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6話

 大正門は、ウィルベニアから他の地域への街道を通るための出口であり、入口でもある。

 かつての戦争の名残で、ウィルベニアの街には巨大な城壁で覆われ、街に足を踏み入れるにはここをくぐらなければならない。当然、シーアも砦に身を寄せるにあたり、ここを通った。

 衛兵が守護する場所を軍服でくぐるのは、砦への赴任よりもある意味緊張した。

 今日も礼に漏れず、大正門にはウィルベニアの誇る衛兵が警護をしている。

 が、その大正門は何やらざわめいている。おそらく、先程報告に来た兵士から地獣出現の報をすでに受けているのだろう。そこには明らかな警戒の色が見える。

 衛兵のひとりがセフィーラの姿を認めると、敬礼をする。

「地獣の出現を聞いた。報告は受けているな?」

「外れの森に現われたのは大型の地獣だと。・・・まさか、おひとりで向かうつもりですか?」

 この場には衛兵の姿を除けば、騎士はセフィーラのみ。向かうのは彼女だけだとでも思ったのだろう。

「君たちの目は節穴か?私の後には、最も信頼できて、頼りになる人間がいるではないか」

 それはオリンのことだと暗に言っているのだろう。衛兵の表情はすぐれない。お互いに顔を見合わせ、困惑するばかりだ。その衛兵の態度に、セフィーラは深く溜息を吐いた。

「・・・これだ。オリン。君は普段の態度や行動を柔軟に改めるべきではないのか?」

 咎めるように、セフィーラはオリンへと半眼を送った。対するオリンは明後日の方向を向く。

「・・・まあ、いい。そういうわけだ。これから地獣の捜索。退治に向かう」

 それに慌てるのは衛兵で。

「い、いえ!いくらレスト様だろうと、おひとりで向かわせる訳には参りません!」

 だが、衛兵の静止も無視してセフィーラはオリンたちを連れ立って大正門を越える。

「問題ない。それに、オリン・ウォーラーの能力は君たちも知る所だろう?」

 それは慢心ではない。確固たる確信に基づいた自信だ。

 セフィーラの言葉に、衛兵は困ったように言葉を継げないでいる。

「行こうか」

 セフィーラが先導し、大正門の境界を跨いだ。

 3人を追うことはどちらの衛兵にも出来なかったようで、その背中をただ見送ることしか出来なかった。


 周囲の景色が緑色になるに連れ、シーアの緊張も高まっていく。

 前方、左右、後方を警戒しながら歩くセフィーラはともかく、オリンは緊張感もへったくれもなく、これから地獣を相手にするかも知れないのに、呑気に欠伸を噛み殺し、頭を掻いている。まるで森の中へ散策に興じているかのようだ。

 楽天的なのもここまでくれば立派だ。無論、尊敬などできるはずもないが。

 地獣には、強さの差異がある。

 その頂点である天獣とはそもそも比べるまでのない隔たりがあるが、地獣に関しては個体によりいくつかの違いが見受けられる。

 まず、かつて大陸を覆った黒雲から流れ出した瘴気を浴びた動物が変質して生まれた『原典種(オリジンタイプ)』。

 それは元となった動物がどんな種類、個体であれ大元はそう呼ばれる。

 そして、片割れが原典種(オリジンタイプ)、番が通常の動物で繁殖した場合。そのケースは著しく能力を落として生まれてくる。

帰属種(ステロタイプ)』と名付けられたケースでも、それは十分人間に脅威をもたらす。

 両親がどちらも『原典種(オリジンタイプ)』のケースはその強さを維持したまま。

 細かい制約、遺伝のルールはあるものの、これが現段階で分かっている地獣の生態だ。

 それだけの脅威と遭遇するかも知れない時に、寝ぼけ眼を正そうともしない。

 それにしても、セフィーラ・レストがオリン・ウォーラーをここまで買う理由がわからない。自分が上の立場ならば、こんな危険な任務には連れていかない。

「君には耳うるさい言葉だろうが、我々騎士団の特別指南役を引き受けてくれる気はないのか?君の優秀な能力を活かすチャンスだぞ。無論、報奨金は弾む」

・・・この人は今、なんて言った?

 この、気合も何も入っていない人間を優秀だとのたまったのだ。操見えるのなら、いますぐ眼科に行くことをおすすめする。

「・・・嫌に決まっているだろ。面倒くせえ」

「物事は柔軟に考えるべきだ。安定した収入は砦のためになるだろう?」

 セフィーラは砦の懐事情を知っている?まあ、知り合いのようだから、知っていても不思議ではないのだろうが。

「本国からの資金が打ち切られかけても砦を維持しようとする心構えは立派だが、君には隊長として部下を食わせていく義務と責任があるのではないのか?」

 オリンが相互送兵制度が希薄になりつつある現代に置いて、砦を維持しようとする理由。それはアゾン軍人としてその本分を忘れまいとする、だらしないながらに心のうちに秘める、戦士としての誇りからか。

 だとしたら、少し見直した。

「あの砦が無くなったら、行くところがないからな。露頭に迷う」

 一瞬でも尊敬した自分が愚かだった。シーアは激しく後悔した。

「だったら私たちに協力して欲しい。聖刻騎士団にも匹敵する能力を持つ君に」

 ここまで来ると、怖い。

 セフィーラはなぜここまでオリンを課過大評価しているのかがわからない。セフィーラに弱みでも握られているのだろうか。

「いいよ。俺は誰かに教えるなんて柄じゃない」

 どこへでもなく、オリンはそう言葉を吐いた。遠い視線の先に、見えない誰かがいたような気がした。

「そうか。気が向いたらいつでも私に言ってくれ。口利きなら請け負うぞ」

 穏やかな顔をセフィーラが見せるのと同時に、オリンの足が止まった。

 静けさの満ちる森の中に、不穏が籠もる風が草木を撫でた。

「・・・隊長?」

 それに気付いたセフィーラも足を止め、戦士の顔に変化させる。

「いるぞ」

 オリンがそう呟くと、それを疑うこと無くセフィーラは腰の剣に手を掛ける。

 シーアは突如感じる困惑と戸惑いを隠しきれず、うろたえるばかりだ。

「近い」

 その威圧感を捉えたのはオリンだった。

 前方の薄暗い木々の奥の空間に、何者かがいる。

 ゆらり。

 それは微かな地響きすら感じるほど重圧で。明らかに人ではない巨大な存在が枝葉を折り重なる音が響いてくる。

 そして、それは姿を現した。

 めき、めき。

 枝を砕きながら、それは赤く濁った目を鈍く輝かせている

 体長は3メートルほどの巨躯。

 固い体毛に覆われた、獣。辛うじて二足でその巨体を支え、丸太のような太さを誇るその両腕は、人の身体など撫でただけで切断する爪が並んでいる。

「・・・地獣」

 震える声で、シーアが言葉を漏らした。

「情報は当たりのようだな」

 威圧感を押し留めているだけの、凶暴性を秘めた獣を前にしながらも、オリンは冷静さを崩さない。

「そのようだ」

 それに応えるように、セフィーラは静かに剣を抜く。

 この木漏れ日の僅かに照らす緑の中、光を反射する輝きを称えた、剣。

「『原典種(オリジンタイプ)』ならば、もっと身を震わせる気配を放つか?」

 帰属種(ステロタイプ)は、その個体の親のどちらかが地獣ではない子を指す。

 その能力は『原典種(オリジンタイプ)』同士から生まれた個体を僅かに能力を落とす。

「・・・そうだな。帰属種(ステロタイプ)と見ていいだろう」

・・・いや。

 それは本当の話なのか?

 目の前の獣は、心臓を直接握りこまれるようなプレッシャーを放っている。

 土だけではない汚れが爪にこびり付いている。それで幾人もの人間が犠牲になったのが容易に推測できる。

 それが、能力が格下の帰属種(ステロタイプ)

 その忌まわしき獣を狩るため、シーアは軍人に就いたのに。足が震えて、動かない。

 あんな口を吐いて置きながら。情けない。

「加護よ。我に力を」

 何かに祈るようなセフィーラの声で、シーアの意識は引き戻された。

 纏う鎧が淡い光を放ち、全身を覆う暖かくも優しい光は、見えない力となってセフィーラの頭から足先までを駆け巡る。

加護。

 ウィルベニアの騎士が硝煙の立ち込める世界から這い上がってこられた要因。

 纏う鎧。剣。

 身につけた装備品に特殊な刻印を施し、それと共に魔力を込める。

 それにより、魔導の心得のないものでも自身を強化する術を扱える。

 複雑な呪文詠唱を必要とせず、容易に攻撃力を増大させることのできるその技術は、騎士団の戦力向上を可能にした。

 だが、その流れ出る魔力を制御、コントロールには相応の鍛錬を必要とする。

 必要のない過剰な魔力を消費したり、過大な魔力の本流に身を縛りつけられることが、未熟な頃には見受けられる。それを御してこそ、ウィルベニアの騎士だと今の人間はいう。

 地獣は明らかな敵意に威嚇するように大きく吠え、両腕を高らかに上げる。その咆哮は森の中を大きく震わせ、どこかで鳥の羽ばたく音が聞こえた。

 セフィーラの構えに続くように、オリンも腰から銃を引き抜いた。

 その銃のフォルムを見て、シーアは目を見張った。

 オリンの手にしている銃はレオパルドと呼ばれる大口径の銃だった。アゾン製の銃の中でも初期モデルの物で、今となっては観賞用に成り下がり、コレクターが喜ぶ代物だ。現役当時でもその大きさを含めて、扱いにくさで有名な銃だ。

 技術の伴っていない初期かつ、攻撃力を求めるあまり、大きくて重厚な銃身は安定性に欠け、一発発砲しただけで腕が吹き飛ぶとも揶揄されている。

 携帯に向かない。弾丸自体もかさばり、重い。そんな武器を実戦で用いるなど、どんな神経をしているのだろうか。 

 この神経を擦り減らすような状況では、一瞬の静止が命を分かつのに。

 セフィーラが駆ける。文字通り、風のように。

 加護によって加速した足は、容易く、瞬く間に地獣との距離を詰める。

 剣が銀の軌道を描く。

 鋼の刀身が、鈍い斬撃音と共に地獣の胸部へと叩き込まれる。

 だが。

 ぎぃんっ!

 硬質の音が響き、セフィーラの剣は弾き返された。マントを翻し、セフィーラは高速の動きで間合いを取る。

 殺意のこもった地獣の爪が、今しがたセフィーラが居た場所を薙ぎ、葉ごと枝を寸断する。その枝ですら、人の腕ぐらいはある。

 恐れること無く再度足を踏み込み、セフィーラは飛ぶ。

 命を刈り取る爪を、セフィーラは剣で受け止め、いなす。小さく手首をひねると、力押しだけの地獣の攻撃はバランスを崩し、地面に倒れ込む。

「・・・反応強化のみではこんなものか」

 初手、次発での剣合わせで、セフィーラは地獣の力を推し量った。

「オリン!援護を頼めるか!」

 背後を振り向くこと無く、セフィーラは声を張り上げ、剣を構える。オリンの返事を待つこと無く、銀光が煌めいた。

 地獣の懐に刹那の動きで潜り込み、斬撃を放つ。

 相変わらず、硬質の毛の中に刀身は弾かれる。

 荒ぶる地獣の攻撃を素早い動きで避けつつ、剣を放つ。爪と交錯する斬撃が火花を生む。

「た、隊長」

 シーアの声が震える。

 どうかしている。

 オリンが銃を構えたのだ。交戦をしているセフィーラへと向かって。

 戦っている味方の中に銃を向けるなど、地獣どころかセフィーラに誤射する可能性がある。

 シーアの声が聞こえないかのように、オリンは躊躇いもなく引き金を引く。  

 まるで、目の前に地獣以外の影が存在しないかのように。

 重厚な発砲音が響く。

 瞬間。

 呻くような、くぐもった声が木立ちを揺らし、木の葉が砕け、地獣の身体が大きく頭部をのけぞらせた。

 放った銃弾は、見事に地獣の頭部に直撃した。

 しかし、額を僅かに穿っただけで、地獣は息絶えない。

 折れんばかりに曲がった首を元の位置の戻すと、そこには狂気に油を注ぐかの如く、ドス黒い血を額から滴らせ、口からは白く深い息を吐き出している。滾る闘争心が、あらわに垣間見える。

 揺れる木立と、その体毛がクッションとなって致命傷は免れたようだ。

 オリンの放った弾道は、セフィーラにはかすりもせず。

 背後のオリンの姿を確認もせずに背中を預けていたセフィーラの神経たるや。

 セフィーラはオリンの引き金を引くタイミングが背中で見えているかのように。

 オリンはセフィーラの飛び退くタイミングを先読みしているかのように。

 2発。3発。

 剣と銃弾が交錯する。

 地獣の攻撃をセフィーが防ぎ、遠間からオリンが銃弾を撃ち込む。

 相変わらず、銃弾が毛の装甲を貫通することはなかったが、黒色の血を吐き出しながら、その巨体が揺れた。

「たあっ!」

 一閃。

 セフィーラの斬撃が走る。

 速度、角度、力と全てが揃った一撃は、力なく垂れ下がる地獣の右手首から先を難なく叩き斬った。切り離された手首は空中で回転しながら、くすんだ体毛の塊は草木の向こうに消えていった。追い打ちとばかりに放たれた弾丸が地獣の胴体に叩き込まれ、巨体が枝はもろとも仰向けに倒れ込む。木々が地獣の重みに耐えきれず、粉砕していく。

・・・自分は、夢を見ているのだろうか。

 辛うじて銃を握ってはいるものの、恐怖とないまぜになった感情が、その足を奮い立たせている原因だ。

 人の命を容易に磨り潰す、地獣。

 それを、目の前のふたりはさも簡単に。

 その身体に傷を追うこと無く。

 表情に恐怖を微塵も貼り付けること無く。

 剣が空を裂き、セフィーラは刀身にまとわりつく血漿を振り払い。

 オリンは銃口から硝煙の匂いを燻らせながら。

 その強き姿に、シーアは目を奪われていた。

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