第5話 産業廃棄物と機会損失
「……ここは地獄か?」
セリアが口元をハンカチで押さえながら、うめき声を漏らした。
無理もない。かつて神聖な練兵場だった場所は、今や巨大な『解体工場』へと変貌していたからだ。
「おい、そこの班! オークの牙の分別が雑だぞ! Aランク品とBランク品を混ぜるな、買取価格が2割下がる!」
「へ、ヘイッ! 申し訳ありません!」
カイの怒声が飛ぶと、血まみれの作業服(かつての鎧)を着た兵士たちが、慌てて巨大な骨を分類し始める。
彼らの目に、かつての「死への恐怖」はない。
あるのは「納期への焦り」と、作業後に約束された「報酬(特別ボーナス)」への渇望だけだ。
「地獄? 失礼なことを言うな、セリア。ここは『宝の山』だ」
カイはクリップボードに挟んだ在庫リストをチェックしながら、タバコを吹かした。
バルトとの契約成立から二週間。
デッド・エンドには革命が起きていた。
魔物は「倒すべき敵」から「歩いてくる資源」へと再定義され、兵士は「戦う者」から「加工する者」へと転職したのだ。
「国からの討伐報酬で金貨、死体からの素材売却でさらに金貨。……今の我々の利益率は、王都のどこの商会よりも高いぞ」
「ですが……騎士としての誇りは……」
「誇りで飯は食えない。見ろ、彼らの顔を」
カイが顎でしゃくった先では、兵士たちが休憩時間に、バルトが運び込んだ白パンとワインを笑顔で頬張っていた。
痩せこけて死を待つだけだった彼らの頬には、血色が戻っている。
正義による餓死か、非道による飽食か。カイの提示する二択は常に残酷で、そして合理的だ。
その時、監視塔の鐘が鳴り響いた。
敵襲だ。
「報告! 西の廃坑道エリアに反応あり! コボルト(犬人族)の集団、およそ100匹!」
セリアが反射的に剣を抜く。
「コボルト! 素早くて厄介な相手です! 坑道に入り込まれたら、ゲリラ戦になります。入り口で迎撃を――」
「却下だ」
カイは即座に否定した。
「え?」
「廃坑道に入り込んだなら、好都合だ。わざわざ追いかけっこをする必要はない」
カイは懐から地図を取り出し、廃坑道の構造を確認する。
複雑に入り組んだ地下迷宮。まともに兵を入れれば、泥沼の消耗戦になり、ペナルティ(死者)が出るリスクが高まる。
だが、カイが見ているのは「戦術」ではない。「設備」だ。
「セリア、この廃坑道の換気口は全部でいくつだ?」
「は? ええと、主要な換気口は三箇所ですが……」
「全部塞げ。入り口の一箇所だけを残してな」
カイはニヤリと笑い、近くにいたバルトを手招きした。
「おいバルト。昨日仕入れた『例の草』はあるか?」
「へへっ、ありますよ旦那。乾燥させた『赤痺れ草』が山ほど。本来は麻酔薬の原料ですが、燃やすと強烈な神経毒の煙が出やすくて、取り扱い注意の代物で……」
「上出来だ。入り口でそれを山積みにして燃やせ。巨大な扇風機で煙を中に送り込んでやる」
セリアが青ざめる。
「ど、毒ガス攻めですか!? 騎士道にも程があります!」
「相手は穴蔵に潜るネズミだ。なら、バルサン(燻煙殺虫剤)を焚くのが一番効率がいい」
カイは冷徹に言い放った。
「それに、コボルトは武器を持っていないことが多い。奴らの狙いは戦闘じゃない。『採掘』だ」
一時間後。作戦は終了した。
剣を交えることすらなかった。
廃坑道の入り口で毒草を焚き、煙を送り込んだだけだ。
坑道内からは数分間、犬のような悲鳴と咳き込む音が聞こえたが、やがて静寂が訪れた。
「……回収班、防毒マスク(濡れ手拭い)をして突入。商品を傷つけるなよ」
カイの指示で兵士たちが坑道から引きずり出してきたのは、口から泡を吹いて絶命したコボルトの死体の山だった。
そして、彼らが背負っていた袋の中身を見たセリアは、息を呑んだ。
「これは……高純度のミスリル鉱石?」
コボルトたちは武装していなかった。その代わりに、つるはしと袋を持っていた。
彼らは人間を襲いに来たのではなく、廃坑道に残ったレアメタルを掘り出しに来ていただけなのだ。
「やっぱりな」
カイはコボルトの手から鉱石を奪い取り、光にかざした。
「こいつらは侵略者じゃない。ただの『無許可の鉱夫』だ」
カイの脳内で、仮説が確信へと変わっていく。
魔王軍は、軍隊というより「企業」に近い。
オークは施設の制圧と確保(警備部門)、コボルトは資源の採掘(製造部門)。役割分担が明確すぎる。
「我々は戦争をしているんじゃない。……『市場のシェア争い』をしているんだよ」
カイは鉱石をバルトに投げ渡した。
「バルト、この鉱石とコボルトの毛皮を帳簿につけろ。コボルトは器用だからな、指の骨は精密細工の道具として高く売れる」
「へへっ、了解でさぁ。……しかし旦那、えげつねぇ」
「褒め言葉として受け取っておく」
カイはタバコに火をつけ、坑道の奥――北の魔王領の方角を睨みつけた。
相手が「企業」なら話は早い。
武力で勝つ必要はない。コストパフォーマンスで上回り、相手の採算を割らせればいいのだ。
「さて、次はどんな『社員』を寄越してくる? 魔王(社長)さんよ」
デッド・エンドの黒字経営は、まだ始まったばかりだった。
(第5話 完)




