閑話 挿入花、やるせなさには果てが無い
「ただいま――! ってぎゃああああ!! 化け物――!」
戸を開けて帰宅した一号室の居住者である少年は、鞄と二つの郵便物を取り落とし、視界に入ったキゼルの顔に悲鳴を上げた。
「誰が化け物じゃコラァ! 画家長屋の大家なら俺様の芸術にもっと敬意を払えや!」
キゼルの全身には刺青が刺され、それは顔にも及ぶ為、その姿は異様であった。純粋な肌の色が極端に少ないその様は、最早人外の域に達している。
「子供には刺激の強過ぎる顔ですからね――」
フランはしみじみと頷き少年に同意する。
「おっさん等何勝手に俺ん家で寛いでんの?」
フランの言葉をさらりと無視した少年は、五人をじろりと睨み付けると溜息を吐いた。
「……おっさん」
フランが少年の言葉にショックを受けて打ちひしがれているのを余所に、ジョアンは悪びれも無く頭を掻きながら締まりの無い顔をして笑った。
「いやあ、ちょいと小腹が空いたもんで」
「小腹どころかがっつり食ってんじゃん! 俺のおやつ」
少年はテーブルの上の皿を指さし地団駄を踏む。
「いいね、おやつがある生活。僕らにとっては数日振りの食糧だというのに……」
キュリオは遠い目をしながら少年の顔を見つめた。その表情は悲壮感を漂わせている。
「俺のせいじゃないし、それ。もう殆ど残ってないんだけど」
少年は再度溜息を吐き、肩を落とす。少年の様子に流石に悪いと思ったのかキゼルは怒りを鎮めて返事をした。
「人聞き悪いぞ、コレはユゥハが大半食ったんだぜ?」
「え――――?」
「あ、そうみたい。ごめん」
ユゥハは少年の落とした郵便物のひとつを拾いながら顔を上げる。少年を視界に入れると、困ったように笑い首を傾げた。
「いや、姉ちゃんなら良いんだ別に。うん」
少年はユゥハの顔を見た途端顔を赤らめモゴモゴと口を濁した。
「ヒイキだ……」
「あの……フランが隅で茸生やし始めちゃったんだけど」
キュリオがおずおずと部屋の隅を指さすと、皆の視線がそちらに向く。
「おっさんじゃない。おっさんじゃない。おっさんじゃない。おっさんじゃない。おっさんじゃない。おっさんじゃない。おっさんじゃない。おっさんじゃない。おっさんじゃない。おっさんじゃない」
膝を折り座り込んだ格好のフランが、ひたすら呟くのに少年は顔を引き攣らせた。
「あの――、フランさん? おっさんはそこの人外とジョアンの事だから。別にフランさんに向けて言ったんじゃないから」
「私はおっさんじゃない」
「駄目だこりゃ。ユゥハ宥めて――」
少年があたふたと弁解してもフランの鬱状態は収まる様子が無い。キュリオは溜息を吐きユゥハの方へ振り向いた。
「今食べるのに忙しい」
ユゥハの視線は依然クッキーから離れようとしない。ちゃっかり自分宛ての郵便物を膝に確保しつつ、咀嚼を続ける。
「まだ食べるのかよお前。いいからキュッと絞めて来い」
ジョアンは呆れてユゥハの頭を小突くと、フランの方へと促した。ユゥハは渋々立ち上がり、部屋の隅で蹲ったままのフランの前に座った。
「フラン? フランは脛毛生えてないから三十過ぎてもおっさんじゃないよ?」
「本当ですか?」
「何だその暴論」
キゼルはユゥハの発言に思わずつっこみを入れる。
「心が少年のままなら、どんなに歳食っても少年なんだよ人って。ヴァンが言ってたもの」
根拠の無い言葉をユゥハが自信満々に言うと、フランは神妙な顔で頷き目を輝かせた。
「そうなんですか、カンディンスキー殿がそう言うのならそうなのでしょう」
「出た変人信者。ホントにそんな事言ってたのか?」
ジョアンはヴァンを盲目的に信じるフランの様子にげんなりしながらも、胡乱な目でユゥハに尋ねた。
「さあ?」
「さあって……」
「フランが納得するのにはコレが一番かなって思って」
ユゥハが悪びれもせずに、慣れた様子で答えると、ジョアンは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「いやまそりゃそうだけどさぁ。もちっと捻れよ毎度の事だがよ」
お鉢が回ってきたら迷わず実力行使で昏倒させるであろう自身を棚に上げ、ジョアンは文句を垂れるのだった。
「……クッキー全部食べた?」
少年がわなわなと手を震わせながら皿を掴むと、皆の視線は一斉に空になった皿の上に注がれる。
「「「「あ……」」」」
「うん、ごめん?」
最後の一枚を口の中で飲み込んだユゥハが唇をぺろりと舐めると、各々が膝を付いて涙を流したのだった。




