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2話

 大陸のほぼ最南端に位置する大国ウィルベニア。

 そして、同じく大陸の最北端にアゾンという国有り。

 かつては対立し、争い、アゾンとウィルベニアに挟まれる数多くの小国や村、街はその煽りを直に受け、両国から放たれる緊張感に恐々としていただろう。

 だが、ある時と境に、両国の小競り合いが取るに足らない些事へと成り下がる。

 大陸に突如異変が起きたのだ。

 まるで愚かな戦争を止めるかのように、天に陽の光すら遮断する黒雲が出現する。

 そこから流れ出る、気を狂わすほどの匂いと気力を奪う風。

 払っても拭えない狂える瘴気を浴びた人間は精神を病み、動物はその性質を変貌させ、凶暴化する。

 隣人は蝕まれた感情を取り戻すこと無く、刃を振り上げる。飼っているペットが牙を剥き、主を襲う。

 そして黒雲が割れ、顕現する禍々しい獣。まるで湧き出る瘴気を撒く、根源ような。

 人を襲い、喰らい、凄惨な光景が無慈悲に繰り広げられた。

 空より飛来したその獣を、人は『天獣』と名付けた。

 人を凌駕する暴力で大地を蹂躙し、森を焼き払い、建造物を薙ぎ倒す。この強大な力を持つ天獣に、多くの人の命が奪われた。

 天獣の圧倒的な能力は元より、溢れる瘴気に犯された動物はその性質を変貌させ、まるで天獣に仕える配下のように人間に牙を剥いた。

 天に対する、という意味で名付けられた『地獣』。

 剣や槍の物理攻撃を難なく跳ね除ける硬質の肌へと変化させ、増した凶暴性により、人間へと容赦なく襲いかかる。

 暗雲に覆われた大陸は恐怖で満ち、人間から容赦なく生きる希望を削り取り、極寒の地よりも厳しい冬の時代が訪れた。

 国同士が争い、対立をしている場合ではないと、アゾンとウィルベニアは停戦し、手を組平和を脅かす脅威に立ち向かうことを提案し、和平を結んだ。

 無数の戦士、騎士が戦地に投入され、異形の怪物に剣を差し向け共闘した。

 天獣の黒、人間の白を評して『黒白戦争』と呼ばれる地獄の時代は数年に渡り続いた。

 その終わりは人間の勝利で終結し、天獣を下したことが原因か、漂う黒雲は払われ大陸に平和が訪れた。

 アゾンとウィルベニアは改めて和平を締結し、今後新たな脅威が大陸を襲おうとも、手を取り合い共に戦うことを決意したのだ。

 それは後に『相互送兵』という制度に置き換わる。

 平和維持の連携強化の一環で、お互いの国の兵を、お互いの国の領地に砦を構え、いつか再び来るかも知れない凶事に備える、という名目で制定された制度だ。

 だが、それは疲弊した戦力の中で行われていた時代の話で、仮にかつてのような脅威が襲おうとも、今はお互いが自分で自国を守れるほどの戦力を育て、有している。現代も辛うじて行われている相互送兵制度は、お互いの力を合わせる意味ではなく、お互いの国を監視、牽制の意味合いの方が強い。

 ウィルベニアの外れにある砦は、かつて両国が結びあった時代の名残だ。

 そして、そこに身を寄せるのは今は形骸化したアゾンの『第0部隊』と呼ばれる軍人の部隊だけだった。

 シーアの希望配属先は本国の戦闘部隊だったはずだ。まだ新人の域を出ないから意見は通らないのだろうが。でも、ちゃんと訓練は受けたし、銃の打ち方も学んだ。

 第0部隊はウィルベニア領域内に確実に存在する、ある意味アゾンの最前線。そこに回される人材も、有能な人間であると聞く。

 こう見えて、ハルーと名乗る女性も実は凄腕の軍人で・・・?

 少なくとも、この砦に配属されるからには戦闘技術も秀でていなければ任される道理はないだろう。

・・・しかし、先程から周囲の景色が全く変わっていないのだが。石造りの壁が一向に終わりを見せない。

 シーアはハルーに連れられ、この砦の責任者であり、砦を統括する第0部隊の隊長に面会すべく向かっている最中だ。

 赴任の挨拶、就任の証明。配属の書類へのサインなど。

 ハルーの歩みが遅いのはこの際いいだろう。見た目からして穏やかで、歩く度にぽやぽやと音の鳴りそうな、周囲と時の流れからして違う雰囲気と温かさがハルーからは感じられる。

 一方的にハルーが話しかけてくる世間話も、進行方向がそぞろな一因だろう。

 軍人以前に、この人は本当にこの砦の住人なのだろうか。軍服を来た一般人と言われたほうがまだ納得できる。

 と。

 突如何かを思い出したようにハルーは歩みをピタリと止め、シーアへと振り返る。

 そして。

「・・・迷ったみたい〜」

 シーアは言葉を失った。

 この砦は確かに大きく広いかも知れない。だが、ハルーには毎日を過ごす場所だろう。それで迷うとは・・・。

 シーアにとって、ここは今日からお世話になる場所だ。この場所に慣れるつもりで、記憶と呼ぶまでもない先程までの道のりを思い出しながら、今度は自分が先導する。

「ありがとう〜」と、ハルーは微笑んだ。なんだかシーアは大きな妹を持ったような気がした。

 砦は三階建ての建造物。

 歩いてみて分かったが、一階は廊下がロの字状になっている。そして中央部は中庭になっており、空が見える吹き抜け。

 花壇のような物が見え、しかし花による彩りではなく、緑が多い。

 確かに歩き続ければぐるぐると回るはずだ。それでも見知った家で迷うとは。シーアはこれからの生活に再度不安を覚えた。

 その他にも一階には食堂。医務室。トイレ、浴室と日常生活に必要な施設を一通り備え、作戦室や武器庫と行った部屋も存在しているという。

「でも、そんなもの、出番はない方がいいけれどね」

 呑気な声で、ぽやっと呟いた。

 軍事撤廃と騎士道主義。

 近年、ウィルベニアだけでなく、近隣諸国で見られる動きだ。

 黒白戦争を端とする脅威により、皮肉にも人間は戦闘の技術を向上させた。

 それは天獣、地獣に対抗する手段を得るため。獰猛なバケモノの懐に、たかが剣一本で飛び込むのは愚かな行動でしかない。

 アゾンが生み出した兵器がある。

 銃火器だ。それは相手の懐に飛び込まずして相手を制圧する武器だ。

 銃火器は、剣を手に戦う者からすれば、革新的な兵器だった。

 近寄らなければいくら威力があろうとも振るえる剣も意味をなさない。

 その技術を、アゾンは外界の国へ売り渡し、財と共にその強国の座を欲しいままにした。

 重厚な鎧を纏った戦士も、名を挙げた騎士も、遠距離からの銃弾一発にいともたやすく倒れ伏せる。

 投石、弓矢による遠距離攻撃も、石をセットする、弓を引き絞作業よりも早く引く撃鉄の前には児戯にも等しい武器に成り下がる。

 魔導に関しても同様だった。

 詠唱の言葉を吐き切る前に銃口を押し当てられれば、魔道士は言葉を紡ぐのをやめる。

 連なる車輪が地を穿つ戦車に押し迫られれば、誰でも立ち向かうのをやめる。

 アゾンとウィルベニアのパワーバランスが傾きかけたのもその時期だ。

 他国は我先にとアゾンから武器を買い始める。転ばぬ先の杖として。

 頑として剣を置かなかったのがウィルベニアだ。

 この国は騎士の誇りを何よりも重んじた。

 騎士道主義と呼ばれる信念を何より貫いた。

 だが、現実は厳しい。

 事実、拳銃の前では剣はただの鉄の塊を逸脱しないからだ。

 ウィルベニアも、銃火器に対抗する手段を取り入れる案が出る。だが、それに対して毒を持って毒を制することをしなかった。

 その不屈の信念は、やがて新たな力を育てる。

『加護』と呼ばれる現象、技術。

 鉛の銃弾は、風をも超える速度で振るわれる斬撃で寸断される。

 鉄の砲弾も、断つことも容易い。戦車すら、おもちゃと等しくなる。

 時間が掛かる詠唱を必要とせず、魔力により身体を強化する能力だ。

 これにより、傾き変えた戦力差が再度埋まり始める。

 他国も、新たな銃火器により武装をするより、今まで通り剣や魔導の延長線上にある加護による戦力強化を選んだからだ。

 それを時を程なくして、大陸を覆う暗雲が出現する。

 奇しくも、お互いが生み出した戦力が大地を蹂躙する怪物に対抗する手段になると、誰が想像しただろうか。

 それでも、数え切れないほどの人が亡くなった。

 大地が破壊された。森が焼き払われ、川が汚染された。

 美しい大地を取り戻すのに、年月を要した。

 アゾンとウィルベニアが手を取り合い、大地を蘇らせた。

 大陸に光が戻ったのは、皮肉にも争いに用いた両国の有する力だった。


 シーアは、軍人になりたかった。

 体格の差もなく、剣を振るう力が無くても拳銃ならば等しく脅威を取り払えるからだ。

 ただ、異動された砦にいたのはおよそ軍人とは思えない女性で。

「あの、他の隊員の方はいらっしゃらないのですか?」

 ここに来てからハルー以外の人間に出会わないのだ。この砦には数名の人員がいると聞いている。

「みんなは出払っているけど、隊長は・・・どうだったかしら」

 と、あやふやな記憶を手繰るようにハルーは頭を傾ける。

 ともかく、隊長に会わなければ何も始まらない。

 お茶でも飲みながら待ちましょうか、と信じられない提案をハルーが投げかけた時、遠くで扉の開く音が聞こえた。

 シーアとハルーは顔を見合わせ、音が鳴る先の通路を折れる。

 入口な扉が開いており、そこに何者かの影があった。

 外からの光で影になっている体躯は長身だった。

 侵入者、不審者だとは思わなかったのは、その男が軍服を身に纏っていたからだ。

 くすんだ白髪。目つきは鋭く、厳しい。

 腕も細く、シャープだ。だが、精悍というわけではなく、御伽話の中に出てくる死神のような危うさすら感じる。

 ハルーのように飾りで装飾されているわけではないから、これが本来のデザインだろう。みんな『そう』だったらどうしようかと思った。

「あ、ディルノくん。お帰りなさい」

 ディルノと呼ばれた男は、ハルーからそのまま視線をシーアへと滑らせた。高い位置から落とされる視線は、どこか威圧的で鋭く感じた。

 と、ここでシーアは目の前の男から奇妙な香りが漂う。

 未成年の自分には縁のない、でも確実に不快なものだと解る。

・・・お酒?こんな日の高い内から?

 しかも、それをハルーは咎めない。

「ディルノくん、お水を飲んでスッキリしましょう」

 上官の威厳もあったものではない。

 ディルノとやらは重い足取りで廊下の先に消えようとする。

「あ、こちら数日前に通達のあった新人さんのシーアちゃん」

 ハルーに促され、シーアはとりあえず小さく頭を下げた。目の前のディルノは、少なくとも自分より先にこの砦に在籍しているのだろう。ハルーはこの砦には階級はあってないようなものだと言っていたが、一応。

 ディルノはどこまでも冷めた目でシーアを見やると、鼻を小さく鳴らすだけでさも興味が無くなったかのように視線をずらす。そして、おぼつかない足取りで去ろうとする。

「ね〜え。隊長がどこに行ったかしらない?」

 後からハルーが声を掛けるも、ディルノ足取りは変わらず。

 そして。

 後を向いたまま、指先だけを上の方へと掲げた。

 その様子を見て、ハルーは合点が行ったように表情を明るくさせたのだった。

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