表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/32

第7話 設備投資と賭博場(カジノ)

王都から届いた重厚な鉄箱が、執務室の床をきしませた。

蓋を開ければ、黄金の輝きが薄暗い部屋を照らし出す。


金貨3万5000枚。

辺境の貧しい兵士たちが、一生かかっても拝めない額の現金キャッシュだ。


「……本当に、払わせたのですね」

セリアが呆然と呟く。

彼女の常識では、王が素直に、しかも脅迫同然の請求に応じるなどあり得ないことだった。


「払わせたんじゃない。『回収』したんだ」

俺は金貨の山から一枚を指で弾き、空中でキャッチした。


監査官モールが持ち帰った「恐怖」と「請求書」は、マモン8世にとって無視できない圧力となったはずだ。契約不履行デフォルトを恐れたというよりは、これ以上俺に関わると「もっと高くつく」と判断したのだろう。


「さて、使い道だが」


「まずは城壁の修復と、兵士たちの防具を新調すべきです! 今の装備では、次の襲撃に耐えられません」

セリアが即座に提案する。もっともな意見だ。


だが、俺は首を横に振った。

「却下だ。防具なんて買っても、死ぬ確率が数パーセント下がるだけだ。費用対効果が悪い」


「では、何を?」


「『設備投資』だ。……バルト、入ってこい」


俺が呼ぶと、ドアの陰からバルトが揉み手をしながら現れた。

彼の手には、俺が事前に描かせた設計図が握られている。


「へへっ、旦那。資材の手配は完璧ですぜ。セメント、鉄条網、それに大量の『油』と『刃物』」


「よし。……セリア、工兵隊を動かせ。砦の北側、峡谷の入り口に『屠殺場キル・ゾーン』を作る」


---


数日後。デッド・エンドの風景は一変した。

崩れた城壁はそのまま放置され、代わりに峡谷の地形を利用した奇妙な建造物が出来上がっていた。


「……これが、防衛設備ですか?」

セリアが怪訝な顔で、完成した「それ」を見上げる。


それは砦ではない。巨大な「漏斗じょうご」のような構造物だ。

敵を誘い込むための広い入り口があり、奥に行くほど道が狭くなる。壁面は滑りやすいように加工され、底には回転式の刃と、油を流すためのパイプが張り巡らされている。


「防衛設備じゃない。『自動処理ライン』だ」

俺はタバコを吹かしながら解説する。


「敵はバカ正直にこの広い入り口に入ってくる。だが、進めば進むほど密集し、身動きが取れなくなる。そこで油を流し、火を放ち、混乱したところを回転刃でミンチにする」


「なっ……なんと残虐な……」


「効率的と言え。これで兵士が直接剣を交える必要はなくなった。彼らの仕事は、レバーを引くことと、製品(死体)を回収することだけだ」


俺は作業中の兵士たちに目を向けた。

彼らは新しい「職場」の完成に目を輝かせている。だが、それだけではない。彼らの熱気の正体は、別のところにあった。


「おい! 次の襲撃はいつだ!?」

「俺は『オーク30体』に賭けるぜ!」

「バカ言え、次は『ゴブリン100匹』のコースだ! 倍率オッズは3倍だぞ!」


兵士たちが手に手に投票券のような紙切れを持ち、興奮して叫び合っている。

セリアが顔色を変えた。


「カイ様……これは一体?」


「福利厚生の一環だ。名付けて『モンスター・トトカルチョ』」

俺は懐から配当表を取り出した。


「ただ作業をするだけじゃ、モチベーションが続かないだろ? だから、次の敵の『種類』『数』『討伐完了タイム』を予想させて、当たった奴には特別ボーナスを出すことにした」


「せ、戦争を……賭け事にするのですか!?」


「悪いか? 見てみろ、あいつらの顔を」


かつて死を恐れ、敵襲の警報におびえていた兵士たちは、今や「早く敵が来ないか」と北の空を睨みつけている。

恐怖は欲望によって上書きされた。


彼らにとって、襲い来る魔王軍はもはや恐怖の対象ではなく、自分の財布を潤すための「出目」に過ぎない。


「いいかセリア。人は『正義』のためには死ねないが、『利益』と『娯楽』のためなら喜んでリスクを負う」


俺は建設されたキル・ゾーンの試運転レバーに手をかけた。


「これでハード(設備)とソフト(意識)、両方の改革が完了した。……さあ、稼働テストといこうか」


ガコン、と重い音が響き、巨大な刃が回転を始める。

それは、デッド・エンドが単なる戦場から、高収益を生み出す「死の工場」へと完全に生まれ変わった瞬間だった。


---


しかし、俺はまだ気づいていなかった。

この効率化された「処理」の様子を、遠くの崖の上から冷ややかに見つめる、知性ある眼光の存在に。


「……面白い。人間にしては、理屈が通っている」


その影――魔王軍の中級指揮官は、低く唸ると、手にした軍配を静かに降ろした。


「だが、策士策に溺れると言うぞ。……試させてもらおうか、その『工場』の限界を」


ただの暴威ではない。「戦術」を持った敵の影が、静かに忍び寄っていた。


(第7話 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ