ドS所の話じゃない!!
「あなた本当に、あのレニなの?」
言いかけた瞬間、瀕死の重傷を負っていた魔族が苦痛の入り混じった雄叫びをあげながら翼を広げた。
「えっ?」
キャロルが驚きに振り向いた時には既に魔族は翼をはためかせ、宙に舞い上がっていた。向かっているのは、廃墟の倉庫上部に規則的に並ぶガラスの抜けた大きな窓だ。
恐らく命の危機と力の差を見せ付けられて逃亡を決断したのだろう。
魔族の行動にキャロルはどこかほっとしていた。いくら天敵と呼ばれる魔族でも苦痛にのた打ち回る生き物の姿は見るに耐えかねる。
「おいおい。俺たちはこれで喰ってるんだぜ?」
必死で夜空を目指す羽ばたき音が響く静寂の中、低い声が呟いた。
「狩人殺しみてぇな高額獲物を…この俺が…」
「ちょっと、レ…ハルト?」
ハルトの手が腰に差された銃に伸びるのを見てキャロルはゾッとした。
(こいつっ…)
キャロルが止めようと一歩足を踏み出した時…
「逃がすと思ってるのかよ!」
ハルトの怒声と共に重い銃声が連続して響き渡った。
発砲された五発の凶弾が、窓から外に出ようとしていた魔族の身体を貫き、地に落ちる。
「ちょっと!」
キャロルの制止の言葉をまるで聞かずにハルトは地面で必死に立ち上がろうとする魔族に歩み寄った。
「ったく…テメェの技量も分からねぇくせに俺を喰おうってのか?」
片翼を掴み、魔族の背に足を掛けるとハルトはゆっくりと両手に力を込めていった。
翼の骨がミシミシと音をたて、魔族が低く唸る。そして一気に力を込めると彼はその片翼を勢いよく引き千切った。
耳を覆いたくなる悲鳴が轟き、キャロルは言葉を失った。頭の中にレニが言っていた言葉が浮かび上がる。
『すごく残酷で…魔族よりももっと怖くなる事があるんです。レニ一人じゃ止めたくても止められなくて』
(この事だ。レニが言っていたのは…)
「レニ」
左側に突き刺さる大剣が目に入り、キャロルはそれを手にした。
(っ…何これ!)
幅が広く、肉厚な剣はとてつもない重さだった。
小柄なレニの半分以上は超えると思われる重量の剣を片手であんなに素早く操っていた事が信じられない。
(嘘でしょ?こんな剣を片手であんなに早く…こんなの男でも扱えるかどうか…)
「くっ」と唸りながら両手で柄を掴むとキャロルはそれを引きずるように持ち、ハルトの元へ向かった。
「バランス悪ぃな…もう一枚いくか?」
もう片翼に手を掛けたとき、重い風切り音と共に魔族の首が胴から斬り落とされる。
地面に深々と突き刺さる大剣の柄を握り締めているのは…キャロルだった。