第39話 内部告発(ホイッスル・ブローイング)とナイアガラ(大暴落)
魔王タワー、地下99階。
そこは、魔界経済の心臓部である『魂の貯蔵庫』への入り口だった。
「……ここだな。セキュリティが厳重すぎる」
勇者アルヴィンは、目の前に立ちふさがるミスリル製の重厚な扉と、それを守る数十体の警備ゴーレムを見上げた。
警備システムが赤く点滅し、警告音が鳴り響く。
『警告。未登録の生体反応。排除します』
「どうするの、アルヴィン? パスワードなんて知らないわよ」
聖女エレーヌがマギ・フォンを構えながら尋ねる。
アルヴィンは聖剣を抜き、ニカっと笑った。
「社長が言っていただろ。『物理的ハッキング(ブルートフォース・アタック)』だ!」
ズバァァァン!!
一閃。
パスワードを入力するまでもなく、アルヴィンの一撃が重厚な扉ごと警備ゴーレムを粉砕した。
最強のセキュリティ突破ツール、それは「勇者の筋力」だ。
「な、なんだ!? 地下で爆発だと!?」
最上階、CEO執務室。
魔王ディアボロがモニターを睨みつける。
地下の監視カメラには、土煙を上げて侵入してくる勇者と聖女の姿が映っていた。
「馬鹿な……! ここへ来るまでには数万の迷宮があるはずだぞ!?」
「それが、全部『壁抜き』で直進してきたようで……」
秘書のダークエルフが震えながら報告する。
迷路を解かずに壁を壊して進む。
勇者という規格外の存在を、魔王は計算に入れていなかった。
「……ええい、構わん! どうせ金庫の中身は見えん! 奴らが到着する前に『遮断壁』を下ろせ!」
地下金庫室。
粉塵が晴れた先に現れたのは、体育館ほどもある広大な空間と、そこに林立する無数の巨大なクリスタル・タンクだった。
それぞれのタンクには『絶望』『恐怖』『怨嗟』といったラベルが貼られ、怪しく発光している。
「うわぁ……すごい。満タンじゃない!」
エレーヌが驚く。
見た目には、魔界のエネルギー備蓄は潤沢に見える。
だが、アルヴィンは社長の言葉を思い出していた。
『見た目に騙されるな。企業の嘘は、一番綺麗な皮の下にある』
アルヴィンは一番手前の、一際大きな『Sランク恐怖エネルギー』と書かれたタンクに歩み寄った。
「……確かめてやる」
コンッ、コンッ。
剣の柄で叩く。
重厚な音がするはずが、返ってきたのは――カラン、という乾いた音。
「……ハリボテだ」
アルヴィンは剣を振りかぶった。
「視聴者の皆さん! これが魔王軍の『資産』の正体だ!」
ガシャァァァン!!
クリスタル・ガラスが砕け散る。
中から溢れ出したのは、高密度のエネルギー液……ではなく、ただの「着色された水」と、発光用のLED魔導具だけだった。
「……は?」
エレーヌが呆気にとられる。
隣のタンクも、その隣も。
アルヴィンが次々と破壊していくが、中身はすべて「水」か「空っぽ」だ。
「空だ! 全部空っぽだ! 魔王はスッカラカンだぞー!!」
その瞬間。
エレーヌが構えていたマギ・フォンから、全世界への生配信が始まった。
タイトルは【緊急特番:魔王の大嘘! 金庫の中身はただの水だった!?】。
『ウソだろ……?』
『俺たちの年金が……水!?』
『魔王の野郎、粉飾決算だ! 詐欺だ!』
パンデモニウムの街頭スクリーン。
映し出された衝撃の映像に、魔界の住人(投資家)たちが絶叫した。
恐怖エネルギーこそが魔界通貨の担保だ。
それが「無価値」だと判明した瞬間、魔界コインの信用はゼロになる。
「う、売れぇぇぇ! 紙くずになる前に逃げろぉぉぉ!」
「買い注文を取り消せ! 損切りだ!」
パニック売り。
売りが売りを呼び、誰も買わない。
株価チャートの線が、垂直に落下し始めた。
いわゆる「ナイアガラ(大暴落)」だ。
「……止まれ! 止まれぇぇぇ!」
魔王ディアボロは、真っ赤に染まったモニター(赤字)の前で絶叫していた。
株価:-99%。ストップ安。
時価総額が、数分で数兆円規模から「金貨数枚」レベルまで蒸発していく。
「なぜだ……! 私は完璧にコントロールしていたはずだ! 恐怖さえ煽れば、価値は生まれるはずだった!」
「信用だよ、ディアボロ」
突如、執務室のメインスクリーンがジャックされ、カイの顔が大写しになった。
彼は高級ホテルのソファで、勝利のワインを掲げている。
『お前は「嘘」で価値を作ろうとした。だが、市場は嘘を許さない。……バレた瞬間、お前の会社は退場だ』
カイは手元の端末を操作した。
『さて……ゴミ同然になったお前の会社の株。……俺が「全株」買い取らせてもらうぜ』
カイは、空売りで得た莫大な利益(魔王が損した分がそのままカイの利益になる)を使い、底値になった魔王軍株を買い占めた。
買い戻し(ショートカバー)。
これによって、カイの手元には「魔王軍の株式100%(議決権の全て)」が残る。
「……チェックメイトだ」
カイは画面越しに、呆然とする魔王へ告げた。
『たった今、株主総会(俺一人)で決議した。……ディアボロCEO、お前を解任する』
「ば、馬鹿な……! 私は魔王だぞ! 世界の支配者だぞ!」
『いいや。今のお前は、ただの「無職の悪魔」だ』
ズズズズ……。
魔王タワーが揺れ始めた。
システムの所有権がカイに移ったことで、タワー自体がディアボロを「不法侵入者」として認識し、排除システムを作動させたのだ。
「お、おのれぇぇぇ! カイ・ヴォン・ハイローラー! 貴様だけは許さん!」
ディアボロはスーツを脱ぎ捨て、本来の醜悪な魔物の姿へと変貌した。
経営者としての仮面が剥がれ、ただの暴力の化身に戻る。
「経済がどうした! 株がどうした! ……貴様を殺して食えば、私が勝者だ!」
ディアボロが窓を突き破り、カイのいるホテルへと飛翔する。
だが、カイは動じない。
彼の背後には、すでに「最強の用心棒」たちが待機していたからだ。
「……往生際が悪いですね、元社長」
(第39話 完)




