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エリザ  作者: KOU
7/9

潮風の記録 上

 マリアの体が、優しくアインスによって包まれる。マリアはアインスの胸に顔をうずめながら、アインスの胸から聴こえてくる音を聴いた。

 

 ――カチ、コチ。カチ、コチ。

 

 

「……アインス、あなた、が」

 

 

 マリアが顔を上げて食い入るようにアインスを見つめると、アインスは寂しげに眉を下げながら囁く。

 

「遅くなってしまって、怖い思いをさせてしまって、本当にすみません。少し、離れていて下さい。すぐに、終わりますから。……少し、目を閉じていて下さい」

 

 そう言いながらアインスがマリアの両の瞼を撫でると、マリアは一瞬拒むように顔を歪ませ、そのままその場にゆっくりと崩れ落ちた。アインスは優しくマリアの体を支えると、そのまま慈しむように抱きしめる。

 

 ――カチ、コチ。カチ、コチ。

 

 抱きしめているマリアから視線を外すと、アインスは首を傾げたまま動かない黒衣の男を睨みつけた。

 

「ナ、んだお前お前」

 

 

 アインスは静かに息を吐く。

 

 ぱきり。マリアを抱きしめる右腕が。

 

 ぱきり。左腕が。

 

 ぱき、ぱき。右足が。

 

 

 ぱきっ。左足が。

 

 ……ああぁああアアアあああぁあああアアアあ゛アア゛アアアアアアア!!!!

 

 瞳が。声が。

 

 変わっていく。熱を抱いた、燃えるような闇に変わっていく。

 

 

「……お前は……」

 

 黒衣の男の表情が僅かに変わった。それは、恐れを抱いた人間の表情に見えた。

 

 

「お前……馬鹿な。何だその……その姿は」

 

 ――カチ、コチ。カチ、コチ。

 

 時計の音が鳴り響く。長い長い時を刻んで、遠い遠い、あの日の悲鳴と、怒りと憎しみを、再び目の前の宿敵に叩きつける為に。

 

 エリザ。

 

 ぽつり、とアインスが、呟いた。

 

 ざぐ。

 

「……え?」

 

 黒衣の男の右腕が千切れ飛ぶ。

 

 エリザ。

 

 ざぐ。

 

「……あ」

 

 左腕が宙を舞う。

 

 エリザ。

 

 ざぐ。

 

「……あ?あ?」

 

 右足はもうそこに無い。

 

 エリザ。

 

 ざぐ。

 

「……あぁあ!!ああああ!!!ああああああア゛ア゛ア゛!!!」

 

 べちゃり。

 

 四肢を無くした黒衣の男が、地面に転がった。

 

 ……エリザ、すまない。

 

「……ああああ、あああたすけてあああ、あああたすけてください。ああ。すばらしい。すごい、まちがっていたわたしがまちがって。あああ、そんな。たすけてくださいわたしにそのちからをくださいくださいああああ!!!ああああ!!」

 

 黒衣の男の叫びが響き渡る。

 

「……たすけて!!!アあ゛!!たすけてくださいいいいィイイイ!!しにたくない!!しにたくな」

 

 ぐしゃ。

 

 

 

 そこにはもう、黒衣の男は無い。

 

 こんなにたやすくおわらせてしまうわたしをゆるしてくれ、エリザ。

 

 

 

「……やっ……た」

 

 静寂が破られる。

 

「……とうとう、やったんだな。アルノルド」

 

 倒れたまま、アル―――かつてはトイフェルという名であった悪魔は、顔を歪ませた。

 

 アインス―――かつてはアルノルドであった青年は、元の姿へと戻ると、優しくマリアの頬を撫でた。

 

 

「……?私」

 

「……終わりましたよ。マリア。何もかも」

 

「……アインス……。―――!!アル!!アルは!!?大丈夫なの!?」

 

 倒れたままのアルは、少し苦しげに笑う。

 

「大丈夫じゃねえよ!!見ろよ心臓えぐり取られてるんだぜ?人間だったら即死だっつうの!!」

 

 息を呑んでその光景を見つめるマリアを見ながら、アインスは口元を歪める。

 

「……こんな事に、君を巻き込んでしまって、本当に申し訳なく思います。ですが、一目会ったときから、マリア、君の魂の静謐さに、私は危うさを感じていたんです。きっと黒衣の男は君を狙うと。……エリザのように」

 

「……ねえ、アインス、私、アルから話を聞いたの。エリザと、アルノルドに起きた事……。あなた……、あなたが、アルノルドなのね?」

 

 

「……ええ」

 

 

「私、てっきり……てっきりあなたが悪魔だって……」

 

「両手足に、両目、声はトイフェル……アルに埋めてもらったものですから、半分、悪魔のようなものです」

 

「アル……アルは?あなた、右腕以外、人間で……」

 

 振り返ったマリアは息を止めた。胸に穴を空けたまま、アルが立ち上がっている。

 

「そうだ。俺の体はもう殆ど人間さ。髪、両目、それに左腕、両足はな。それについさっきまで心臓だって人間の……アルノルドのものだった」

 

「……どういうこと、なの?」

 

 アルは溜息をつく。

 

「……俺達が人間と何を交換するかは教えただろう?体の一部だ。それを所有する道具と交換する。ほら」

 

 言いながらアルはマリアに左腕に付けた腕時計を見せつける。

 

「こいつは、アルノルド――アインスの中にある時計と対になってるもんだ。持ち主の永遠を刻む。言っている意味が分かるか?俺達悪魔はな、ありとあらゆる呪いに縛られているんだよ。その呪いから逃れる術はひとつだけ。人間と体を交換して、完全に人間になることだ」

 

 俺はその一歩手前までいった悪魔なのさ。アルは呟く。

 

「……まぁ、今回でまた一歩その夢は遠のいたけどな」

 

「……ねえ、一番疑問に思っていることがあるの」

 

 マリアがアルとアインスを見つめる。

 

「なんだ?」

 

「……2人は、まるで……まるで逆転してしまったみたいに見えるわ。どうして、そうなってしまったの?」

 

 マリアの質問に、アルとアインスは顔を伏せてしまう。

 何時の間にか霧は晴れ、微かに風が吹き始めていた。


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