第6話 会計監査と別料金(オプション)
「……認めん。断じて認めんぞ!」
執務室の机をバンと叩いたのは、王都から派遣されてきた会計監査官、モールのひび割れた声だった。
神経質そうなハゲ頭に、度の強いモノクル。彼はハンカチで鼻を覆いながら、汚物を見るような目で俺とセリアを見下している。
「カイ・ヴォン・ハイローラー! 貴様の報告書はデタラメだ! たった一週間でオーク50、ゴブリン200、コボルト100? 精鋭騎士団でも不可能な戦果だ!」
モールは積み上げられた「討伐証明(耳)」の山を指差した。
「しかも、検分したところ、遺体の損傷がおかしい。剣傷がほとんどなく、あるのは圧死か毒殺の痕跡ばかり。……これは『戦闘』ではない! 卑劣な『罠』による虐殺だ!」
「それが何か?」
俺は椅子の背もたれに深く寄りかかり、足を机に投げ出した。
「契約書第3条を読んでみろ。『敵戦力の無力化・討伐』とある。手段については一切の記載がない。『剣で倒せ』とも『正々堂々と戦え』とも書いてないぞ」
「ぐぬぬ……! それは『騎士道精神』に則って行うのが暗黙の了解だ! このような土木工事と害虫駆除のような真似に、国庫から金貨3万5000枚も出せるか!」
王の差し金だ。
予想以上の請求額にビビったマモン8世が、難癖をつけて支払いを拒否しようとしているのだ。
ここで引けば、今後の請求も全て踏み倒される。
「却下します(リジェクト)。……これだから役人は困る。現場を知らないくせに、机上の空論で支払いを渋る」
「な、なんだと貴様! 私は王命を受けた監査官だぞ!」
「なら、現場を見せてやるよ」
俺は立ち上がり、モール監査官の首根っこを掴んだ。
「ひぃ!? な、何をする!」
「実地監査だ。俺の『商品』がどれほど危険か、その目で確かめてハンコを押せ」
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連れて行ったのは、前回の土石流現場――「第1処理プラント」の跡地だった。
泥濘んだ地面からは、未だに腐臭が漂っている。
モールは顔を青くし、常にハンカチを離さない。
「おえっ……臭い! こんな不潔な場所に長居できるか!」
「静かにしろ。……在庫の数合わせだ」
俺が指差した先。
泥の中から、まだ回収されていないオークの死体が半分埋まっていた。
その時だった。
「グガァアアアアア!!」
死んだと思われていたオークの一体が、咆哮と共に半身を起こしたのだ。
瀕死の重傷だが、その腕は丸太のように太く、殺意に満ちた目は真っ直ぐに、一番ひ弱そうな獲物――モール監査官を捉えていた。
「ひっ、ひぃいいいい!?」
モールが腰を抜かして泥の中に尻餅をつく。
オークが泥を引きずりながら、這いずり寄ってくる。距離は10メートル。
「カ、カイ! 騎士! やれ! 殺せ! 私を守れ!」
モールが絶叫する。
セリアが反射的に剣を抜こうとした。
だが、俺は片手でそれを制した。
「待て、セリア」
「カイ様!? 何を言っているのですか! 民間人が襲われています!」
「民間人じゃない。こいつは『支払いを拒否した顧客』だ」
俺は冷徹に、這い寄るオークと、震える監査官を見比べた。
「おい、モール監査官。助けてほしいか?」
「あ、当たり前だ! 私は王の代理人だぞ! 私を見殺しにすれば反逆罪で――」
「契約書を思い出せ。俺のペナルティ条件は『領民・兵士の死亡』だ。お前は領民でもなければ、俺の兵士でもない。つまり――」
俺はニヤリと笑い、タバコの煙を吹きかけた。
「お前が死んでも、俺は金貨1枚たりとも損をしない」
「なっ……!?」
「だから、お前を守るのは『契約外の業務』だ。……わかるな?」
オークの手が、モールの足首を掴んだ。
悲鳴が上がる。
「わ、わかった! 払う! 認める! だから助けてくれぇえええ!」
「口約束は信用しない。……そこにハンコを押せ」
俺は懐から、先ほど却下された請求書とペンを取り出し、オークに掴まれて引きずられそうになっているモールの目の前に突き出した。
「い、今か!? この状況で!?」
「今だ。サインと捺印。それがなければ、セリアは動かさない」
オークが大きく口を開け、モールの頭にかぶりつこうとする。
死の恐怖が、役人のプライドを粉々に砕いた。
「くそぉおおおおおお!」
モールは震える手でペンをひったくり、泥まみれの請求書に殴り書きでサインをし、懐から印章を取り出して叩きつけた。
「承認完了。……セリア、やれ」
「はっ!」
俺の許可が出た瞬間、セリアの姿が掻き消えた。
一閃。
銀色の軌跡が走り、オークの首が宙を舞う。
鮮血がモールの顔にかかったが、その首は胴体に繋がったままだった。
「……ふぅ。……はぁ, はぁ……」
モールは泥と血に塗れ、放心状態で座り込んでいる。
俺は彼の手から、承認印が押された請求書を回収し、インクの乾き具合を確認した。
「毎度あり。……ちなみに今の救助費用は『特別警護費』として、別途請求させてもらうからな」
「き、貴様……悪魔か……」
「いいや、経営者だ」
俺はセリアに目配せをした。
彼女は呆れつつも、剣についた血を払い、納刀した。
「モール殿、送っていきましょう。……ただし、帰り道も転ばないようにお気をつけを。追加料金が発生しますので」
「二度と来るかぁああああ!」
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モールは兵士に支えられ、泣きながら馬車へと走っていった。
これで金貨3万5000枚の支払いは確定した。国の監査が入った以上、王も言い逃れはできない。
「……カイ様。先ほどのオーク、実はまだ息があることに気づいていましたね?」
「さあな。在庫管理のミスだとしたら、後で担当者を叱っておかないとな」
俺は嘘をついた。
あのオークは、死体回収班が見つけ、俺の指示で「あえて」生かしておいた個体だ。
いつか来るであろう、こういう手合いのために取っておいた「交渉材料」だったのだが、まさかこんなに早く役に立つとは。
「さて、現金は確保した。これで次の『設備投資』ができる」
俺は王都の方角を見つめる。
今回の件で、マモン8世は学習するはずだ。
小手先の嫌がらせでは、俺を潰せないと。
「次は本気で殺しに来るぞ。……準備運動は終わりだ」
(第6話 完)




