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太陽詩  作者: 柊 サラ
1/1

プロローグ

 ―――タッ、タッ、タッ……

 暗闇の中を、一人の少女が走っている。

 ―――ひた、……。

 その後ろから、小さな足音がついて来る。ほんの微かな、ともすれば気のせいで片付けられてしまうような小さな音だったが、それは確実に、逃げる少女の背後を遅れることなく進んでいた。

「はぁ、はぁ……」

 息が切れる。

 肺に上手く酸素がいき届いていなかったが、沸き上がる底知れない恐怖に突き動かされるように、少女は無理矢理に足を前に進めていた。

 ―――ひた、ひた……

 走る少女に対し、足音は歩いている。しかし、どんなに少女が逃げても、足音が遠ざかることはなかった。

 その足音の主が、何か得体の知れない存在であることは判る。けれども、体の奥底で生み出される恐怖が、少女に振り向いてその正体を確かめることを阻止していた。

――っ!?

 と、不意に足元にあったはずの地面が消える。地の底へと落ちていく中、ふと見上げてしまった少女の視線の先に、小さな少年が見えた気がした。


   ◇ ◇ ◇


 気が付くと、少女は自分と同じ年頃の女達と列に並んでいた。着ている服も、少女には見覚えのないものだ。似たような服装の女達は、順に小さな穴の中に置かれた像へと祈りを捧げていく。

 番が来て、少女も他の女達がしていたように穴へ潜り込む。像に手を合わせ、外に戻ろうと身体の向きを変えた、その時だった。

 ―――どさっ

 急に、視界が夜のような闇一色に覆われた。いや、違う。入り口が塞がれたのだ。

「え―――?」

 混乱しながらも、少女は自分に何が起きたのかを、薄々理解していた。――選ばれてしまったのだ、自分は。

 少女の暮らす村には、村の祖と言われる氏神がいる。農耕で生計を立てている人々にとっては、恵みをもたらす無くてはならない神だった。しかし、数十年に一度、村を飢饉に陥れては若い娘を贄として求めてくるという、困った神でもあった。

 その神の話も、娘が贄として捧げられる方法も、幼い頃から何度となく聞かされて知っていたというのに、迂闊だった。どうりで、他の女達が穴に入るのに怯えるわけだ。

 そうして、何も気付かなかった自分が選ばれた。

――それとも、気付いていたのかしら?

 充満した暗く冷たい土の臭いに眉をしかめながら、少女は考える。

 少女の家族は、年老いた祖母と病弱な母、それから幼い弟が一人。父親を早くに亡くし、村でも最も貧しい暮らしをしていた。

 少女を贄として選んだのは、村の有力者達だ。逆らえるはずもなければ、出ていったところで、今度こそ、家族もろとも贄にされるのがおちだろう。

 つまり、選択肢は残されていないということだ。

――仕方ないことなのよ……。どうか、私がいなくても幸せに……。

 少女が諦め混じりの溜め息を吐くと同時に、入り口を覆っていた土が内側に崩れてきた。おそらく、少女が逃げ出さないようにと、外側から更に土をかけたのだろう。

 身体が埋まり、自由がきかなくなる。口の中にも土が入り、息ができない。苦しさから藻掻こうとしたが、無駄に体力を使い果たすだけだった。

――せめて、もう一度光を……

 外を求めて伸ばされた少女の手から、やがて力が抜けていった。


   ◇ ◇ ◇


 ―――ひゅぅ……

 湿り気を帯びた冷たい風が、少女の白い肌を撫でていった。

 身体が揺れている。舟の上にでもいるのだろうか。

 そうだと完全に判断できないのは、少女の視界を、何か白い布が覆っているからだ。わずかな隙間から入ってくる月光以外は何も見えないため、少女は他の感覚を使って辺りの様子を探るしかなかった。

 ――何かしら、これ。

 そうしていた少女は、手足の自由が利かないことに気付く。細い紐のらしき物で縛られている。葉が付いていることから、どうやらそれは蔓のようだった。

「――立ちなさい」

 舟に同乗していたらしい男に声をかけられた時、彼女は全てを思い出していた。

――そうよ、私……これから、この湖に捧げられるんだわ……。



 ごく普通に暮らしていた少女の運命は、いきなり訪ねてきた王宮の使いにより一変する。王の命令だと、有無を言わさずに少女は城へと連れ去られた。翌月に結婚を控えた少女とその婚約者の意志など、お構い無しにだ。そうして、あっという間に贄として捧げられることが決まってしまった。



「……はい」

 消え入りそうな声で返事をして、少女は自由の利かない手足でどうにか立ち上がる。小さな舟らしく、少しでも動くとひどく揺れた。

 男が、自分のすぐ背後に立つ気配がする。突き落とされると判った時、思わず口を開いていた。

「あ、あの……彼に、伝えてください。――ごめんなさい、と」

「……そうしよう」

 一拍の間を置いて、男はそう答える。

「――ありがとうございます」

 安堵した声色でお礼を言ってみせた少女に、これから殺させる人間からまさかこんな言葉が出るとはと、男がわずかに目を見開く。視界を奪われている少女は、不自然な男の気配に内心首を傾げるだけだった。

 その時。

「…………っ―――!!」

 遠く離れた岸辺から、誰かの叫ぶ声が聞こえた。

 はっとして、少女が顔を上げる。

 今、確かに名前を呼ばれた。

――忘れて、って言ったのに……。

 ひどく聞き慣れた、愛しい声。それは、彼女の婚約者のものに間違いなかった。

 儀式の間は立ち入りが禁止されている湖畔にいるということは、また無茶をしたのだろう。今すぐに飛び込んでしまいたいような衝動に駆られ堪らず顔を伏せた少女は、しかしすぐに微かな声をたよりに婚約者のいる方向を探そうとした。

「――行――っ!!」

 行くな。そう叫んでいるのだろうか。再び聞こえたその声に、少女は確信する。――この視線の先に彼はいる、と。

「………」

 少女は、彼にだけ向ける微笑みを浮かべた。彼にその表情が見えるはずもない。けれども、少女は彼が自分を見ていると感じた。

――どうか、私なんて忘れて、幸せに……。

 そう、心の中で言い終わると同時に、少女の身体は押し出されていた。

 ―――ザン……。

 水面(みなも)に叩きつけられた衝撃と、凍るような水の冷たさに息が詰まる。驚いて水を飲み、むせて大半の空気を吐き出してしまった。そのせいか、一向に身体が浮上する気配はない。それどころか、水底に引き込まれるような気配さえ感じた。

 水に浸かって結び目が弛んだのか、視界を覆っていた布が外れる。遥か頭上に、月明かりに照らされてうっすら光る湖面が見えた。

 少女にはそれがとても綺麗とさえ思えて、一方で、徐々に強くなっていく息苦しさと水圧から、意識が遠退いていく。

 手足を縛られたままの少女は、意識を手放すその瞬間まで、先程自分が乗っていた小舟が、水面をゆっくり帰っていくのを眺めていた。


   ◇ ◇ ◇


「――っ」

 気が付くと、少女は再び暗闇の中を走っていた。何が起きたのか一瞬理解できず、その場で足を止める。

 ―――ひた。

 少女のすぐ背後で、例の小さな足音も歩くのを止めた。

「――!?」

 少女は、息を飲む。その存在のことを、すっかり忘れていたのだ。

 ―――シン……

 音を出していた唯一のモノが足を止めてしまったため、辺りは静けさに満たされていた。耳に届くのは、自分の呼吸と鼓動の音だけ。

 恐怖と、それから静寂とに耐えかねて、少女は勢いよく背後を振り返った。しかし……。

――っ、嘘!?

 足音が止まり、確かに何かが()ったはずなのに、そこには誰も居なかった。

「どうして……」

 緊張の糸が切れ、その場に座り込む。

 あの足音は自分の気のせいだったのだと、そう言い聞かせて落ち着こうとしたのだが……。


 ―――ひやり。


「――っ!?」

 いつの間にか背後から手が伸ばされ、少女の頬にあてられた。小さい、まだ子供のものと思われるその手だったが、その異常なまでの冷たさが、それが生きている人間のものではないことを物語っている。

「――むかえにきた」

 幼い男の子のような声で、その存在は言った。

――え……?

 少女は、再び身体を強張らせながら、その声を聞いていた。

 子供の声なのに、ひどく大人びた口調で、その声は少女に告げる。

「おまえを、つれていく――――」

「―――っ!?」

 その声の通りに、頬にあてられていた手が首に回され、子供のものとは思えない力で引き摺られそうになる。首が絞まり、息苦しさから藻掻いたが、少しも力は弛まない。

 薄れゆく意識の中、何かに縋るように伸ばされた少女の手が、空を切った。


   ◇ ◇ ◇


「―――っ!?」

 暗闇の中、少女は飛び起きた。目を見開き、両腕で小刻みに震える身体を包み込むように抱きしめたまま、自分の荒い呼吸を聞いている。

 しばらくして頭が覚醒してくると、少女は深い溜め息を漏らした。

「はぁ………」

 緊張の解けた腕が、とさり、と力なく下ろされた。

――また……。

 そう、「また」なのだ。

 一年程前から見るようになったこの夢は、始めこそ数ヵ月に一度だったのだが、それが数週間になり、数日になり、最近では毎晩のように見るようになっていた。だから、いつも寝たくないと思うのだが、昼間の疲れもあり、いつの間にか眠っているらしい。

〝お前を連れて行く〟

 まだ耳に残っているその言葉が、幼い声のまま再生される。昨日までは「迎えに来た」と言うだけだったのだが、今夜の夢は違った。妙にリアルで、それなのに不思議と悪意の感じられない声。それだけに、その言葉が現実のものになるという幻想への恐怖が消えない。

――寝なくちゃ……。

 まだ日の出は程遠い。いくら人より早く起きる必要があるとはいえ、こんな明け方ともいえない時間から起き出していては、昼間がもたない。

 再び横になり、目を閉じてはみるものの、またあの夢を見てしまいそうですぐに起き上がる。

 当分は眠れそうにないと思いながら、少女は窓の外を横切る月を眺めていた。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


 ……いきなり申し訳なさ過ぎるお知らせがあります。


 この『太陽詩』の話の概要はかなり前に出来ていたのですが、荒削りな部分が多かったため現在プロットを立て直している最中です。なので途中の展開が中抜けと言う……。

 なので超不定期更新となりますが、基本的に一話完結風にするつもりなので、中途半端な状態で長時間放置にはならないようにしたいと思っています。


 次回は旅立ちの部分をまとめて投稿する予定です。

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