8話
「これだけの量だ。城に行った方がスムーズに換金できると思うが」
ウィルベニアの中心街にまで戻って来た3人は、大通りの前で立ち止まっていた。
大正門に地獣の部位を抱えて戻って来た3人を、衛兵は目を丸くして出迎えた。そして、オリンに向けられる目は、英雄を出迎えるようなもではなく、異質な者を見る、目。
セフィーラは衛兵に地獣討伐の部隊編成の中止の伝令を通達。衛兵は大急ぎで城に向かって走っていった。
3人の抱えた地獣の亡骸の破片は、ある意味金を抱えているのと同じだ。これを然るべき場所に預けると、精査の後、金となって返ってくる。
そこで城に向かうことを提案したのはセフィーラだ。
換金だけなら街の業者で事足りる。
だが、手元の戦利品は軽く見積もっても質が良く、量も多い。個人経営だと店の金が足らない場合もある。
ウィルベニア城ならば、研究のために素材を必要としていて持ち帰ることもある。勿論、一般人は足を踏み入れることは普段なら無いが、今はセフィーラの口添えもある。城の研究機関に持ち込んだほうが話が早いのがセフィーラの論だ。
それに、これを見越してオリンに共闘を求めたのもある。地獣の素材は、加護に耐えうる強靭さを持つ、有益な素材だ。
オリンは小さく言うと、城とは反対方向へと足を踏み出そうとする。その行動にセフィーラは眉根を下げ、嘆息する。
オリンは城を経由せず、
「君はどうしてそういう部分は幼稚なのだ。城の連中が気に入らないのは解る」
地獣の素材を買い取ってくれたり、それを用いた研究塔へは城に入って向かったほうが遥かに短縮できる。オリンはそれを良しとせず、大回りのルートを通ろうとしているのだ。
「付き合う私の身にもなって欲しいのだがな・・・」
辟易した様子で、セフィーラは溜息を吐いた。
アゾンとウィルベニアの関係は周知の事実だが、勿論それはそこで働く騎士とも同様で。
軍人であるオリンと、ウィルベニアの騎士は仲が良くないのをセフィーラは知っているからだ。無論、全員が全員とは言わないが。
「この度砦に新人が配属去れるということで、挨拶ぐらいはしていくのはどうだ」
セフィーラがシーアを横目で見て、言う。城へ行く口実にしようとしているようだ。
厳密に言えば、砦に新たな人員が増えようが、ウィルベニアへの報告義務はない。相互送兵制度が今は希薄になっているからだ。そもそもセフィーラを伝って、知られているだろう。
オリンはしばらく難しい顔をしていたが、セフィーラの言葉を飲み込んだようにゆっくりと城へと向き直る。
ふう、とまるで重い荷物を下ろした時のような開放感をセフィーラは感じた。多少強引でないと、オリンは城へ近づこうともしない。
セフィーラはもっと城の人間、特に騎士とは交流を深めて欲しいと思っている。
聖刻騎士団の、砦への印象は良くない。
オリン・ウォーラーを筆頭に、砦の人間は一癖も二癖もある連中ばかりだからだ。
人々の平和を守る、という共通の使命を持ちながら、その道は決して交わろうとしない。
手を取り合うとまでは望まぬまでも、現段階では歩み寄るという目標を達成して欲しいと切に思う。
広い目で見れば、騎士団と砦の確執もまた、戦いだ。
そんな些細な溝でさえ、セフィーラには存在して欲しくは無いのだ。
「私も、お城を見てみたいです」
挨拶は別としても、ウィルベニアの外から見ても荘厳な城の中を見てみたいというのは、シーアの正直な気持ちだ。田舎街で育ったシーアには多少なりとも憧れはある。
「・・・換金を終えたら、すぐに帰るぞ」
頭を掻きながら、オリンが重々しくも足先が城の方向へ向かうのを見て、セフィーラは可笑しそうに息を吐いた。
それにシーアも続く。その足取りは自然と軽やかになっていた。
その光景は、田舎で育ってきたシーアには見る物全てが新鮮に思えた。
砦と同じような石造りでありながら、その雰囲気はまるで違う。荘厳な雰囲気が周囲を満たし、背筋を引き締められる感覚を覚える。
磨き上げられた石床は、歩く人物の姿をそのまま映し出すかのようだ。
鎧を纏う者以外は、法衣を着た魔導に精通しているであろう者もいる。それ故ウィルベニアには加護という技術も生まれた。
キョロキョロとシーアが物珍しそうに見回しているのに対し、オリンは来たことがあるのだろう、城の中でも浮かれていたりはしない。
「この城の北西に技術科や魔導研究棟が連ねている。今からそこへ向かう」
セフィーラの先導で、3人は廊下を進んでいく。セフィーラの金属質の具足、オリン、シーアは靴底を鳴らしながら。
前方からひとりの騎士が歩いてくる。すれ違う他の騎士とは明らかに違う雰囲気を纏うのは、その鎧の綺羅びやかだけのせいではないだろう。
長身、背丈はオリンと同程度か。金髪を後で束ねた、整った顔立ち。
だが、その聡明な顔がオリンと目が合うや否や、その男の表情は険しくなる。
「この場所に相応しくない人間がいるようだ」
眉根を寄せた眼光は鋭く、敵意にも似た視線を投げつけてくる。オリンはその視線をまともに受ける気はないらしく、明後日の方向を向いている。
「・・・キュリオ・サージェイス。ウィルベニア聖刻騎士団、第4士隊の隊長だ」
困惑の表情を浮かべるシーアに、セフィーラが現われた男の名を目で指しながら告げる。
聖刻騎士団。それはウィルベニアの最高戦力の総称。他国にも名を轟かせるシンボルであり、この国に住まう人にとっては英雄であり、希望だ。
押し迫る銃火器に手を染めず、最後まで剣を捨てず、騎士道主義を貫いた。
時計の盤面を分かつように12に分かれた部隊は、民の平和と時を守るように、という意味を込められて生み出された。
聖刻騎士はその力だけでなく、高潔な魂でも世界に名を馳せる。当然、シーアもアゾンにいた頃にもその片鱗は耳にした。
「だったらとっととどこかへ行け。俺はお前には用はないぜ」
怒りでも敵意でもない。極めて平坦な口調でオリンは言った。
「貴様は口の利き方と己の立場というものを覚えた方がいい。ここは軍人崩れの居ていい場所ではない」
城の人間が砦に良い感情を抱いていない話は本当のようだ。キュリオはあからさまにオリンに不快感のようなものをあらわにしている。初めて会ったシーアでも、はっきりと感じられるほど。
「セフィーラ・レスト。君という人間が居ながらこの軍人崩れに城の敷居を跨がせたのか」
キュリオの瞳がセフィーラに滑るように向けられる。
「それに、地獣出現に対しての単独行動。規律違反は免れんぞ」
強力な力を持つ地獣には、一個小隊での対応が義務付けられている。どんな相手だろうが慢心を起こさないためでもある。不慮の事故も防げる。複数人で任務に当たることでチームワーク強化にも繋がる。スタンドプレーは、騎士としてやってはいけない行為のひとつだ。
「地獣出現はここよりすぐの場所だと聞いた。出撃まで手間取るようなら、あの場に居た私が向かうのが最良の行動だと判断した」
「・・・君も変わったな。砦の連中に感化されたか」
キュリオは、ウィルベニアでも腕の立つ人間だ。聖刻騎士団の一角という地位が責任感と共にそれを証明している。自分の勝手で他の騎士を士気を乱すことはしてはならない。
そして、キュリオは砦、特にオリン・ウォーラーに対して良い感情を抱いていない典型的な例でもある。
清廉潔白な行動を良しとする。良く言えば職務に忠実。悪く言うのなら融通の効かない、頭の硬さが目立つ。
真面目さではセフィーラと同等だが、柔軟性に欠ける。
隊長という地位に上り詰めるため、厳しい訓練を重ねてきたキュリオは、剣を使わずとも強さを手に入れたアゾンを良しとしていない。
そして、人ならざる特種という力を持つオリンを。
それ以前に、キュリオとオリンは反りが合わないらしく、顔を突き合わせる度に険悪な状態になるのだ。水と油問い表現がしっくり来る。
セフィーラはこの状況をどうにかしたいと常々考えている。
この聖刻騎士団。アゾン軍人。それぞれ同じ大陸に座する戦士なのは同じ。ひいては同じ志を持つ戦士なのに。手を取り合うことは一切しない。
それの原因であるキュリオの固く、誇り高い性格。オリンの信頼している人間以外の他者を寄せ付けない性格。このままでは同じ道を歩むことは一生起こり得ないだろう。
「君ももっと聖刻騎士の隊長に相応しい行動をしたまえ。特に蛮族にも等しいアゾンの人間を城に招くのはやめたほうが良い」
「・・・えっ。セフィーラさんって隊長だったんですか?」
「ん?言っていなかったか?」
シーアはセフィーラがウィルベニアの騎士であるということしか知らない。それが、12の部隊を率いるうちの、選ばれた人間のひとりであることは初耳だ。
シーアの羨望の眼差しに、セフィーラは居心地の悪そうに頬を掻く。
「自分から言うことでもないと思ったのでな」
聖刻騎士長は、ウィルベニアでも12人しか許されない尊敬されて然るべき至高の存在。世界に平和を導いたそれは、世界でも憧れられる人間だ。
「・・・見知らぬ人間がいるようだな」
キュリオの凍るような視線がシーアを見る。頭ひとつは高い距離から注がれる視線は、シーアの身を竦ませる。
「砦に新たに配属された新人だ」
「・・・シーア・ランベル、であります」
セフィーラに促され、シーアは形になっていない敬礼で返す。
「その身空で軍人になろうなどと、奇特な人間もいたものだ。その上こんな場所に配属されるなど、相互送兵が重要視されていない証拠だ」
誰の目から見ても未熟なシーアが、アゾンの最前線と揶揄される第0部隊に身を置くのはどう見ても分相応には思えないのだろう。
「それをお前にとやかく言われる筋合いはない。ウィルベニアは砦に介入しないんだろ」
セフィーラのような個人レベルならばともかく、ウィルベニアは砦の運営に干渉をしていない。
「くっ」と、キュリオは言葉を詰まらせる。
「よし、行こうぜ」
勝ち誇ったような顔で、オリンは廊下を進みだした。
それにセフィーラ、シーアが続く。
ちらり、とシーアが振り返ると、苦虫を噛み潰したような目でキュリオは一向を目で追っていた。
「君も彼を挑発するような言動や態度は控えるべきだ」
いくらオリンがウィルベニアの騎士にどう思われていようが気にしない性格とは言え、だ。
セフィーラの言葉を聞いているのかいないのか、オリンは前を向いたままだ。
「・・・シーア?」
そんな前を行く砦の隊長の態度に溜息を就くと、背後の少女の様子にセフィーラは歩みを落とした。
「キュリオの言うことは半分冗談だと聞き流してくれ。奴も心から憎んでいるという訳では無いから」
その証拠に、騎士団内でもハルーとセレネの人気は高い。
その柔らかく温かい人柄、そして主張する胸に並々ならぬ羨望を見せる人間も少なくない。
セレネに対しても、軽い怪我ならば城で治療せずに砦に行きたいと抜かす人間もいるくらいだ。
・・・さすがにフーリー愛好家という非公式団体は早々に潰しておいた方が良いのでは、と思わないでもない。
「キュリオのは病的と言っていいからな。あまり気にするな」
取り分け、キュリオは騎士が過去に軍人に遅れを取っていたという史実が気に入らないのもあるのだろう。銃火器よりも、何より己の腕を何より信じる。自分の聖刻騎士の隊長という称号に、誰よりも誇りを持っている。
「あの剣バカのことは放っておいて、さっさと行くぞ」
「・・・君が彼を焚き付けているのも、ひとつの要因だと思うがな」
セフィーラは、白い目でオリンを睨むのであった。




