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第38話 空売り(ショート)と粉飾決算

「……ひどい数字だ。完全に『バブル』だな」


魔界都市パンデモニウム、高級ホテル『インフェルノ』の最上階スイート。

カイたちはここを前線基地とし、眼下に広がる摩天楼と、室内のスクリーンに流れる「魔界株価」を睨みつけていた。


『魔王軍、人間界への侵攻計画ロードマップを発表! 期待感から株価はストップ高!』

『人間界の通貨は紙くず同然! 魔界コインこそが唯一の安全資産!』


ニュースが流れるたび、魔界の株価は垂直に上がり、逆にアレクサンドル社(人間界)の評価額は暴落していく。

現在の資産格差は、およそ1対10,000。

まともに「買い」向かえば、カイの全財産を投入しても、魔王城のトイレひとつ買えないだろう。


「社長……もうダメです。為替レートが壊れています」


バルトが頭を抱える。


「向こうは『恐怖』という無限の資源を担保に金を刷っています。こっちがいくら実体経済(パンや鉄)で稼いでも、マネーゲームじゃ勝てません!」

「……ああ。まともに戦えばな」


カイはルームサービスの「魔界産ブラッドワイン」を揺らしながら、不敵に笑った。


「だが、この相場には致命的な弱点がある」

「弱点?」

「『期待ファンタジー』だけで上がっていることだ」


カイはスクリーンを指差した。

魔界の株価上昇の根拠は、「将来、人間界を征服して得られるであろう魂と労働力」だ。

つまり、「捕らぬ狸の皮算用」で株価がついている。


「いいか。もし……『人間界の征服は不可能』で、さらに『魔界のエネルギー備蓄は実は空っぽ』だという事実がバレたら、どうなる?」


セリアがハッとする。


「株価は……暴落します」

「その通り。そして、暴落する株で儲ける方法が一つだけある」


カイは端末マギ・フォンを取り出し、魔界の証券取引所へアクセスした。


「『空売り(ショート)』だ」

「から……うり、ですか?」


聞き慣れない単語に首をかしげるセリアに、カイはテーブルの上のリンゴを一つ手に取って見せた。


「セリア、見ろ。今、このリンゴの値段が『金貨100枚』だとしよう。俺はこれをバルトから借りて、すぐに市場で売る。手元には現金100枚が残るな?」

「は、はい」

「翌日、リンゴの値段が暴落して『金貨10枚』になったとする。俺は市場から10枚でリンゴを買い戻し、バルトに返す。……差額の90枚は誰のものだ?」

「あ……社長の利益、ですね?」

「正解だ。これが空売りだ。持ってもいない株を『借りて売り』、暴落したところで『買い戻して返す』。……株価が下がれば下がるほど、俺たちはボロ儲けできる」


カイの説明に、セリアが感心したように頷く。

だが、青ざめたのはバルトだった。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ社長! それ、逆になったらどうするんですか!?」

「逆?」

「もし、リンゴの値段が下がるどころか、どんどん上がって『金貨1,000枚』になっちまったら……」

「その時は、1,000枚払って買い戻して返すしかないな。900枚の赤字だ」

「ひぃぃぃっ! 株価に天井(上限)はないんですよ!? もし1万枚、10万枚になったら……」


バルトがガタガタと震えだす。


「損失は青天井(無限大)! ウチの会社なんて一瞬で消し飛ぶ借金を背負うことになる! そんなのギャンブルどころか自殺行為だ!」

「その通りだ。……だからこそ、勝てばデカイ」


カイはバルトの胸ぐらを掴み、狂気的な笑みを向けた。


「バルト。ウチの会社の全資産、さらに東方ヨミ帝国アイゼンから借りられるだけの信用枠を全て担保に入れろ」

「は、はい!? 失敗したら世界破産ですよ!?」

「構わん。……魔王軍株を、限界まで売り浴びせろ!」


---


魔王タワー、CEO執務室。

魔王ディアボロは、手元のモニターを見て眉をひそめた。


「……ほう。人間風情が『空売り』を仕掛けてきたか」


画面上のグラフが、カイの猛烈な売り注文によって一瞬下落する。

だが、ディアボロは余裕の笑みを崩さない。


「愚かな。我が社の成長性(=侵略計画)は盤石だ。株価は上がり続ける。……上がれば上がるほど、奴は買い戻すことができず、破滅するだけだ」


ディアボロは指を鳴らした。


「広報部へ通達。『人間界の主要都市、一週間以内に制圧可能』というフェイクニュースを流せ。……株価をもっと吊り上げろ。カイを焼き殺せ」


「ぐっ……! 社長! 売り注文が飲み込まれます! 株価が止まりません!」


ホテルの一室。バルトが悲鳴を上げる。

カイが売れば売るほど、魔王軍は好材料ニュースを出して買い支えてくる。

含み損が、雪だるま式に膨れ上がっていく。

このままでは数時間で、担保に入れた人間界すべてが差し押さえられる。


「……カイ様、大丈夫なのですか!? このままでは……」


セリアが震える。

だが、カイは冷や汗一つかいていない。


「焦るな。仕込みは済んでいる」


カイはアルヴィンとエレーヌを振り返った。


「アルヴィン。お前の出番だ」

「えっ? 株を買うのか?」

「違う。……『監査』だ」


カイは魔王タワーの地下構造図(元社員のベリアルから入手済み)を広げた。


「この地下に、魔界経済を支える『魂の貯蔵庫ソウル・バンク』があるはずだ。……だが、俺の予想では、そこはもう空っぽだ」

「空っぽ?」

「ああ。俺たちが人間界で『戦争を娯楽化』したせいで、人間は恐怖を感じなくなった。……つまり、魔界への『恐怖エネルギー供給』は数ヶ月前から止まっているはずだ」


カイの目が鋭く光る。

魔王は、在庫がないのに「ある」と言い張って株価を維持している。

それは企業として最大の罪――『粉飾決算』だ。


「アルヴィン、エレーヌ。地下へ潜入し、その『空っぽの金庫』を映像に撮れ。そしてマギ・フォンで全世界……いや、全魔界へ生中継しろ!」

「……なるほど! 魔王の嘘を暴けば、株価は大暴落する!」


アルヴィンが聖剣を抜く。


「わかった! 潜入ミッションだな!」

「頼んだぞ。……俺はここで、魔王の資金が尽きるまで売り続ける」


カイは再び端末に向き合った。

これは時間との勝負だ。

カイの資金が尽きるのが先か、魔王の嘘がバレるのが先か。


「さあ、チキンレースだ、ディアボロ。……どっちが先に破産するか、勝負といこうぜ」


カイの指が、決死の売り注文ボタンを連打する。

魔界の空に、見えない火花が散り始めた。


(第38話 完)

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