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追放と欠落、そして夜の底の赤い瞳

1日5話更新で20話ほどを予定しています

「ステータス、オールゼロ。貴様のような完全なる『無能』は、我が聖騎士団には不要だ。即刻、この王都から立ち去れ」


冷ややかな大理石が敷き詰められた騎士団長室。

豪奢な机越しに見下ろしてくる団長の頭上には、『Lv.85/天騎士』という輝かしいホログラムの文字が浮かんでいた。


この世界、エーテル・リンクでは、すべてが『システム』によって数値化され、管理されている。魔力、筋力、才能。生まれた時に与えられる役職ジョブと上限レベルが、その人間の人生のすべてを決定づけるのだ。

そして私の頭上に浮かんでいるのは、『Lv.0/解析不能エラー』の文字。


「……はい。今までお世話になりました」

私は短く頭を下げ、踵を返す。

悲しくはなかった。悔しくもない。だって、彼の言う通りだからだ。既存のシステムにおいて、私は何の役にも立たないゴミなのだから。


ただ、ふと思う。

私、どうして騎士団なんて窮屈な場所に入ろうと思ったんだっけ?

あぁ、そうだ。昔、お母さんに木彫りの剣をもらったんだ。

『アイリスは強いね。いつかきっと、誰かを守れる立派な騎士になれるよ』

その声はとても暖かくて、頭を撫でてくれた手のひらは大きくて優しかった。だから私は、そのお母さんとの約束を守るために、夢中になって必死に剣を振ってきたのだ。

うん、大丈夫。騎士団をクビになっても、その思い出さえあれば、私は一人で生きていける。


王都の巨大な門をくぐり、冷たい夜風が吹きすさぶ荒野へと足を踏み入れた。

月明かりだけが頼りの暗い道を歩き始めて小一時間。

背後から、意図的に消された複数の殺気が近づいてくるのがわかった。


「……五、八、十人か」


立ち止まり、振り返る。

闇の中から音もなく現れたのは、黒装束に身を包んだ暗殺部隊だった。手にはシステムで強化された凶悪な魔力刃が握られている。

「無能とはいえ、一応は元聖騎士。生かしておいては外聞が悪いという団長閣下のご判断だ。恨むなら、己の無能さを恨むんだな」

リーダー格の男が冷酷に告げ、十人が一斉に私へと飛びかかってきた。


逃げ場はない。防ぐ手立てもない。

「……面倒だな」

私は小さくため息をつき、私にしか見えない「世界の裏側」へと意識を繋いだ。


定義改変システム・オーバーライド


私の声に反応し、世界という名の巨大なパズルが一瞬で組み替わる音がした。


「私に向けられた『敵意』の終着点を、すべて『自壊』に書き換える」


カシャッ。

次の瞬間、空中で刃を振りかぶっていた暗殺者たちの体が、内側から弾けるように消滅した。

血の一滴、肉の一片すら残らない。

ただ光の粒子となって、夜風に溶けていく。最初からこの世界に存在しなかったかのように、完全にデリートされたのだ。


私は、無能じゃない。

神が作ったこの世界のルールから外れた、ただの特異点。物理法則だろうが、命の概念だろうが、私の都合のいいように書き換えられる最強のバグ。


「……ふぅ。これで追手は――」


パキンッ。


頭の奥で、ガラスが割れるような鋭い音がした。

「え……?」

直後、胸の奥にあったはずの、ポカポカとした温かい感情が、急速に冷えていく。

冷や汗がどっと噴き出した。指先が震える。

待って。やだ。嘘でしょ。


木彫りの剣をくれたのは、誰だっけ?

頭を撫でてくれたのは、誰だっけ?

私に、騎士になれと言ってくれたのは……誰だ?


『アイリスは強いね。いつかきっと――』


脳内で再生されていた声に、ひどいノイズが走る。

笑顔の輪郭が崩れ、名前が黒く塗りつぶされ、手のひらの温もりが急速に氷点下へと落ちていく。

「あ……ああ……っ」

思い出せない。何も、わからない。

私を形作っていたはずの、一番大切だったはずの【  】という概念が、根こそぎ引き抜かれてしまった。


最強の力を使うたび、私は『私』を失っていく。

システムが、バグである私をフォーマットしようと代償を請求してくるのだ。


「いやだ……いやだ、返して……」

膝から崩れ落ち、私は冷たい荒野の土を掻きむしった。

自分が自分でなくなっていく恐怖。空っぽになった心。涙すら出ないほどの深い絶望の中で、私はただガタガタと震えることしかできなかった。


どれくらいそうしていただろうか。

足元もおぼつかないまま、私はあてもなく夜の荒野を彷徨い歩いていた。

心を失った抜け殻のように。

やがて、朽ち果てた古代遺跡のような石柱が立ち並ぶ場所にたどり着いた時。


「……人間か。そこから、去れ……」


岩陰から、ひどく掠れた、消え入りそうな声がした。

ビクリと肩を揺らし、声のした方へ目を向ける。

雲の切れ間から差し込んだ月明かりが照らし出したのは、夜闇に溶けそうなほど美しい銀色の髪。

そして、飢えと虚無で濁りきった、血のように赤い瞳。


『種族:吸血鬼(真祖)/状態:極度の魔力欠乏』


システムが警告音と共に映し出したその文字を見た瞬間、私の震える瞳と、その美しい少女の赤い瞳が、静かに交差した――。

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