第7話 設備投資と賭博場(カジノ)
王都から届いた重厚な鉄箱が、執務室の床をきしませた。
蓋を開ければ、黄金の輝きが薄暗い部屋を照らし出す。
金貨3万5000枚。
辺境の貧しい兵士たちが、一生かかっても拝めない額の現金だ。
「……本当に、払わせたのですね」
セリアが呆然と呟く。
彼女の常識では、王が素直に、しかも脅迫同然の請求に応じるなどあり得ないことだった。
「払わせたんじゃない。『回収』したんだ」
俺は金貨の山から一枚を指で弾き、空中でキャッチした。
監査官モールが持ち帰った「恐怖」と「請求書」は、マモン8世にとって無視できない圧力となったはずだ。契約不履行を恐れたというよりは、これ以上俺に関わると「もっと高くつく」と判断したのだろう。
「さて、使い道だが」
「まずは城壁の修復と、兵士たちの防具を新調すべきです! 今の装備では、次の襲撃に耐えられません」
セリアが即座に提案する。もっともな意見だ。
だが、俺は首を横に振った。
「却下だ。防具なんて買っても、死ぬ確率が数パーセント下がるだけだ。費用対効果が悪い」
「では、何を?」
「『設備投資』だ。……バルト、入ってこい」
俺が呼ぶと、ドアの陰からバルトが揉み手をしながら現れた。
彼の手には、俺が事前に描かせた設計図が握られている。
「へへっ、旦那。資材の手配は完璧ですぜ。セメント、鉄条網、それに大量の『油』と『刃物』」
「よし。……セリア、工兵隊を動かせ。砦の北側、峡谷の入り口に『屠殺場』を作る」
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数日後。デッド・エンドの風景は一変した。
崩れた城壁はそのまま放置され、代わりに峡谷の地形を利用した奇妙な建造物が出来上がっていた。
「……これが、防衛設備ですか?」
セリアが怪訝な顔で、完成した「それ」を見上げる。
それは砦ではない。巨大な「漏斗」のような構造物だ。
敵を誘い込むための広い入り口があり、奥に行くほど道が狭くなる。壁面は滑りやすいように加工され、底には回転式の刃と、油を流すためのパイプが張り巡らされている。
「防衛設備じゃない。『自動処理ライン』だ」
俺はタバコを吹かしながら解説する。
「敵はバカ正直にこの広い入り口に入ってくる。だが、進めば進むほど密集し、身動きが取れなくなる。そこで油を流し、火を放ち、混乱したところを回転刃でミンチにする」
「なっ……なんと残虐な……」
「効率的と言え。これで兵士が直接剣を交える必要はなくなった。彼らの仕事は、レバーを引くことと、製品(死体)を回収することだけだ」
俺は作業中の兵士たちに目を向けた。
彼らは新しい「職場」の完成に目を輝かせている。だが、それだけではない。彼らの熱気の正体は、別のところにあった。
「おい! 次の襲撃はいつだ!?」
「俺は『オーク30体』に賭けるぜ!」
「バカ言え、次は『ゴブリン100匹』のコースだ! 倍率は3倍だぞ!」
兵士たちが手に手に投票券のような紙切れを持ち、興奮して叫び合っている。
セリアが顔色を変えた。
「カイ様……これは一体?」
「福利厚生の一環だ。名付けて『モンスター・トトカルチョ』」
俺は懐から配当表を取り出した。
「ただ作業をするだけじゃ、モチベーションが続かないだろ? だから、次の敵の『種類』『数』『討伐完了タイム』を予想させて、当たった奴には特別ボーナスを出すことにした」
「せ、戦争を……賭け事にするのですか!?」
「悪いか? 見てみろ、あいつらの顔を」
かつて死を恐れ、敵襲の警報におびえていた兵士たちは、今や「早く敵が来ないか」と北の空を睨みつけている。
恐怖は欲望によって上書きされた。
彼らにとって、襲い来る魔王軍はもはや恐怖の対象ではなく、自分の財布を潤すための「出目」に過ぎない。
「いいかセリア。人は『正義』のためには死ねないが、『利益』と『娯楽』のためなら喜んでリスクを負う」
俺は建設されたキル・ゾーンの試運転レバーに手をかけた。
「これでハード(設備)とソフト(意識)、両方の改革が完了した。……さあ、稼働テストといこうか」
ガコン、と重い音が響き、巨大な刃が回転を始める。
それは、デッド・エンドが単なる戦場から、高収益を生み出す「死の工場」へと完全に生まれ変わった瞬間だった。
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しかし、俺はまだ気づいていなかった。
この効率化された「処理」の様子を、遠くの崖の上から冷ややかに見つめる、知性ある眼光の存在に。
「……面白い。人間にしては、理屈が通っている」
その影――魔王軍の中級指揮官は、低く唸ると、手にした軍配を静かに降ろした。
「だが、策士策に溺れると言うぞ。……試させてもらおうか、その『工場』の限界を」
ただの暴威ではない。「戦術」を持った敵の影が、静かに忍び寄っていた。
(第7話 完)




