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黄金竜の矛と、紅き夜の盾

視界は真っ白なノイズに覆われ、右腕の喪失感すらわからない。

ただ、左手を引いてくれる誰かの手だけが、「温かいはずだ」というデータとして私の脳内に存在していた。


『――愚かな。アイリスは既に致命的な破損を起こしています。もはや歩くことすらおぼつかない特異点を庇いながら、どうやって私の最深部へ到達するというのですか』


神の無機質な声が、全方位から降り注ぐ。

『夜の眷属。竜の末裔。あなたたちは、彼女にとってただの足手まとい(バグの増幅器)でしかない。あなたたちが彼女に縋るから、彼女は無意味な代償を払い、壊れてしまったのです』


神の言葉は、氷のように冷たく、残酷な真実を突いていた。

私がボロボロになったのは、二人を守ったからだ。

でも、私の心には後悔はない。ただ、左手を引く二人の足がピタリと止まったことだけが、音の反響でわかった。


「……黙るよろし」


静寂を破ったのは、地響きのような低く、怒りに満ちた声だった。

「足手まとい? ワタシたちが、アイリスの邪魔をしてるアルか……? 舐めるなヨ、このポンコツ機械がぁぁっ!!」


ゴォォォォォッ!!!

凄まじい風圧が私の頬を叩く。目が見えなくてもわかる。鳳鈴の小さな体から、かつてないほど巨大で、暴力的なまでの黄金の闘気が爆発したのだ。


「アイリスはワタシたちのために、武術を捨てた! 右腕を捨てた! 光を捨てた! ……なら、ここから先は!!」

バキバキと、鳳鈴の骨が軋む音が響く。

「ワタシがアイリスの『右腕』になるアル!! ワタシの拳が、アイリスの道を切り拓くよろし!!」


全竜化。いや、それすらも超えた、命を燃やす極限の闘気。

『――迎撃プロトコル起動。物理絶対防御の障壁を多重展開します』

神の前に、分厚い光の断層が幾重にも現れる。いかなる物理攻撃も届かない、システムの絶対領域。


だが、鳳鈴は止まらない。

「竜神奥義・絶天神砕拳!!!」

轟音。鼓膜が破れそうなほどの衝撃音が連続して響く。

神が「絶対に壊れない」と定義した光の障壁を、鳳鈴が純粋な暴力と気迫だけで、一枚、また一枚とガラスのように叩き割っていく。


「ルナリア! アイリスを連れて走るアル! ワタシが全部ブチ抜いてやるよろし!!」

「……言われるまでもないわ、阿呆娘」


ルナリアの声が、私のすぐ耳元で響いた。

「アイリス、走れるか。我が、貴公の『目』になろう」

「うん。ルナリアの足音についていくよ」

私が頷くと、ルナリアは私の左手を強く引き、鳳鈴がこじ開けた光の道を駆け出した。


『――空間座標を書き換えます。目標をデリート領域へ強制転送』

神が、システムの根幹ルールを弄り、私たちが走る床そのものを消滅させようとする。


「させるかぁっ!! 《夜天・血河の宴》!!」

ルナリアが叫ぶ。彼女の体から、2000年間溜め込み続けた真祖の魔力と、月の光が混ざり合った紅い濁流が噴き出した。

それは消滅していく空間を無理やり『血の海』で塗り潰し、私たちが走るための新しい道を強制的に創り出したのだ。


「……ルナリア! 魔力を使いすぎだよ、体が……!」

目が見えなくても、彼女の息が上がり、命の火が削られているのがわかる。

だが、ルナリアは高らかに笑った。


「案ずるな! 我は誓ったのだ、貴公の盾になると! 盾が主の後ろに隠れてどうする! 貴公が世界を見えないというのなら、我がこの血で、神の元まで赤い絨毯を敷いてやろう!!」


前を走る鳳鈴が、神の防衛兵器を次々と素手で粉砕し、鉄くずへと変えていく。

「おらぁっ! そこをどくアル! ワタシのアイリスが通る道よろし!!」

横を走るルナリアが、空間の崩壊を血の魔力で縫い止め、私の足元を完璧に支え続ける。

「行け、アイリス! 右は我が守る、左の瓦礫には気をつけよ! そのまま真っ直ぐに踏み込め!!」


圧倒的だった。

今の二人は、システムの理屈も、神の絶対防御も、すべてを跳ね除けるほどの『執念』の塊だった。

私が失った「武術」は鳳鈴が。私が失った「視力」はルナリアが。

二人は、何もかもを失った私という欠陥だらけのパズルを、その命を燃やして完璧に補い、神の玉座へと押し上げているのだ。


『……理解不能。ただのデータに過ぎないあなたたちが、なぜそこまでして……!』

システムが、初めて動揺を含んだような機械音を鳴らす。


「ただのデータじゃないアル!」

鳳鈴が、最後の一番分厚い光の障壁に、拳を叩き込む。

「ワタシたちは、家族アル!! 仲間アル!! このポンコツに、ワタシたちの大切なアイリスを、これ以上傷つけさせてたまるかぁぁっ!!」


パァァァンッ!!!

神を守っていた最後の絶対障壁が、鳳鈴の竜の一撃によって完全に粉砕された。


「今だ、アイリス!!」

ルナリアが私の左手を強く引き、前に押し出す。

私の左手が、冷たくて硬い、巨大な球体――神のコア(中枢)にピタリと触れた。


「ここまで連れてきてやったぞ、我らの愛しきバグよ! あとは貴公の好きにしろ!!」

ルナリアと鳳鈴の、誇り高く、そして優しさに満ちた声が背中から聞こえる。


「……うん。ありがとう、二人とも」

私は、光を失った目を神のコアへと向けた。

二人のおかげで、ついに手が届いた。

私は、この狂った世界を管理するシステムの大本に、深く、深く『同期』していく。


定義改変システム・オーバーライド。……実行エンター


私にすべてを託してくれた、最高の【仲間】の未来を創るために。

私は、自分の存在証明をかけた、最後で最大のバグをシステムへと打ち込んだ。

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