前章 王城の華、一見と再転 一見 ‐Ⅱ‐
ユゥハは戸惑いながら自身の手を握る青年を見上げた。すらりと伸びた長身に紅の髪。文官だからだろうか? 鍛えられた様子は見られなく、寧ろ線は細い印象を受ける。歳は多分ユゥハより三つ四つは上だと思う。ヴァンよりかは若そうだけど……。
「うちの兵が失礼しましたね。常日頃から人を見かけで判断するような行いは正していたのですが、……教育が行き届いていなかったようです」
申し訳なさそうに向けられた琥珀色の瞳に、動悸が激しくなる。
(この人すっごい美形で、まともに目が合わせづらい。手を繋いでいるのも……なんか恥ずかしいし)
「い、いえ……。このような所に来る身分じゃありませんし、物乞いに見られても仕方無いです」
正直、周りの人達が私たちを凝視しているのや、侍女達が鋭い眼差しでユゥハを見ているのが気になって、初めて入った王城の敷地内に目を向ける余裕がない。
「お若いのに宮廷絵師を目指しているなんて、随分野心家なのですね」
「あ~、いや別に。そんな大それた事は考えてないですよ? 一次に合格して、銅貨を頂いたら家賃が払えるとか……そんな下らない考えですし」
モゴモゴとばつが悪そうに口ごもるユゥハは、ちらりとヴェリウス卿を見る。にこにこと眩いばかりの笑顔を向けられて慌てて顔を伏せる。
(……この人私の事何歳だと思っているんだろう……。子供じゃないんだし、いい加減手を離して欲しいなぁ)
ユゥハのそんな様子を気にも留めず、ヴェリウス卿にサロンに招き入れられる。
「此処は、西棟の客間です。この棟には文官しかおりませんので、どうぞ楽になさって下さい」
そうは言っても、勧められたソファは天国のように柔らかくて、お尻が落ち着かない。小汚い自分が汚していいものだとはとても思えなくて、つい腰を浮かせてしまう。足元の絨毯も、壁の装飾も、ましてやテーブルの上の花瓶ですらユゥハの想像も出来ないお値段だと思うと迂闊なことは出来ない。どうしよう、身動ぎひとつするのも恐ろしい。
「申し遅れました。私はサージェクト・ルクシエル・ヴェリウスと申します。陛下の直参として執務官を務めさせて頂いている者です」
そう言うとヴェリウス卿はユゥハの手の甲に口付けを落とす。
(……この人なんか恥ずかしいっ! 私貴族じゃないし、そーゆーの要らないですよ! 手汚いし、美形の唇が、私の、その……うわ――っ何かむずむずするっ!)
「あ、……えっと。私はユゥハ・ルーミオ……です。路上で似顔絵描きをして……、って直参っ!? ちょっそれってすっごく偉い人じゃあ……?」
「いえいえ。単なる陛下のお守り役ですから。それ程偉くもありませんよ?」
(……ウインクとか止めて欲しい。破壊力が強過すぎます。まるで、そうヴァンの絵の中の登場人物みたいで心臓に悪いよ)
ユゥハは顔を真っ赤に染めてヴェリウス卿を見る。この顔に慣れるのは至難の業だ。そして私には、到底無理だ。