むのが面倒で選択問題を適当にマーク時と同じ気分だった。


自分がなぜ、狙われているのかは皆目見当はつかないけれど。

ただ、やるべき事は、殺るべき事は一つだ。

近くの雑草畑の中に隠してあった鉄骨を引きずり出して、肩の上に置く。


後は待つだけ。

絶好のタイミングを、絶対的瞬間を。最高潮の刹那を。

待って、待って、待って待って待って待って…………。

「こんなこぎたねぇ場所にいなきゃならねぇなんて──」

敵が、部屋から顔を出した瞬間。

「『圧倒劣悪ストレングス』!」

雨夜は能力を発動して、跳躍した。

顔を覗かせていた女子の更に上。

頭上に飛び上がり、片手で指を喰い込ませながら持っていた鉄骨を振りぬいた。

突然の事に虚をつかれ、対応できなかった女子は、頭に鉄骨を喰い込ませ、廊下に顔から叩きつけられた。


「二撃、絶殺!!」

着地ついでに、鉄骨を直立に持ち直す。そのまま、根っこの部分を両手で持って廊下に顔をめり込ませている後頭部目掛けて力一杯、振り下ろした。

鉄骨、鉄塊、つまり鉄の塊、注意書きなんて無くても、絶対人を殴るのに使ってはいけない鈍器が轟ッと風を裂きながら廊下に倒れている女子を捉える。

絶望的な音が鳴らなかった。

「んあ?」

手応えはあった。しかし、それは人の頭を砕いたにしては妙に軽いことを、指伝いに雨夜は感じ取っていた。

「へえ、中々やるじゃん。手応えのないゴミ捨てみてぇな仕事だとおもってたんだけど」

鉄骨の下から、声がした。

頭蓋骨が粉々に砕けてもおかしくない、寧ろ粉砕してないとおかしい一撃を喰らって、女子は口を開く。

「けどさぁ、あんた超能力者ナメてない?」

「っ!?」

デロリと、さっきのドアと壁と同じように、それよりも速く鉄骨が溶けだした。

咄嗟に手を離して少し距離をとる。

溶けた鉄骨は女子の周りの空気をオレンジ色に彩りながらドロドロと落下して、地面につくときには消えて無くなっていた。

彼女は、むくりと起き上がった。殆ど無傷に近かった。

唯一ケガしている折れて曲がった鼻からは蛇口が壊れた水道のようにとめどなく血が溢れるが、折れた鼻を摘んでへし曲げて、無理矢理止めた。残っていた鼻血を手の甲で拭きながら、女子は笑う。


「ホントアマい。アマいアマい。クソアマい。ゲロアマい。あんたら奪われ尽くしの欠陥品がさぁ、神に愛され、満ち満ちに満たされ尽くしの超能力者様に勝てると思ってんの!」

ズムッ。

と、腹の奥底からイヤな音がした。

のどの奥から生温かい液体のようなものが、粘っこいものが、せり上がってくる。口の中に入りきらなくなり、溢れ出す。

赤い赤い血が、溢れ出す。

「うくっ……?」

俯いてみると、腹から腕が生えていた。

いや、違う。腹に腕が突き刺さってるんだ。誰の? それはもちろん、味方ではない相手の。

「う……そだろ……?」

「血ぃ吐きながら喋んな、気色悪い」

頭に衝撃がはしった。それがただの拳による一撃だと分かったのは脳を揺さぶられ、一気に意識が遠のいた時だった。

ありえない。フザケてる。

「ぁ……ぅぐ……ぉ?」

臓物が五臓六腑がグチャグチャに、しっちゃかめっちゃかに、引っかき回されたような、いや引っかき回された圧倒的苦痛が体中を駆けめぐり、一言一言口に出す度あふれ出る血にあぶくがたつ。

──嘘だ。オカシい。《箱庭》上位七名の第七位『最弱』

試合形式なら、下位は上位のメンバーに絶対勝てない。そう断言されてる、上下関係がはっきりしているランキングの第七位。

つまり、上位七名以外になら必ず勝てる。

そんな位置付けのはずだ。そんなキャラ設定のはずだ。

なのになぜ、だったらなぜ、僕は負けている──。

「お前よっえーな。上位七名とか大層な位置づけされてるから、ちょーっと強く貫手をしたらこれだぜ? 感染者ってのは、こんなにも弱々しいもんなのかぁ?」

なるほど。自分の体が弱いのがいけないのか。

まあ確かに、雨夜の体は能力を引いてしまえば、力というものが微塵も感じれない華奢な矮躯をしているし、素の戦闘力ならチワワにでも負ける自信がある。

なら。

なら、強い貫手なら貫かれてもおかしくはない……のか?

「感染者っつーのはって……まるで自分はちげーみたいな言い分だな」

口からこぼれる血を泡立たせながら言う。


女子は少しげんなりした表情で。

「お前まだ喋れんのかよ気持ちわりぃ」

と毒を吐いた。

「どてっ腹に穴が空いてるのによう、なんで気絶なりショック死したりしねぇんだよ、ゴキブリかお前」

グチュグチュと腹の中をかき混ぜられる。

彼女の見たくれは正直言うと、平凡そのものだった。茶髪でつり目。特徴をあげるとすればそれだけ。

目を引くものも、とっぴいた特徴もない、人ごみの中に紛れてしまえばもう分からなくなってしまいそうな女子が、自分の腹を貫いている。

明らかな異常。ズレた正常。

人の性格は外っ面を見ただけじゃあ分からない事は、隣の殺人犯で学んだはずだが、これだけはどうしようもない。


「あ、そっか」

彼女はゲスく笑う。

「腕が止血になってんのか。これを外しゃあ」

腹に深々と、貫通している腕を掴んだ。

「あん?」

「いやあぁ……流石に……キツいんだわ」

「んっ、このっ!!」

ムリヤリ引っこ抜こうとするが離れない。柔らかい二の腕に指を喰い込ませる。

「とうか……こうかん……だ」

「抜けねぇ!!」

「腹の代償は、片腕一つだ」

ブチュと肉が潰れる音がした。

ごもった骨が砕ける音がした。

ブチブチ皮が切れる音がした。


ジュージュー焼ける音がした。

雨夜の十指が壊れる音がした。

「っっつうぅぅおあああぁぁぁいぃぃぃい!?」

全身に行き渡る痛みに耐えきれず絶叫した。

さっきまで腕を掴んでいた指はあらん方向に折れ曲がり、皮は千切れ姿を見せた中身は一つ一つ潰れて、丁寧に焼かれていた。

もう、健全な十指の姿を拝める日は来そうにない。

「っぐががあぁぁぉぉぉぉ……」

思わず手を庇うように丸まり、うずくまってしまう。風穴が開いた腹からは血がじわりじわりと滲む。鈍痛が、身体全体に行き渡る。


「ったく、めんどうかけやがって」

顎を強く蹴られた。少しの目眩と共に雨夜の体が仰向けに倒れる。

彼女の顔を見上げる。ゴミを見るような目で腕を振り上げていた。その腕の辺りだけ温度が高いのか、空気が歪んで見える。

「んじゃま、これからあんたは灰も塵も存在も残らず焼き尽くされるわけだが、別段私はあんたに怨みがあるわけじゃあないし、一つだけ未練を聞いてやるよ。言ってみなはい時間切れさようならー」

弓を引き絞るように、力を振り下ろす。

その瞬間。

その腕に誰かが掴みかかった。

高温の腕に掴みかかった病的に白い柔らかそうな白い肌の掌は、焼き尽くされながらも淡い光を放つ。

じわりじわりと光が当たった部分が変色していく。そして、手が腕を握りつぶしたように、部分は消えてなくなった。

切られた腕が宙を舞い、雨夜の顔の隣に落ちる。

「おおおおおおお!?」

突如腕が無くなり狼狽する女子に相対するように、両手を広げてそいつは立つ。

切るのをめんどくさがって腰まで伸びた黒髪、下級生と間違えそうなぐらい小柄で、聞き覚えのある声で、いつものおどおどとした喋り方とまるで真逆な声色で。

「維月に触んなぶっ殺すぞ!!」

と叫んだ。


「な、なにしやがんだ感染者!!」

「なにしやがんだはこっちのセリフだよ、人様の大切なもんに許可なく触ってあまつさえ殺そうとするっつうのは一体全体なにさまのつもりなんだあぁん!?」

ドスの利いた声でそいつは彼女を気迫けおす。

「何様だぁ? こっちわなぁ──」

平凡な彼女が名乗りをあげようとした時、タイミング良く悪くは分からないが、とにかく携帯が鳴った。彼女は忌々しげに舌打ちして携帯を耳に当てた。

戦闘中に携帯を鳴らして、でるというのは些かマナー違反な気もするがあそこまで大胆だと緊張感が霧散していく。

目の前のそいつも、さっきまでと全然違ういつも通り、気弱なオーラを放っている。

頼もしかった背中も、頼れない小さな背中になっていた。

血と一緒にため息を吐く。そして雨夜は、そいつの名前を呼んだ。

小坂井こさかい……さっきのセリフ。中々のお前が言うな、なセリフなんだが?」

「……維月」

そいつ──小坂井せつなは振り返った。顔を隠すように伸びた前髪からちらり、と覗く顔はドスの利いた声を出していたとは思えない、泣きじゃくった子供のような、くしゃくしゃな顔だった。


そんな、今にも泣き出しそうな顔のまま、小坂井は雨夜の風穴の空いたどでっ腹に手を添えた。淡い光が灯り、じわりじわりと傷が塞がっていく。元の健全な体に遡っていく。

「……維月」

「ん?」

腹の痛みがじわりじわりと、消えていき、少し調子を取り戻しつつあるのを感じていると、彼女は唐突に言った。

ケンカしたら、いつかはどちらかが言うセリフを。

それを言われたら仲直りしないといけない、最低な言葉を。

自分がどれだけ相手が嫌いでも許さないといけない暴力的なワードを。

許し合うには必須の、言葉を。小さな口を動かして、紡ぐ。

「……ごめんなさい」


「…………」

あえてスルーしてみた。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「…………」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

壊れたカセットのように、ごめんなさいだけをリピートし続ける。

謝罪の言葉なのに、これだけ言われるとまるで自分が悪いように聞こえる。ホントに攻撃性の高いセリフだ。

「…………はぁ」

ま、いっか。

雨夜は、そう思った。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい──」


「もーいいよ。委員長も覚えてねーし、恩人二人が仲直りしろウルサいし、今回だけは許してやる」

「……!」

「助けてくれた相手に、恩人に手のひら返しするほど僕は腐っちゃいないしな。ただし、次したら許さない、いいな?」

「……♪」

嬉しそうにぶんぶん頷く。ちょうど再生も終えたようで、雨夜は体を持ち上げた。服も一緒に戻してくれたみたいで、大きな穴は空いていない。

「さんきゅ、おかげで助かった」

頭を撫でてやると、やはり目を細めた。尻尾がついていたらぶんぶん振ってそうなしまりのない顔だ。

「しかし、まるでタイミングを見計らったような登場だったな」

「……ま、松場さん。に、ご教授してもらって、た……」

「なにを?」

「な、仲直りの手段……大人の意見を貰おう、と思って……」

「ああー」

だから松場があそこまで知っていたのか。しかし、大人なら下にもいるのだが……相談相手としてもダメダメということか。


「人形が、一杯……き、綺麗だった……」

言わないでおこう。

その継ぎ接ぎだらけのリアルな人形は防腐処理を施された人のパーツを寄せ集めて作られた人形だということは、黙っておこう。

知らない方が幸せな物もこの世には沢山ある。

たとえば、家畜の解体とか。

たとえば、競走馬の末路とか。


「それで松場にはなんて言われたんだ?」

「……恩人になれ……そしたら彼は君を裏切らない」

「……はーーー」

一応松場の声真似をしてみたらしいけど、殆ど似てなかった。

しかし、彼の言う事はおおむね正しい。非情人間雨夜維月も、恩人、友人、身内にはめっぽう甘いのだ。


「はぁ!? なんでフザケんなよ!」

と、女子は携帯の先にいる相手めがけて叫んだ。

音漏れはなく、会話の内容はよく分からない。

「人目……ああ、まあ確かに……ああ分かりましたよ!」

携帯を乱雑に床に叩きつけ女子は雨夜を睨む。

伊原いはら心々ここみ!!」

突然、外れた腕を掴みながら彼女はそう叫んだ。


「は?」

少し考えて、それが女子の名前だということに気づく。

女子……伊原は腕を傷口同士をくっつけて、火で溶接しながら。

「あんたらを消滅させる人間の名前だ! 覚えとけ!」

手が動くかどうかの確認を済まし、伊原は走ってどこかに行ってしまった。

「これは……助かったのか?」

雨夜はポツリと呟くと、緊張が緩んだのか、小坂井のお腹からキュルルルル、と腹の虫が鳴った。

恥ずかしそうに、小坂井はお腹を抑える。

雨夜は優しく笑って。

「そーいや、おまえ負荷リスクがエネルギー消費だったな。お前が作った肉じゃがまだあるはずだから、一緒に食べようぜ」


雨夜維月対伊原心々実。

感染者対超能力者。

第一戦。

最弱対戦塵は、舞姫の乱入で引き分け。


次回、自分の手だけではこの騒ぎを抑えられないと思った雨夜は上位ランカー、第一位に会いに行く。

「正々堂々と互いに名乗りあい、真っ向から手合いましょう」

「……白昼堂々と手段を選ばず背後から不意討ってしてやるよ」

最弱くんと、超能力者。

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