餌として生まれた命
「テメェ…」
「死んだわ…もう傷つける必要もなくなったでしょ」
ピクリとも動かなくなった魔族をしばらく見下ろすとハルトはゆっくりキャロルと向き合った。その顔にすでに笑顔はない。
「俺の獲物だぞ!補助士が出しゃばった真似するんじゃねぇよっ!」
「っ……」
溜めた怒声を張り上げるとハルトは足元に転がる魔族の屍を勢いよく蹴り飛ばした。
その迫力に気圧されながらもキャロルはぐっと堪え、彼と向かい合わせのまま留まる。
「レニが…あなたは父親だって言ってたけど…とんだ父親だわ。まるであなた自身が魔族そのものよ」
「っんだと?」
眉間に皺を刻み、歯を怒りで食いしばるハルトの姿にすでにレニの面影は無い。恐怖に駆られ、今にも逃げ出したい気持ちを必死で押しとどめたままキャロルも負けじと睨みを利かせる。
「上等だ」
「!」
息が止まった。キャロルの目の前には漆黒の銃が向けられていた。目の前の暗い銃口から弾が発射されたら……この銃の威力は今さっき目の当たりにしている。恐らく一撃だろう。
「テメェ、誰にもの言ってるか分かってんだろうな」
「あなたのサポーターになる以上…私にも守る権利があるのよ。レニを…」
腹に響くような音が鼓膜を突く。
「ひっ」
思わず悲鳴が漏れた。顔のすぐ横で発砲された弾丸が長い髪を何本か断ち切る。
心臓が今にも破裂しそうな恐怖の中、キャロルはじっと目の前の『男』の顔を見据え続けた。
(ここで私が下がるわけにはいかない。レニが止めて欲しいと言っていたんだから…止めないと)
「守る?」
低い声が呟く。
「何も知らねぇ野郎がレニを守るなんて気安く言うんじゃねぇよっ!」
威嚇をするように怒声を張り上げるハルトをキャロルは見つめ続けた。
「こいつが今までどんな思いで生きてきたと思ってる!」
「どんな思いって…」
しばらく押し黙った後にハルトは軽く舌打ちすると声のトーンを下げた。しかし、やはりその視線には激しい怒りが灯っている。
「こいつはな、餌として生まれたんだよ」
「え? エ…サ?」
何を言っているのか分からない。しかし、その餌という言葉には総毛立つような鋭い恐怖を感じずにはいられない。
「テメェも補助士の端くれなら闇市ぐらい知ってるだろ」
「闇市…」
銃口の向こうの男の顔を見つめながらキャロルが生唾を飲み込んだ。
話だけは聞いた事がある。実存するかは分からない。だが、ハルトが言う闇市とは…恐らく…
「趣味の悪ぃ人間共が家畜や奴隷として下級魔族と人間を売買する腐った市場だ」
「……………」
「テメェ…家畜として飼われてる低俗な魔族は何を喰ってると思ってる…」
「何って…」
その先の言葉は聞かない方がいい、そう思いながらもキャロルはハルトから出てくる次の声を待っていた。
「生きた人間だ」
「っ!……」
「律儀な事に可愛いペットに与えるための食事として人間の赤ん坊を育てるゲス野郎も居やがる」
「そんな…」
目を見開いたまま硬直したキャロルを見つめつつ、ハルトは歪んだ笑みを浮かべた。
「餌として化け物の檻に放り込まれたこいつを助け、今までずっと守り続けてきたのは…」
ハルトが声を荒げて叫んだ。
「この俺なんだよ!」