閑話 挿入花、変人共は遠慮が無い
十話の後日談です。本編には今の所関係の無い人達が出てきます。日常話みたいなものなので、軽~く楽しんで下さい。
ボリボリ、ボリボリと咀嚼する音が室内に響く。テーブルの上に置かれたクッキーを貪るべく伸ばされた手は全部で五対。テーブルを囲み十本の手が忙しなく動いている。
台所の天井に付けられたランプは、橙色をした光をテーブル上に落とし人型の影を作る。その影は少々騒がしい奴らのものであった。
「旨ぇな、これ」
クッキーをつまみながら呟いたのは四号室のジョアン・プトル。煤けた顔を洗う事も無く、かれこれ二週間程固いパンのみで生活している。ついでに言えば三日前からそのパンすら無い生活だ。
「アンジー女史の手作りだそうですよ」
唇に付いた屑を舐めながら返事をするのは七号室のフラン・フランディオ。日陰の茸の様に、専ら部屋に引き篭もって黄昏ているのが通常運転である。今は奇跡的に元気であった。
「誰だよ女史って、あんなの糞ババアでいいだろ」
両手でクッキーを口に放り込み悪態を吐いたのは六号室のキゼル・イラ。刺青を刺した半裸のままでの野外徘徊は、露出狂だという自覚が無い。今も短いズボン一丁で椅子に座っている。
「そこは普通にマヌサ小母さんでいいんじゃない?」
一定の間隔で咀嚼を繰り返すのは三号室のユゥハ・ルーミオ。言わずと知れた主人公たる彼女は、昨日の疲れを感じさせるやつれた表情で、王城からの手紙が届くのを待っている。その為少々気もそぞろだ。
「それより勝手に食べていいの? クッキー。ていうか、ユゥハ……」
罪悪感に苛まれながらクッキーを口に運ぶのは五号室のキュリオ・ルディン。平凡な青年である彼は、残念ながら特筆すべき特徴を持ち合わせていない。……本当に残念ながら。
「「「「お前、食い過ぎ!」」」」
四人が口を揃えて叫ぶと、ぼんやりとしていたユゥハは手を止め顔を上げた。
「ふえ?」
見ると皿に盛られたクッキーは半分にまで減っていた。下らない世間話に適当に相槌を打っていたユゥハは、地味に手を止めていない。その為、さり気に一番食べているのだった。
「おいおい、人ん家で遠慮が無さ過ぎるだろうがよ」
ジョアンが呆れ顔で窘めるが、ここは彼の家では無い。
「そうだぞ。何で俺より食ってんだよ、ずるいぞ!」
キゼルが恨みがましく睨み付けるが、クッキーは彼の物では無いし、当然彼の家でも無い。
「何か落ち着き無いよね? 体調悪い?」
キュリオが脇のソファに横になるよう勧めるが、勿論彼の家では無い。
「昨日疲れた顔で帰って来てましたよね、知らない男に担がれて」
フランが目を輝かせて尋ねるが、言わずもがな、ここは彼の家では無い。
「……フラン見てたんだ――。それ忘れていいから」
ユゥハが虚ろな目でテーブルを見つめる。もうそろそろ飽きて来ただろうが、実は彼女の家でも無い。では誰の家かと言えば……
大家の住む一号室である。
画家長屋の変人共は、留守宅を預かるユゥハにかこつけて食料を漁りに来たのであった。大家のマヌサとその息子親子の三人で暮らす一号室は彼らの暮らす部屋より広い為、遠慮無くたむろしていたのであった。