前哨 薄墨の顔、路傍の似顔絵描き
始めまして! 義已暁です。
画家の少女が主人公の異色魔法モノ? です。初めのうちはコメディタッチですが、途中グロくなるかもですのでそれでも宜しい方は読み進めて下さいまし~。
薄汚れた深緑の長衣が地面に擦れて埃を巻き上げる。目深に被られたフードから覗くのは藁色の髪と琥珀色の瞳。頬や腕には擦り傷が垣間見え、痩せた華奢な身体は煉瓦の壁に寄り掛かり膝を抱え込んだ体勢のままだ。
少女は喧噪の中静かに視線を彷徨わせた。
(成果はなし……と)
地下街に続く階段の脇でスケッチブックと鉛筆を抱えたまま少女は溜息を吐く。王都の中央通りは夕刻にもなれば人で溢れるが、生憎と彼女の前で立ち止まる客はいなかった。視線の先には空き缶が立てられている。
勿論中身は空っぽだ。
少女は恨めしげに空き缶をつま先で蹴っ飛ばす。カラランッ……物悲しく転がったままの空き缶に空しさが湧いてきて、本日十二回目の溜息を吐いた。
少女の名前はユゥハ・ルーミオ。路上で似顔絵描きを生業とする貧乏画家だ。
毎日ねぐらとする地下街の長屋から、煤汚れた小路を抜けこの中央通りに詰めているが、客入りは人波に比例して増えたりはしなかった。日中殆どの時間をここで過ごす為、口はカラカラに渇くし、馬車や人波に煽られて砂埃を被った身体は全体的に白っぽい。それでも十日通えば銅貨を五・六枚稼ぐ日もあるので疎かにする訳にもいかない。
ユゥハは沈みかけた太陽が地面に揺れるのを見て渋々立ち上がる。今日はもう客は来そうにない。日が完全に沈めば表道といえども治安は悪くなるし、灯を買う金も無い。早々に引き揚げなくては暗闇の中、地下を彷徨わなくてはならなくなる。
裾の埃を手で軽く払うと、商売道具でもあるスケッチブックを鞄に突っ込む。継ぎ接ぎの鞄は所々解れているが、使えれば問題は無かった。
階段の手摺りに手を掛けて、つま先をトントンと叩いていると、後ろから肩を掴まれる。いきなり後ろに引かれたのでユゥハの身体はグラリと傾き、慌てて手を前方へ突き出してバランスを取ろうとする。その腕を引き寄せられ、いつのまにか見知らぬ黒衣に抱き寄せられていた。
「あぷ! ……えっと、あのー、済みません?」
バランスを崩したのはユゥハだが、そもそもの元凶は彼の人だ。むっとするべきか一瞬迷って、しかし取り敢えず謝っておく。相手が誰か分からないのに喧嘩を売る訳にもいかない。
「……済まぬ、驚かせたな」
黒衣の人は押し殺した低い声でユゥハの耳元に囁いた。仰ぎ見ると、その男の碧眼と視線がかちあい目を見開く。
(……貴族だ、この人)
襟元から覗く質の良いタイと、金糸で縁取られた上衣でそこらの平民ではないと当たりを付けたユゥハはさっと身を引いて顔を伏せる。
「私が、何か?」
「店仕舞の所悪いが、少し時間を取れまいか?」
黒衣の男は、頭二つ分は小さなユゥハを身下ろして急いた声で問う。男の言葉にユゥハは顔を上げた。
黄昏に暮れる陽を浴びて、男の紅髪は炎のように揺らめいていた。
「そこの馬車の前にいる男を描いてくれ」
男の言葉に慌てて指差された方を見る。そこには今まさに馬車に乗ろうとしている壮年の男がいた。
「あの灰色の髪の方ですか?」
ユゥハは壮年の男を視界に入れながら、スケッチブックを鞄から引き抜く。
「そうだ、済まぬが急いでくれ」
黒衣の男はそう言いながらも、馬車の方へ鋭い視線を縫い付けたまま、ユゥハの肩を掴んでいた。掴まれた肩が軋んで痛みを覚えたユゥハは、眉を寄せながらも鉛筆を走らせる。どうやら訳有りらしい客は、描き終わるまで手を放してくれそうにない。
「……これで宜しいですか? ロード」
さっと走り描きした絵を顔の前に掲げて見せると、男は目を見開いてスケッチブックを破っていた。
「驚いた。……これなら見失っても後を追えそうだ。礼を言う」
スケッチブックと一緒に硬貨を押しつけて、男は角に消えた馬車を追って走り出してしまった。男が完全に視界から消えたのを見送ると、ユゥハは掌の中をそろそろと覗きこんだ。
掌の中の硬貨は黄金色に煌めいていた。
「……本物、よね?」
ユゥハの手の上ではバウティアヌス十二世の横顔が捺されたバウール金貨がぴかぴかと存在を主張していた。記憶が正しければマルーア銅貨千枚分の価値がある筈だ。
「どうすればいいのよ、コレ?」
平民が持つには荷が重すぎる金貨に、ユゥハは頭を抱えた。取り敢えず、夜道は照らせそうではあるが……。
沈み込む陽に急かされて、ユゥハは地下街への階段を駆け降りた。
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