第4話 ハイエナと錬金術
「カイ様、報告します。……食料が、あと3日で尽きます」
執務室に入ってきたセリアの報告は、深刻さを通り越して悲痛だった。
机の上に積み上げられたのは、魔物の討伐証明部位(耳)の山。
国からの報奨金、金貨2万5000枚は確かに支払われるだろう。
だが、金貨は腹の足しにはならない。
「王都からの行商人は途絶えました。近隣の村も、王家からの『通達』を恐れて、我々に麦一粒売ってくれません」
セリアが唇を噛む。
王による兵糧攻めだ。
金を送っても物資を送らせない。
市場を封鎖することで、デッド・エンドを経済的に窒息死させる算段だ。
「兵士たちの士気も限界です。『金持ちになったはずなのに、泥水を啜るのか』と」
「騒ぐな。想定の範囲内だ」
俺は地図から目を離さず、タバコの灰を落とした。
マモン8世のような守銭奴が考えることは読みやすい。「金を使わせずに回収する」には、インフレを起こすか、供給を断つのが定石だからだ。
「だが、匂うな」
「匂う? 腐臭ですか?」
「いいや。……金の匂いだ」
俺が窓の外を指差したのと同時だった。
土砂崩れで塞がれた街道の向こうから、一台の馬車がガタゴトと現れたのは。
掲げられた旗は、どこの国のものでもない。
商人のギルド章すらなく、泥と油に塗れている。
「止まれ! 何者だ!」
門番の制止を無視して、馬車は堂々と館の前に停まった。
御者台から転がり落ちるように降りてきたのは、小太りの男だった。
安っぽい服を着ているが、その指には不釣り合いな宝石の指輪が光っている。
顔には張り付いたような卑屈な笑み。
「ヘッヘッヘ……お初にお目にかかりますぅ。私、しがない行商人でバルトと申します」
男は揉み手をしながら、俺とセリアを見上げた。
「噂を聞きましてねぇ。この死に損ないの領地で、景気良く花火を打ち上げた領主様がいると」
「……帰れ。我々は王家から取引を禁止されている」
セリアが剣に手をかけるが、バルトは動じない。
むしろ、その細い目をさらに細めて笑った。
「王家? へぇ、王様が商売の邪魔をするんですか。……ですが旦那、私の荷台には焼きたてのパン、干し肉、それに極上のワインが山ほどあるんですがねぇ」
パン、という言葉に、周囲の兵士たちがゴクリと喉を鳴らした。
バルトはそれを見逃さない。
「ただし、少々お高いですよ? 何せ『命がけ』の密輸ですからなぁ。……パン一つ、金貨1枚といきましょうか」
「貴様……足元を見るな!」
セリアが激昂する。相場の百倍近い暴利だ。
だが、バルトは悪びれもせず肩をすくめた。
需要と供給。
この閉鎖環境において、彼の提示価格こそが「適正価格」なのだ。
俺はセリアを手で制し、バルトの前に歩み出た。
タバコの煙を吹きかける。
「いい度胸だ、ハイエナ。名前はバルトだったか」
「へへ、お褒めに預かり光栄で」
「パン一つに金貨1枚か。安いもんだ」
「おっ! 話がわかる! 流石は若き領主様――」
「だが、俺は金貨では払わない」
俺は指を鳴らした。
兵士たちが、荷車を引いてくる。
そこに積まれているのは、先日殺したオークとゴブリンの死体の山だ。
皮を剥がれ、解体された肉塊や骨が、異様な臭気を放っている。
「な、なんですこれ? ゴミじゃないですか」
「ゴミ? とんでもない。これは『資産』だ」
俺はオークの太い牙を一本、バルトの胸元に放り投げた。
「この辺りのオークは、鉱山跡地を寝床にしている。そのため牙や骨に微量のミスリルが含まれていて、硬度が通常の3倍ある。武器の加工素材としては一級品だ。……闇ルートでの相場なら、牙一本で金貨3枚にはなるはずだが?」
バルトの表情が凍りついた。
そして次の瞬間、その目が鑑定士のそれに変わる。
牙を手に取り、舐め、光にかざす。
「……それに、そっちのゴブリンの皮。防水加工すれば高級な雨具になる。内臓からは火薬の原料になる油が取れる」
俺はバルトの耳元で囁いた。
「国は俺たちに『討伐証明』として耳だけを要求している。残りの死体は、所有権フリーの『産業廃棄物』だ。……お前、これをタダ同然で仕入れて、他国に流せばどれだけの利益になるかわかるか?」
バルトの額から、じっとりと脂汗が流れた。
パンを高く売るどころの話ではない。これは、金のなる木だ。
しかも、表の市場には出回らない「戦争特需」の産物。
「……あ、あんた。ただの貴族じゃねぇな?」
「俺はギャンブラーだ。損得勘定ができない奴とは組まない」
俺は手を差し出した。
「取引だ、バルト。お前はこのデッド・エンドの専属物流担当になれ。俺が稼いだ『ゴミ』を全てお前にやる。その代わり、お前は王の目を盗んで、必要な物資を適正価格で運び込め」
「……王家に喧嘩を売れと?」
「喧嘩じゃない。ただの『廃棄物処理』と『慈善事業』だろ?」
沈黙。
バルトの頭の中で、ソロバンが高速で弾かれる音が聞こえるようだった。
リスクは極大。だが、リターンは無限大。
数秒後、バルトの顔から卑屈な笑みが消え、獰猛な商人の顔が浮かんだ。
「……へっ。面白ぇ。乗りましょう」
バルトは俺の手を握り返した。
脂ぎった、しかし力強い握手。
「毎度あり。……株式会社デッド・エンドへようこそ」
俺はニヤリと笑った。
これで物流は確保した。
金はある。物もある。
次は、この場所を単なる戦場から、俺たちの「工場」へと作り変える番だ。
(第4話 完)




