特Sの実力
ものすごく低い声で言われた暴言に唖然としていると、ハルトはキャロルに背を向けたまま肩に担いだ剣を降ろした。
「!」
視線の先に空から舞い降りてきた狩人殺しが立ち塞がっている。
「うそっ!逃げ切ったんじゃなかったの?」
「ったく、俺のレニをターゲットにしやがって」
まるで挑発するかのように片手を差し出すと、ハルトは魔族に言い放った。
「その代償は高くつくぜ!!」
その言葉を合図に狩人殺しが猛スピードで突進する。見据えるのはただ一人、大剣片手に目の前に立ち塞がる小柄なハンターだ。
「キャロル!」
後方に佇むサポーターの名を呼ぶとハルトは不気味な笑みを讃えながら構えた。
「俺の補助士になりたかったら逃げるなんて言葉使うんじゃねぇ!」
眼前に迫った魔族が鋭い爪を携えた拳をハルトの胸に突き立てるべく繰り出す。しかし、その拳をハルトは簡単に受け止める。
敵は空いたもう片方の腕で今度は、その頭に刃を向けた。
「レニ!」
思わずキャロルが目を瞑った瞬間、耳に聞こえたのは頭が潰される音でも、レニの悲鳴でもなく、獣を思わせるような魔族の苦痛に満ちたうめきだった。
再び開いた瞳に映ったのは大剣を振り下ろすハルト…そして頭を潰そうとした左手首と胸を貫こうとした右片腕を切り落とされた魔族の姿だった。
どす黒い魔族の鮮血が飛び散り、身体の一部がゴミのように散らばる。
「おっせぇ」
魔族の片腕と手首を切り落とした大剣が透かさずその首に向けられた。
首を切り落とさんと向かってきた巨大な刃を魔族は鋭利な牙で受け止めると、鍛え上げられた背筋で腰を大きく逸らし、喰らいついた大剣を力に任せてハルトからもぎ取った。
大剣が弧を描きながら宙を舞う。
しかし、大剣を手放したと同時にハルトの左手の拳が堅く握られ、武器をもぎ取られた時の反動を全身に乗せて、その小さな拳を魔族のみぞおちに打ち付ける。
分厚いゴムを巨大なハンマーで殴ったような重い音が響き渡ると同時に、3メートルを越える巨躯が大剣と同じように宙に飛んだ。
「きゃぁ!」
後ろで待機するキャロルの左側に大剣が突き刺さり、右側に魔族の身体が叩きつけられる。
「おっと…」
あまりに一瞬の出来事に立ち尽くすキャロルをハルトが振り向いた。
「悪ぃな。そっちに飛ばしちまった」
その顔は何事も無かったかのように笑みを浮かべていた。
レニの愛らしい笑顔ではない、戦いを・・・殺しを心から楽しむ歪んだ青年の笑顔だ。
「あなた…」
ふと隣で呻く魔族に目を落とす。
口から大量の血液を吐き出し、痛みに悶絶していた。不自然に深く窪んだ腹から折れた肋骨が岩肌のように皮膚の下に浮いている。
「っ……」
耐えようも無い程の苦痛をあまりにも生々しく見せられ、思わずキャロルは顔を背けた。
医学の知識は微塵たりとも無いが、この魔族がどれ程の致命傷を負ったかは容易に想像できる