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彩配の繰り手  作者: 義已暁
~少女は春に別れを知る~
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前章 王城の華、一見と再転  再転 ‐Ⅰ‐

「それでは、数日中には御自宅に通達が届きますので」

 そう言って朗らかに城門の内側へ去って行ったルクシエルを見送ると、ユゥハは深い溜息を吐く。


(何か、どっと疲れたなぁ……)


 サロンに居る間ずっとルクシエルのペースに振り回されていたユゥハは、そっと胸を撫で下ろす。心臓に悪い美形に会うのも初めてなら、あんなに丁寧に女性扱いされたことも無かったので、もしかしたら失礼があったかもしれない。そもそも、こんなみすぼらしい格好の女を捉まえてあんな美辞麗句を恥ずかしげもなく言えるのは流石、高位貴族だと納得する。

 彼の言葉がお世辞の範囲で決して特別な意味を持っていないのは、ユゥハにも分かる。一次審査の結果は期待しないで待っているのが賢明だ。


「さて、もう昼だけど、このまま仕事しようかな?」

 大通りを足早に歩くユゥハは横目で町並みを眺めた。


 ユゥハは、あまり城下街の大通りは来た事が無かった。貴族や商人の馬車が引っ切り無しに奔り、路傍の小石を弾く為、歩きの人間には少々危険だ。並ぶ店の商品も庶民のおおよそ手の届かない値のドレスや、宝飾品が硝子越しに飾られていてとても煌びやかだ。そういった店先にユゥハのような小汚い人間が立ち尽くしていると、汚泥をぶちまけられたり、あからさまに嫌悪感を滲ませた顔でこちらを睨みつけたりしてくる。

 だから、因縁を付けられぬようユゥハの歩調が自然と早足になるのは仕方のない事だった。


 軒先のユゥハなど、表の人間から見たら溝鼠(どぶねずみ)も同然だった。王城でのルクシエルの扱いが不自然だったのだ。その事にすっかり失念していたユゥハは、通りを走る馬車が弾いた小石が、自身の足に当たるのを避け損なった。

「っ! ……ったぁ!」

 脛に感じた鈍い痛みに体中の血流が蠢く。ユゥハの身体はぐらりと傾いで、そのまま意識が飛びかける。


(……だめっ。空腹で身体が……)


 力が入らず地面に叩き付けられるだけだったユゥハの身体を、後ろから柔らかな生地が包み込む。抱き留められた腕の感触と見覚えのある黒衣(こくい)に、ユゥハはぼやけた視界越しに男の濃い碧眼(へきがん)を捉える。

「う、有難うございます、ロード」

「喋るな。……どこか悪いのか?」

 キリリとした切れ長の瞳が心配そうにこちらを窺っている。


 ユゥハの額に(くれない)の髪が零れ落ちて肌をくすぐる。昨夕には気付かなかったが、間近で見る男の顔は案外若く、ユゥハとそう幾つも歳の差の無い青年であった。


 端正な顔立ちを僅かに歪めて、ユゥハを見下ろす姿は様になっていた。

「あ、足がちょっと……。あ、それ、よ……り」

 切れ切れに零すユゥハの呟きに、黒衣の男は耳を寄せた。

「それより、どうした?」

「それより、お腹が……、空き……ました」

 男の腕が脱力してユゥハを取り落としそうになる。

「なんだ、ただの空腹か。……驚かせるな」

 呆れた声で諌められる。ユゥハは沸騰しそうな程恥ずかしくなって、消え入るようなか細い声で黒衣の男に詫びた。

「済みません、ロード。大袈裟に倒れてしまって……」

 まったくだ。と男には溜息を吐かれてしまう。


(あああ、物凄く格好悪いっ! 空腹で他人様に面倒を掛けるなんてっ……!!)


 黒衣の男に、路面脇のベンチに運ばれるまで、ユゥハは心の中で何度も叫んだ。



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