最終話 エピローグ:世界株価と次の事業計画
世界買収から、3年が経過した。
かつて「魔王城」と呼ばれた場所は、今や『アレクサンドル・タワー』と改名され、世界経済の中心地となっていた。
パンデモニウムの摩天楼を、ドラゴン航空の定期便が行き交い、地上ではオークと人間が肩を並べてランチ(帝国産コンビーフサンド)を食べている。
剣と魔法、そして恐怖が支配していた世界は、今や「契約」と「信用」によって回る巨大な経済圏へと変貌を遂げていた。
タワーの最上階、CEO執務室。
カイ・ヴォン・ハイローラーは、窓の外に広がる繁栄した世界を見下ろしながら、退屈そうにあくびを噛み殺していた。
「……平和だなぁ」
「平和で結構なことじゃないですか。株価も安定していますし」
秘書室長兼防衛大臣のセリアが、タブレット(マギ・フォン新型)でスケジュールを確認しながら答える。
彼女の装備は、鎧からスタイリッシュなパンツスーツへと変わっていた。
「安定しすぎてつまらん。……トラブルの一つや二つ、起きないのか?」
「起きませんよ。……全部、あなたの部下たちが『事後的』に処理していますから」
セリアがリモコンで壁面スクリーンを操作する。
そこには、世界各地で活躍する「役員」たちの姿が映し出された。
【Channel 1:エンタメ部門】
『イェーイ! みんな見てるー!? 聖女エレーヌのワールドツアー、今日はドラゴンの背中からお届けしまーす!』
画面の中では、トップアイドルとなったエレーヌが、何万人もの観衆(人間と魔物の混成)の前で歌って踊っている。
そのバックダンサーを務めているのは、なんと勇者アルヴィンだ。
『くっ……なぜ僕がこんな格好を……!』
『文句言わない! これも「平和維持活動」よ!』
アルヴィンはアクション俳優兼アイドルの護衛として、剣をサイリウムに持ち替えて活躍していた。
【Channel 2:海外事業部門】
『……ええ、はい。今期の売上未達については申し訳ない。……はい、来期こそは必ず……』
別の画面では、元魔王ディアボロが、青白い顔で電話対応に追われていた。
彼は「海外事業部長」として、まだ未開拓の辺境地への営業を統括しているが、中間管理職の悲哀を一身に背負っていた。
『くそっ……世界征服よりノルマ達成の方が難しいとは……!』
ちなみに、彼の補佐(お茶汲み)をしているのは、すっかり社畜根性が染みついた元国王マモンだ。
【Channel 3:技術開発部門】
『見ておじゃれ! 新型の魔導ロケットじゃ!』
東方の研究所では、ヨミと吸血鬼ベリアルが、仲良く(喧嘩しながら)次世代エンジンの開発に没頭している。
かつて殺し合った技術者たちは、今や世界を変えるイノベーションの源泉となっていた。
「……どいつもこいつも、楽しそうで何よりだ」
カイは苦笑し、デスクの上の「運命の金貨」を指で弾いた。
キィィン……。
澄んだ音が響く。
第1話で、たった一枚の金貨から始まった物語。
今や、その資産価値は天文学的な数字となり、世界中の誰もがアレクサンドル社の恩恵を受けて暮らしている。
「カイ様。……後悔していませんか?」
セリアがふと、優しい声で尋ねた。
「元の世界(地球)に帰る方法は、ヨミ殿の研究で見つかるかもしれませんよ?」
カイは窓ガラスに映る自分の顔を見た。
稀代の詐欺師。冷酷な経営者。そして、世界を救った英雄。
「いいや。……こっちの生活も悪くない」
カイは椅子を回転させ、壁に貼られた新しい「事業計画書」を眺めた。
そこには、世界地図の外側――星空の写真が貼られている。
「この世界は制覇した。だが、まだ『空白地』はある」
「……まさか」
「月にはウサギがいるらしいし、火星にはタコがいるかもしれん。……そいつらに、ウチの商品を売り込みに行くのも悪くないだろ?」
カイの瞳が、少年のように、そして強欲な商人のように輝く。
彼のギャンブルは終わらない。
生きている限り、ビジネスの種は尽きないのだから。
「セリア、バルトを呼べ! それとディアボロもだ!」
「はいはい。……次は『宇宙開発事業部』の立ち上げですね、社長」
セリアが微笑み、敬礼する。
カイは立ち上がり、コートを翻した。
「行くぞ! ……全宇宙を『買収』するまで、俺たちの営業は終わらない!」
黄金の陽光が、タワーの頂点を照らす。
かつて「デッド・エンド(行き止まり)」と呼ばれたその場所は、今や無限の可能性への「スタートライン」となっていた。
異世界買収譚 ~金と契約で魔王を倒した男の物語~
【完】




